前世にて1
「奏、いいかげん起きてー。朝だよー。」
自分の名前を呼ぶ声に、意識が起き上がると共に、目を開けてベッドから起き上がろうとした瞬間、お腹にドンッと重いものが乗っかってきた。
「ぐふぅっっ………姉さん、重いよ。」
そんな声をあげつつ、お腹の上に目を向けると、そこにはやはりパジャマ姿の姉さんが馬乗りになって乗っかていた。
姉さんは朱莉という名前で、この佐倉家で一番明るい性格の持ち主で、一家の中心的存在だ。
僕より二つ年上の姉さんは近くの私立大学に通っている。
茶髪のストレートヘアーに大きな目、高い鼻とプルッとした唇のいかにも東洋美人といった顔立ちの女性で、男女問わず人気がある。高い身長と大きな胸も姉さんの魅力のひとつだ。
「むぅぅ…毎回毎回、起こすたんびに重い重いって言うなー。そんなことばっかり言うなら、明日から朝起こしてあげないからねっ。」
毎晩、目覚ましをセットするのがめんどくさい僕は、姉さんがお越しに来てくれるのをいいことに、姉さんに任せっきりだ。
ちなみに、姉さんはこんなことを言っているが、なんだかんだ明日もきっとお越しに来てくれるだろう。
「ゴメンゴメン、姉さん。そんなに怒んないでよ。でも、毎回僕に乗っかってこなくてもいいでしょ。」
「いいのー。私が好きでやってるんだから。それとも、奏は実の姉にこんなことされて興奮しちゃうの?…ニヤニヤ…」
「しない。」
「ほんとにー?」
「それはない。」
「でもでも、ほんとは?」
「めんどくさっ。」
「むぅー。いじりがいがないなー。ほら、さっさと起きて朝ごはん食べるよ。」
「はいはい。」
やっと姉さんがお腹の上からどいてくれたので、朝食を食べに一階に下りた。僕の部屋は二階だ。
「おはよー、父さん、母さん、宗司。」
「はい、おはよー。」
「遅い、二人とも。もっと早くおきなさい。」
「お兄ちゃん、おはよー。」
父さんと母さんは二人とも公務員で、正直これといって特筆することの無い、ごく普通の夫婦だ。
美帆は九つ下の、少し年の離れた妹で、小学三年生の割には少し背が小さくて、きれいというよりはかわいいといった感じの見た目だ。きれいな黒髪を後ろで束ね、クリッとした目をしている。
素直で優しい子だと、近所のおばちゃん達にも可愛がられており、お兄ちゃんとしては、このままひねくれることなく真っ直ぐ育ってほしい。
かくいう僕は、美人な姉とかわいい妹と兄弟だとは思えないほどブサイクで、顔に自信なんて少しも無い。
大きな鼻とニキビだらけの頬、太い唇に小さな目は僕の大きなコンプレックスだ。
でも、勉強はできるので、家から少し離れた有名私立高校に通っている。将来は医師になりたいと思っているので、独り暮らしをして国立大学の医学部に通うつもりだ。
でも、そのことを知った姉さんは、一緒の大学に通えないどころか離れて暮らなんてイヤだと拗ねてしまい、機嫌を直すのが大変だった。たぶん、姉さんは僕と一緒に大学に通うのを楽しみにしていたんだろう。そういうところは、少しだけ可愛いなと思う。
「私、悪くないもん。奏を起こしに行ったのに全然起きないんだもん。」
「悪かったって、さっきも謝ったでしょ。遅れてるんだから、早く食べて学校行かないと。」
毎朝恒例のちょっとしたやりとりを終え、全員が食卓に着いて食事を始めると、母さんが今日は仕事で少し遅くなるらしく、学校の帰りに買い物に行ってきてと、僕に頼んできた。
「えー、何で僕?姉さんの方が学校近いんだから、姉さんに行かせればいいじゃん。」
「朱莉は今日、放課後に委員会があるから、帰るの遅くなっちゃうのよ。しょうがないでしょ。」
「ほんとは行ってあげたいんだけど、委員会は抜けられないんだよー。ごめんねー。」
「お兄ちゃん、私お菓子欲しいー。」
「しょーがないなー。」
朝食を食べ終え、朝の支度を済ませると、僕は姉さんや美帆より一足先に家を出て学校へと向かった。二人より学校が遠いこともあって、これもいつものことだ。
「いってきまーす。」
「「「「いってらっしゃーい。」」」」
さぁ、今日も1日が始まる。