#44神の子
日本皇国領に入ってから、少し時間が経ったとき、キリストの体が動いた。
目を開き、むくりと起き上がった。そして、何も言わずに辺りを見渡している。
特殊部隊もそれに気づいたが、気付いていないフリをしている。
しかし、沈黙はすぐに破られた。
「あなた方は、どなたですか?どうやら、私の知る人物ではないようですが」
キリストは、驚くこともなく丁寧な口調でそう言ってきた。その内容も、
自分の状態よりも、目の前の人物が誰なのかを聞いてきたのだ。その様子から、
一般人ではないことは確かであろう。
「残念ながら、こちらの事情によりそれは答えられない。だが、お前の
知らない人物であることは確かであろう」
特殊部隊の1人はそう答えた。彼らは名前を知られてはいけないのだ。
「そうですか。あなた達には過去に何かがあるのですね。深く同情します」
キリストは、それを聞き、何か慈悲を与えたようだ。しかし、特殊部隊は
それを気に留めることはない。対象と会話をするのは、任務ではないからだ。
「ところで、お前が・・キリストだな?」
「そうです。私が神の子、イエス・キリストです」
自分のことを神の子だと言ったことに、弓削教信者である隊員は少しばかり
腹立たしかったが、キリストは異教徒なので仕方ないと自分に言い聞かせ、
怒りを抑えた。
それからしばらく時間が経ったとき、キリストが質問をしてきた。
「私たちは、今どこへ向かっているのですか?」
「ここから西にあるテヘランだ。テヘランに着いたら、飛行機に乗り換え、
陛下のお膝元である弓削京へ向かう」
「弓削京・・とは?私の知らない街のようですが」
さすがのキリストでも弓削京は知らなかったようだ。先に弓削京について
聞いたということは、テヘランは知っているようだ。
「弓削京は、我が日本皇国の首都だ。この大陸よりはるか東の島の中心
に位置している」
それを聞いて、キリストは分かった。目の前の者たちは何かの目的で、自分を
見知らぬ土地へ連れて行こうとしているのだと。そうなると、元の地に
帰られる保証はない。そうなると、言う事はただ1つ。
「私を、エルサレムまで帰らせてください。私には、大事な弟子や救うべき
人々がいるのです」
キリストは、そう強めの口調で言った。
「それは無理だ。これは、陛下から直々の詔なのだ。それに逆らう事は、
もはや逆賊も同じだ」
隊員はきっぱりと断った。その時、キリストは感じた。今ここで逃げることは
不可能。素直に従うしかないと。




