ある冬の日のこと
先生に押し付けられた、もとい頼まれた仕事を終えた時には既に日は沈んでいた。
電気を消し、窓とカーテンを閉めて、教室を出る。
最終下校時間は既に過ぎていて、残っている生徒は僕以外誰もいないはずだ。
季節は冬、今朝から降り始めた雪はまるで止むことを知らないよう。
音が雪に吸い込まれていく町の中をただ一人歩きながら頭の中で愚痴をこぼす。
今日は彼女と帰る予定だったのに。
流石に先生の頼み事は断れないが愚痴くらいは許して欲しい。
公園の近くを通ったその時だった。
後ろから、僕の名前が呼ばれた。
学年に同じ名字の人もおらず僕を名前で呼ぶ人は覚えてる限り家族以外には一人しかいない。
僕の生まれて初めての彼女だ。
告白したのは半年前、生まれて初めてのことだった。
お世辞にも、いや、限りなく誇張しても豊かとは言えない小さい体に体の容量を優に超す様な元気を宿し、見てるだけでも元気を貰える、そんな彼女に僕は惹かれたのだ。
振り返るとやはりそこには彼女がいた。
身の丈にもイメージにもあっていない大人っぽいコートを羽織り、防寒具に身を包んだ彼女。
首に巻かれたマフラーから顔を出す少し赤くなった鼻は僕を待っていたからだろうか。
「ごめん、待ってた?」
「いや、まぁうんちょっとね。」
少し誤魔化す様なその仕草は照れ隠しだろうか。
彼女は手袋を外し僕に向かって手を出した。
「一緒に帰ろ?」
僕は無言で彼女の手を握った。
彼女の手は氷のように冷たく、手袋越しにここまで冷えるほど待たせていたなんて、彼女に申し訳なくなってくる。
だが何故だろうか、ズボンのポケットに入っているカイロを出すのは違うような気がした。
きっと僕は手を離すのが惜しいのだろう。
確かな繋がりが、その手の繋がりが、僕にとっては変えようがなく愛しい。
彼女は気にする素振りも無く隣を歩く僕を見上げる。
その手は冷えていたが、僕の心を温めた。