食糧難のイケメンとご飯を作ってみた
料理ものが書きたかったんです。
短いのでお付き合い下さい。
平日はどんなに頑張っても時間が足りない。仕事を終えて帰宅して、お風呂とご飯を済ませたらもう寝る時間になってしまう。勿論自由な時間も欲しいと夜更かししたら、睡眠不足で後悔したり。そんな普通の社会人 哉子32歳が、生き生きするのは週末である。
「今日は何を作ろうかなー」
近所のスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に詰めながら目星を付けていく。どの料理にも汎用が利く食材を中心に買ってから、メニューを決めるやり方にしている。平日分の作りおきおかずも作るつもりだから。
「はぁ…たまには大鍋料理も作りたいんだけど…」
台所の引き戸に入った、大量に作る料理向けの大鍋を見てため息をつく。現在独り暮らしの彼女がその鍋で料理を作ると、最低3日は同じものを食べなくてはいけなくなる。途中、外食予定など入ってしまうと消化しきれないので、なかなか作れないのだ。ちなみに食べてくれるような相手は居ない。
ピンポーン♪―――インターホンが鳴らされた。たぶん注文しておいた重たい食材の配達だ。
「はーい」
インターホンカメラで確認しようと応答ボタンを押す。指先から光の輪が灯された。静電気?
「食材のお届けに参りましたー」
「はい、今開けまーす」
狭い玄関では、下足場手前の段差上から軽く体を伸ばしてノブを開ける。だから最初に視界に入るのは宅配のお兄さんの足元。外廊下の床も何だか眩しく光っているのは気のせい?
「重いので、玄関先まで下ろしますね」
「あっスミマセン」
玄関扉を肩と腰で押さえて入ってきた宅配のお兄さんは、がっちりした体躯で見慣れた某制服姿ではなく、茶色いレザーロングコートを着ていた。そして段ボールには砂埃のオマケ付き。
「んん?」
「中身は食材ですよね?いやぁ助かった。腹が減ってさ迷ってた所で」――飯を要求する強盗?緊迫感で固まりかけた体のまま、穏便に追い出す方法を瞬時に考え身構える。
「俺に飯を食わせて下さい」
はにかむ笑顔で宣言された。新手の訪問詐欺?何なのこのイケメン。
「困るんですけど」
「まあ聞いてくれるかな?俺の住む世界では美味しいご飯が食べられません。人類は味気ない配給されたカロリー食を食べています。新鮮なものは高級品で贅沢な一部の人間しか手に入りません」
「ソレハ大変デスネ。でもこちらも余裕のない生活でして」
無表情かつ棒読み早口で告げる。怪しいを通り越しておかしい。関わってはいけない人だきっと。
「………お願いだ!頼む!!」
イケメンが一瞬で距離を詰め、私の両手を掴んで懇願する。男らしいちょっと硬くて大きな手は、思ってたより冷たい。そう言えば男の人に手を握られたのって最後はいつだっけ。握られた手を見つめていると、了承と受け取ったのか、男はとびきりの笑顔で目を合わせた。背景に薔薇が…見える。イケメンってずるい。
刺激的な非日常展開に私は、彼の押しに負けてしまった。騙されてる不安はまだあるけれど、刺激してはいけないと思ったのも事実。少し話して落ち着いたら、帰って貰うチャンスは来るはず!
「えーと、次は何を手伝ったらいいかな」
「じゃあ、こっちの材料も切って下さい」
「了解」
私は今、イケメンと台所に立っています。
ただ待つだけでは申し訳ないと、手伝いを志願してきたのです。勝手に部屋を物色されるよりは、隣に立って監視すべきとも思ったのでよしとします。
怪しい奴に包丁を持たせるな?何かされそうになったら、大鍋を渡してお引き取り頂きましょう。これなら足りないと戻ってくることもないはず。
気付いたら彼は冷蔵庫からビールを見つけて飲んでいます。強盗はお酒は飲まない…よね?
「喉が渇いてたんだ。君も呑む?」
空きっ腹で具合悪くなられても困るので、和えるだけのナムルと小さなサイズの冷や豆腐を用意します。
「私はお酒で眠くなったら困るので。これでもつまんで下さい」
「ありがとう。ちょっと図々しかったかな。どうにも気が緩んでしまっていけないな」
彼はとっくに警戒を解いていたらしい。ここはあなたの実家ですかと突っ込みたくなる。
料理は問題なく進んで行き、煮込みをコンロに、焼きをオーブンに任せて後は出来上がりを待つだけに。この頃には私も警戒は薄れ、彼と雑談する位の余裕も出ていた。洗い物をしながら横目で彼を観察すると、一仕事終えたように満足そうな彼の横顔が目に映る。
「普段から料理している人はやっぱり手際がいいね。見ていて安心する」
「貴方の包丁捌きも手慣れてました。料理する機会があったんですか?」
「物資を奪った時なんかに少し、ね」
刃物の扱いに慣れていたのは、料理のせいじゃないのかも。彼のサバイバルな日常を想像してしまって、浮かれた自分が恥ずかしくなる。
「そ、そろそろ煮込みもいい具合ですし、ご飯にしましょうか」
「待ってました!味見の時から楽しみだったんだ」
一人ではスカスカだったテーブルに、二人分の料理を並べるとあっという間にいっぱいになる。
イケメンは料理に釘付けで目を輝かせている。
「「いただきます」」
対面に座る彼は、夢中で料理に手をつける。
「美味しい!」
美味しそうに食べてくれるなら悪い気はしない。凝った料理でもない普通の家庭料理なのに。
「温かい料理ってこんなに満足感があるものだったかな」
「ゆっくり食べて下さい。たくさんありますからね!」
「……そうだね」
彼は思い出したように座り直し、味わうようにゆっくり食べていく。
楽しい食事の時間が終わると、静けさがリビングに広がる。
お互い口には出さないだけで、帰る時間が迫っている。
もう少し余韻に浸りたいけれど、引き止める理由もない。
最初は早く追い出したかったのに、たった数時間で名残惜しくなるとは思わなかった。
もっと彼に料理を食べて貰いたい。
そんな想いを隠すように立ち上がると、帰りのお持たせ用の料理をタッパーに詰めていく。持ち帰れるのかは謎だけど、ご飯の調達すら困難な彼を手ぶらでは帰せない。
「これ…」
大きな手提げの紙袋に入る限りのタッパーを入れて渡す。
「容器を返すのはいつになるか分からないよ?」
「捨てても構わないから…」
ピンポーン♪――インターホンの音だ。
「時間かな…」
「確認しますね」
もしかして来客かも知れないと、淡い期待を胸にインターホンのカメラを確認する。最初の異変と同じように、ボタンを押した指先に光の輪が灯る。カメラには誰も映っていない。
彼も確信したようで、ゆっくり立ち上がり玄関へ向かう。
「持ち帰りの料理ありがとう。仲間に配ることにするよ」
「そうですね、喜んで貰えたらいいけれど」
「「………あの!」」――二人の声が重なる。
彼が目線でどうぞと促した。
「次は仲間の方も良かったら呼んで下さい。鍋でもしましょう!」
「それは楽しみだ。じゃあ、また」
玄関の扉を開けると、光で輝いている。
また、なんてあるのか分からないのにと、彼の背中を無言で見送る。
「俺は祐介だ。次は名乗るからちゃんと開けてくれな哉子」
振り返らずに告げた彼は、玄関を跨いで光に吸い込まれて消えた。
「私は名前を言わなかった筈なんだけど…いつの間に名前を調べたの?」
やられた!と思った時にはもう遅かった。
次の訪問で聞き出そう。
そんな期待を残してくれたなら、待つのだって悪くない。
鍋の美味しい季節にはきっと来る気がしてる。
世紀末なサバイバル世界の切ない食糧事情と現代日本の豊かな食生活。
当たり前のことが少しだけ不思議になる話が好きなので書いてみました。
長期連載ものだけでは飽きてしまいそうなので、ちょいちょい短編ものも書いていきたいと思っています。