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自分の居場所

「お兄様!」

 ルナはカーティスのことが心配でいち早くカーティスの様子を確認するため、御者が馬車のドアを開けてくれるのも待ちきれずに自分からドアを開けて駆けだした。

 御者はいきなり飛び出したルナを見て目を丸くしていた。けれども御者は何も言わずに御者台から一歩も動かず、ルナのことを待つと決めたのかあげた腰を下ろした。


「ああ、ルナ。息を切らして一体どうした?」

 屋敷のドアを開けた瞬間、ルナの目の前に現れたのは元気そうなカーティスの姿だった。


「お兄様?」

「どうかしたのか?」

「風邪をひかれたんじゃ……?」

 ルナは自分のもとに届いた手紙の内容と今目の前にいるカーティスの様子を見て混乱した。

 確かにルナの元に届いた手紙にはカーティスが風邪で寝込んでいるのだと書かれていた。

 なのに、ルナの目の前にいるカーティスはいつも通り。風邪をひいているどころかどこかが悪いようにも見えない。


(私にはそう見えないだけで、どこか悪いのだろうか?)

 ルナは、カーティスの頭からつま先まで余すところなく確認した。しかしルナにはカーティスがどこを悪くしたのか全く見当もつかなかった。


「……ああ、あれか。あれは嘘。もしかして俺のことが心配で急いで来てくれたのか? そうだったら、嬉しいんだが……」

「当たり前じゃないですか! お兄様、本当に何ともないのですね?」

「ああ、見てのとおり俺は元気だ」

 あっけらんかんと嘘だと告白するカーティスの言葉に今まで気を張っていたルナは腰が抜けたように、床にぺたりと座り込んだ。


(嘘。嘘……か。そっか、よかった。お兄様が風邪をひいたと聞いたら心配するのは当たり前だろう。なのに、お兄様ときたら頬が緩んでいるのが分かるくらいに嬉しそうな顔をして……。)

 嘘をつかれたことに驚きは隠せなかった。けれどルナの中ではそんな驚きよりもカーティスの身体が何ともなく、元気にこの場に立っていることへの嬉しさが圧倒的に勝った。

 ルナは心の底から安心し、床から立てずにいると「ほら」と目の前から差し出されたカーティスの手を取り、立ち上がった。ルナはドレスの裾についた埃を払い、カーティスの顔を見上げて首をかしげる。



「でもお兄様、なぜ嘘なんかついたのですか?」

「ルナに会いたかったんだ」

「普通に呼んでくれれば遊びに来ますよ?」

「それはない」

「なんで否定するんですか!」

 ルナは兄のカーティスのことを大事に思っていた。そんなカーティスに呼ばれたら遊びに来るに決まっている。それなのにありえないとカーティスは力強く否定する。

 そのことが気に入らなかったルナは真っ白いマシュマロのような頬をぷくっと膨らませた。


「ルナ、怒らないでくれ。怒らせたいわけではないんだ。ただルナは普通に呼んでも来られないだろうと思ってこの手段を使わせてもらった」

「そうですか……」

(そんなことはないけれど、お兄様が言うのであればそうなのかもしれない。お兄様の言うことはいつも正しいから。ただお兄様みたいに頭がいいわけではない私にはわからないだけ。)

 だからきっと今回もそうなのだ、ルナはそう自分に言い聞かせた。


「ところでルナ、今日は泊っていくよな?」

 泊っていくことが当たり前のように聞く兄の言葉にルナは少し戸惑った。本心を言えば泊っていきたかった、けれど、ルナは出かける際にルーカスにはお見舞いに行くとだけしか伝えていなかった。

 ここにいても何か役に立てるわけではなく、風邪をひいていたと思っていたカーティスは見る限りどこにも変わりはなく、本人もあれは嘘だとはっきりと言っていた。

(長居しちゃ、悪いわよね)

 カーティスにも、そしてルーカスにも。


 帰るのがいいだろうと思い、ふと今は何時なのだろうと思ったルナは大まかな時間を確認するために窓の外に目を向けた。

 すると、窓の外には一面の闇が広がっていた。


「え?」

(なぜ? 私がこの屋敷に着いた時、空はまだ青かった……)

 ルナがランドール家の屋敷についてからそんなに時間は経っていない。あの時は確かに青く澄み渡っていた空が、この短時間で夕焼けを飛ばして漆黒に染まっていた。それが不思議でルナは窓から目を離すことはできなかった。


「ルナ?」

 いきなり窓とルナの間にはカーティスの顔が広がった。しかし、いきなり目の前に現れたカーティスの顔よりも外の様子が気になった。


「お、お兄様」

「どうかしたか?」

「いえ……。あの、もう外も暗くなってきましたし泊めていただこうかなと」

 焦るルナをまるで何もおかしなことはないとばかりにいぶかし気に見ているカーティスにはなぜ外はこんなにも暗いのかなんてことは恥ずかしくて聞けるはずもなかった。


 それにただ平坦の道であれば多少暗くとも問題はないが、ランドール家に来るまでには古い橋を通らなくてはならない。

 遠くを見渡せないこの闇の広がった状況で、今から帰るのはさすがに危険である。


「ああ、もちろんだ。歓迎する」

 カーティスは嬉しそうな顔をして、ルナの手を柔らかく包み込むようににぎった。


「では、御者に伝えてきますわ」

「ああ、彼ならすでに帰した」

「え?」

「帰りはうちのものが送ると伝えておいた」

「そうなのですか」

(お兄様はずっと私と一緒にいたはずなのにいつの間に御者に伝えたのであろうか。)

 ルナはそのことを少し疑問に思いつつも、御者に迷惑をかけていないのならば……という結論に至った。

 それでも泊まることになったのだとルーカスに連絡しようと思った。連絡をしたいといえばカーティスが使用人を使いに出してくれるだろう――と。

 その時、ふとルナの頭にはお茶会の帰りに見た光景がよぎった。


 きらきらと光の反射するガラスに包まれながら幸せそうに微笑む二人の顔。


(……一日くらい私が屋敷に戻らなくてもきっとルーカス様は気にしないのであろう。)


 ルナはここ数日、あの時のことが気になってしまってあまり休めていなかった。本当はあまり帰りたくなかった。できることならばルーカスと少し距離をとりたいと思っていた。ルナは心の底では暗くなってしまって危ないから帰れないのだという口実ができたことにほっとしつつカーティスの好意に甘えることにした。



「ルナ、何か食べたいものはあるか? ルナの好きなものを作らせる」

「え、でも……」

 もうすっかり日は落ちている。

 一回に食べる量がルーカスの3倍近くは食べるカーティスのご飯を毎食作っているランドール家のシェフにとってはルナの一食分など増えたうちには入らないだろう。しかし、さすがにこの時間ではご飯を作り始めているか完成しているであろうメニューを今から変えてもらうのは忍びない。


「ルナ?」

「えっと、久々のランドール家での食事ですから何が出てくるか楽しみです」

「そうか」

 そうは言ったものの、食事の場にあったものはルナの好物ばかりだった。

 ルナは気を使わせてしまってなんだか申し訳ないと思う反面で、嫁いでいったルナの好みをシェフは今でも覚えていてくれていることに、ランドール家には自分の居場所があるのだと実感し、心が温かくなった。


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