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甘いお菓子

 最近、エルはせわしなく動き回っている。

 王子と結婚してからというもの以前のように気軽には会えないが2~3日に一度くらいは会えたというのに、ルナがエルの元を訪れてもどこか忙しそうで、話をしていてもどこか考え事をしているようになることが度々あった。


(そんなに忙しくしているといつか体を壊してしまう。どうにかして休んでほしい)

 ルナの父グレン、母エルナはともに病気で亡くなっていた。

 その影響かルナの兄カーティスも姉のエルも、妹のルナのことをよく心配するが、二人とも自分のことにはあまり関心がなかった。先日風邪で倒れたカーティスも倒れる寸前まで仕事をしていたと使用人から聞いた時、エルは呆れてベッドに押し込んでいたが今度ベッドに入るのはエルになるのではないかとルナは心配でたまらなかった。

 風邪で倒れてもなお仕事を続けようとしたカーティス同様、休んでほしいなんて言ってもエルはきっと休みはしないだろう。

 『心配しないで』といつも通り、ルナに優しい笑顔を見せるだけ。

 だから、ルナはチェリータルトを焼いた。

 エルが大好きなお菓子。ルナの焼いたチェリータルトが一番おいしいと言って食べてくれるお菓子。

(タルトを持ってお姉様と一緒にお茶をしよう。忙しいのかもしれないが少しでも休んでくれればいいのだけど……。)

 そして、ルナは以前エルにもらったお気に入りの籠に焼きたてのチェリータルトを入れて城へ向かった。



「ルナ様、こんにちは」

「こんにちは、門番さん」

 城には厳重な警備がある。出入りする人たちや持ち込まれていくもの、全て検査したうえで入城を許可されてやっと足を踏み入れることが出来る。それは城に不審物や不審者が入らないようにするための、この国だけではなく他の国の城でも行われているようなごく当たり前のこと。

 だが、ルナはいつも城の前にいる、大きな槍を背負った青年に馬車から顔をひょっこりと出して挨拶をすれば難なく通してもらうことが出来る。

 それはルナが頻繁にエルの元を訪れ、何度も何度も門番と顔を合わせているうちに門番がルナの顔を覚えてくれたからだった。

 それでも持ち物の検査すら行われないため、一度ルナが

「検査、しなくてもいいのですか?」

と尋ねてみると門番は不思議そうに首をかしげてから

「ルナ様、危ないものなんて持ち込まないでしょう?」

と言って見せた。それにルナは目を丸くすれば

「エル様が危ないものなどルナ様に持たせるわけがありませんから」

といつも通りの真面目な顔でごく当たり前のように言った。

 それからルナは他の人たちとは違い、アポイントなしでも入ることができるようになった。今回だって門番の青年はルナの顔を確認した後に腰につけている鍵で大きな門を開けた。門を開くと青年はルナに言った。

「今日のお菓子はタルト、ですか?」

 持ち物検査をしなくなってからお菓子を持ち込もうとすると毎回青年はその日のお菓子を当てて見せる。それは厳重な検査を受けている他の人たちの隣を申し訳なさそうな顔で過ぎていくルナへの気遣いだった。

 少し変わっているその気遣いに初めは動じていたルナも、早く早くと答えを急かす青年の顔を何度も見てこのやり取りを楽しく感じるようになっていた。それに今のところ青年がルナの持ってきたお菓子を外したことなど一度もないため、この記録がいつまで続くのか、お菓子を持って入るときの楽しみにもなっていた。


「ええ、今日はチェリータルトです。もしよろしかったら門番さんもおひとついかがですか?」

「え?」

 ルナがいつも通りに答えを告げた後、籠から一つだけ個別に包んであるタルトを取り出して馬車の窓から差し出した。

 これはエルと一緒に食べるために作ったものとは別に作った、一人分くらいの大きさのもの。

「形はあんまりきれいじゃないですけど……」

 シェフに聞いても作りたい大きさの型はなく、ルナが自分で成形したもの。だからお世辞にも綺麗、とは言いづらいものだった。

「……いいんですか?」

「お嫌いじゃなかったら、もらってくれると、嬉しいのですが……」

 いつもお世話になっている門番に何かお返しが出来たらと考えて思いついたのがお菓子だった。

 エルへお菓子を持っていくたびに当ててしまう青年はきっと甘いものが好きなのだろうと予想して。

「うれ、し、い……です」

 門番は鍵を持つのと違う手で顔を半分覆って、今にもこぼれそうな涙をこらえた。

「あの……もし、もし、迷惑じゃなかったらまた今度もお菓子、差し入れてもいいですか?」

「!? もちろんです!」

 青年が大きな声を出すと隣で控えていた門番は肩をビクッと揺らし目を大きく見開いて青年とルナのいる方を見た。きっと青年がこんなに大きな声を出すことなどまれなのだろう。そんなに喜んでもらえたことをルナは少しだけ嬉しくなった。

「何かお好きなはありますか?」

「あなたの作るものならなんだって嬉しいです。それを意見するなんて……」

「渡すなら喜んでもらえるものを渡したいのです」

 少しだけ意地悪に言えば青年は恥ずかしそうに小さな声で呟くように言った。

「では……ハニークッキーを」

「ハニークッキー……ですか」

「はい。幼いころはよく作ってもらってて……今でも好物で……」

 青年は頬をポリポリと掻きながら昔を懐かしむようにしては、少し寂しそうな表情を見せた。ルナはそんな青年の姿を見て、今度来るときは青年に美味しいと言ってもらえるような、喜んでもらえるようなクッキーを作ってこようと心に決めた。


「エル様の元へ行くのですよね? 少しお待ちいただけますか? 誰か呼んできますので」

 青年は手のひらで目を何度かこすってから案内役を探すためにルナの前を去ろうとした。だが、ルナが周りを見渡すとみんな忙しそうで頼めるような雰囲気ではなかった。

(いつでも、と言ってくれたけれど忙しそうならやめるべきだったかしら)

 ルナは連絡もなくエルに会いに来てしまったことを少し申し訳なくなった。そしてルナは立ち去ろうとする青年のコートの裾を少しだけ引っ張って足を止めさせた。


「いいですよ。道順なら覚えていますから」

「ですが……」

「お姉様を驚かせたいの」

 ルナはタルトの入った籠を青年に見えるように掲げた。


「そうですか……」

(別に驚かせたいわけじゃないけれど、私が来ると知ったらお姉様は気を使ってしまうだろうから。)

 休んでほしくて訪れたというのに、気を使わせてしまったら本末転倒だ。青年にも言った通り、ルナは何度も訪れたエルの部屋への道順は頭に入っていた。他の部屋に行くとなると少し怪しいところもあるが、寄り道をする予定はない。

(道順は覚えているもの。忙しい彼らの仕事を邪魔してまで案内を頼むこともない。)


「行ってらっしゃいませ」

「行ってきます」

 門番にぺこりとお辞儀をしてルナの乗る、クロード家の馬車を城へ入って見えなくなるまで見送った。


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