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そして夫婦に

 これから屋敷に戻るのだというヒューイとカイル、そしてエイを小屋に残して、街に待たせてあるというクロード家の馬車に乗った。


 道中、何も言わずに繋がれた手は馬車に乗り込んだいまなおルナとルーカスを結んでいる。

 広い馬車の中で寄り添った身体はおもむろにルーカスによって離され、そしてルーカスはルナの前のソファへと移動した。

 目の前に座るルナの目を見据えながら、ルーカスはゆっくりと口を開く。


「ルナ、今度はちゃんと言おうと思う。だから聞いてくれ」

「はい……」

「俺は君を愛している。これからも俺と共に歩いていってくれるだろうか?」

「ええ、もちろんです……」

 ルーカスと一緒になる前から、もしかしたらあの日、初めてルーカスに心惹かれた日からずっとルナが欲していた言葉だ。

 決して手に入ることなどないのだと思いながらも、ずっと諦められなかったその言葉にルナの頬には涙が伝った。



「それと、だな……。突き返されたのをまた渡すというのはどうかと思うし、気に入らなかったら今度はまた違うものを買ってくる。だから嫌だったら嫌といって欲しいんだが、その……これを受け取ってはもらえないだろうか」

 前置きを長々としたルーカスが取り出したのはルナがカゴに入れて突き返したアクセサリーケースだった。


「開けても?」

「ああ」

「これは……」

 ルーカスの手から小さな箱を受け取ったルナは初めてそれを開いた。自分へ贈られたものとして再びやってきた箱の中身はイヤリングだった。金具の先端についている球体はルーカスの瞳と同じ、紫色に輝いていた。


「さっき、あのヒューイという男から聞かされた。大事そうにいつも身に付けているそれは君の父親からの贈り物だということも、ランドール家は代々父から娘へ、そして夫から妻へ瞳の色と同じアクセサリーが贈られるのだと……」

 小屋を出る直前、ヒューイが何か耳打ちをしていると思ってはいたが、隣にいるルナですらその内容は聞き取れていなかった。だが彼が最後に別れ際に伝えたその内容がまさかルナですら初めて聞かされる内容だとは思わず、その内容に驚きを隠せなかった。

 グレンから贈られたこのイヤリングの意味を、贈られたルナ本人でさえも知らなかったのだ。

 けれどグレンから、父から最後にもらった特別なものだからとずっと身に付けていたのだった。


 

「それがルナにとってどんなに大切なものなのかはわかるから無理にとは言わない。……だがつけて欲しいんだ」


 ルナは今も変わらず身に付けている、グレンからもらった黄色いイヤリングの片方だけを外して、代わりにルーカスからの贈り物を身に付けた。


「どう、でしょうか?」

 イヤリングがよく見えるように髪を耳にかけて、ルーカスに問いかける。

「よく……似合ってる」



 黄色いイヤリングはいうなればグレンからの家族の証といったところだろう。

 そして紫色のイヤリングはルーカスからの愛の形なのだった。


 帰宅後、2人を待っていたのは玄関先でオロオロとしていたクロード家の筆頭執事のシンラだった。

「今帰った」

 シンラはルーカスの声に反応し、ぐるりと首を回し、ルナとルーカスを視界に捉えると一直線に、長年支え続けているルーカス、ではなくルナめがけて歩み寄った。

「ルナ様! お帰りになっていただけたのですね!」

「心配かけてごめんなさい」

「もう一度この屋敷に帰ってきてくださっただけで私はもう……」

「そんなことよりシンラ、昼食の準備は?」

 ルーカスがシンラとルナの間を遮るようにして身体を差し込み、邪魔をするとシンラはその端正な顔を惜しげもなく崩してしまう。


「……今日の朝まで全く手をつけなかったあなたがよく言いますね」

 そしてルーカスにしか聞こえないほど小さな声で主人に向かって吐き捨てる。それは長年築き上げてきた一風変わった信頼関係がそうさせていたのだ。

 態度では全くわからないがシンラもシンラなりに主人を心配していたのだ。ただそれ以上にこの一年、ずっとお世話をしていた、寂しそうな表情ばかり浮かべるルナを心配していただけである。

 使用人のことを気遣ってくれ、なおかつ幼い頃から感情を表に出すことが下手なルーカスのお嫁さんとしてクロード家に嫁いできてくれたルナを、シンラだけではなくクロード家の使用人の誰もが慕っていたのだ。


「昼食なら今日もちゃんと2人分、用意してありますからご安心ください」

「今から食べるから準備しろ」

「かしこまりました」

 思えばルナは昨日の夜以来何も口にしていなかった。

 結局小屋で出された紅茶も飲まずじまいで、カイルの一押しのタルトはその全貌をしっかりと見る前に去ってしまったのだ。

 そんなルナのお腹の虫は昼食と聞いてはしたなくも根をあげた。


「ルナ?」

 音は当然隣のルーカスの耳にも入ったらしく、不思議そうな顔で覗かれる。

 ルナは恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだ。ルーカスは今すぐにでも逃げ出したいと願うルナの手を握った。

「ダイニングで待っていればすぐに料理が運ばれてくる。……だからそれまでこの数日の出来事を、いやルナのことを教えてくれないか?」

「……はい」



 そしてルナはその日、初めてルーカスと夜を共にした。


「狭くないか?」

「大丈夫です」

 それは一年以上も経つ夫婦生活で初めてのことで、ルナもルーカスも緊張で今まで以上にぎくしゃくとしていた。


「心配、だから。その……手、つないでいてもいいか?」

「はい……」

 けれど、やがて布団の中で弱弱しくルーカスがルナの手を握ることによって二人の仲の空気は柔らかいものへと変わった。



 その夜、本当の夫婦になることができたのだとルナは実感することができた。

 利害など何も絡まない、愛し合った者のみが入れるその先へ足を踏み入れたのだ。




 寂しさに俯きがちに歩く少女はもういない。

 いるのは姉や兄、はたまたたくさんの家族に愛される少女と、気持ちが通じ合ってからも少女の家族に嫉妬の火を燃やす男だけだ。


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