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語られる過去

 さてと、どこから話しましょうか?

 そうだ。とりあえず俺の過去から話しましょう。あまり耳心地いいものではないのですが、よければ聞いてやってください。


 俺は物心ついた時から親というものを知らずに過ごしました。代わりに俺と同じような人達がたくさんいて、生きる術を身体に教え込んでくれました。そのおかげで俺は今も生きているのですが……俺は生きる代償として何でもしました。

 今の、騎士の仕事ではすっかり昔の俺と同じようなことをした人達を捕まえる側になっているのは皮肉なものですね。

 それでも、昔の仲間たちを裏切ってでも俺はそこに立ちたいと願ったんです。


 それは一人の死に神に出会ったからです。

 死に神は昔の仲間たちの間で有名な通り名で、彼にあったら最期を覚悟しなければいけないと言われるほどでした。会わないに越したことはないと誰もが彼の足取りにアンテナを張りながら生活していました。

 けれど俺はある日ヘマをしてしまって、出会ってしまったんです。死に神、グレン=ランドール様に。

 彼は俺の目の前で、全てを壊していきました。躊躇なく、冷徹に冷血に。

 その姿に俺は目を奪われました。……動けなかったんです。その剣さばきに、瞳を、そして心すら奪われたんです。


 彼はその場から離れられなくなった俺を見つけると仲間たちに声をかけました。

「連れて帰れ」――と。それは俺にとって死の宣告と同じでした。


 けれど彼は俺を殺しませんでした。

 それどころか薄汚れた俺を風呂に入れてくれました。その間、恥ずかしいとかは思いませんでした。死ぬかもしれない恐怖に比べたらよく知らない人間に身体を洗われることなんて大したことではなかったのです。

 初めて石鹸というものを使った俺はあまりの汚れでうまく泡立たなかったのか、それとも洗い手が致命的なほどにセンスがないのかはわかりませんが、いつの間にか頭と身体を洗う手がごつごつとした男の手から女の手に変わっていました。

 変わった柔らかい手は優しくて、いつ死ぬかもわからない俺は母がいればこんな感じだったのだろうと思ってしまいました。


 綺麗になった俺はどこかの一室に連れて行かれ、そして再び死に神と対面することになりました。

 汚れが落ちたのと同時に恐れまで落ちてしまったのか、彼を怖いとは思いませんでした。それは彼の横で騒ぐ真っ白な少女のせいもあったのでしょうが。


 少女は白ウサギのような、可愛らしい姿で俺の周りをクルクル回っては次々に「これとこれと」と服を手渡してきました。

 とりあえず受け取ったそれは貴族のお坊ちゃんが着るほどの服で、売れば一ヶ月以上食べ物に困らないだろうとすぐに計算できるほどの品でした。

「サイズは多分大丈夫! だから着てみて」

「はい?」

「今はとりあえずブルックのを着せてるけど、それじゃあサイズ大きいでしょう?」

 どうやら誰かの所有物であったらしい服を強引に脱がせて、真っ白な少女、エルナは俺の手の中にあった服を着せました。それはもう見事なもので、俺の抵抗なんてなかったものみたいに、5つもあったボタンすら全て止めてしまいました。

「マーガレットみたいにお風呂では洗ってあげられないけど、着替えさせるのは慣れてるのよ!」

 エルナは自慢げに全くない胸を逸らしていました。

「私は着替えさせるの、得意ではないから」

 そしてその声に続いて俺の背後からエルナと全く顔の作りの似た、けれど彼女ほど表情の動きが多いわけではない少女がすっと顔を出しました。その少女こそあなたが似ていると判断した少女、マーガレットです。


 二人の少女はソファに座りながらこちらをじっと見ている死に神に目もくれず、俺の手を引いて部屋を出ました。

 死に神は何も言わずにただ俺たちの後をついて着ました。


 そして着いた先で俺はたくさんの子どもたちを見ました。

 その時の俺と同じ、大層な服に身を包んでいても俺には彼らが俺と同じ子どもであることがすぐにわかりました。

 長くあんなことをやっていたせいか、仲間はすぐにわかるんです。纏う空気といいますか、同じ何かを感じたんです。

 目を見開く俺の隣で少女たちは声をあげました。

「この子、今日から家族だから」

「ほらほらみんな、自己紹介しないとでしょう? 並んで並んで」

 少女たちの呼びかけに応えた子どもたちは俺を囲み、すぐに余所者の俺を受け入れてくれました。

 それからしばらくは夢の中にいるようで、彼らの好意が信じられなかった俺がどんなにひどい態度をとっても彼らは全く気にする様子を見せなった。気にせず話しかけて、食べ物を山盛りにして、そして俺の隣でスヤスヤと寝息を立てて寝るんです。

 それが俺には不思議で仕方がなかった。

 彼らがそうする意味がわからなかったんです。他意があるのではないかと疑わずにはいられなかった。

 けれど俺には彼らが良くしたところで流せる情報なんてなくて、いずれ申し訳なさが上回るようになっていました。


 そして俺はある日、決心して彼らに聞いてみたんです。

「なぜよくしてくれるのか?」って。そしたら彼ら、なんて答えたと思います? 「家族だから」ですよ。

 初日にマーガレットとエルナが宣言したことと同じことを言ったんです。信じられなくて屋敷中を駆け回りましたよ。それでも返ってくる答えは同じで、最後には笑うしかありませんでした。

 壊れたように笑って、そして泣き続ける俺の元に死に神はやってきました。


「何かあるなら言え。家族とはそういうものだ」――と。

 死に神と呼ばれる彼までも俺を家族として認識していたんです。多分それは目があった時からなのでしょう。

 そのことを俺はずっと先になってから知りました。


 長い時間かけて水を吸い上げるスポンジみたいに俺たちは家族になっていったんです。

 知らなかった愛情を、死に神と二人の真っ白な少女と、そして屋敷の彼らに注がれて、限界があるのが恐ろしくなるほどに俺はそれに溺れていきました。

 屋敷の彼らが自分たちのことを『死に神の大鎌』なのだと、いつかこの恩を返すのだと笑っていたのを見ていただけの俺はいつか彼らと同じになっていきました。

 俺はどん底から救ってくれたあの人の役に立ちたいと思ったんです。そんな俺に彼らは俺に生きる方法を教えてくれました。

 昔みたいに汚れた仕事ではなく、真っ当な仕事です。人を守るために剣を振るい、人を助けるために各地に物を流す仕事を。


 そしてここでは誰もが自分のやりたいことをするのだと教えてもらいました。


 自分らしく生きるのだと。

 そのために俺を連れてきたのだと。


 俺のようにどこからか連れて来られる、自分らしく生きることが出来なかった子どもに俺も同じように愛を注ぎました。ここにやって来た頃の俺と同じく彼らは怯えていた。だから彼らがしてくれたように、愛を知らない彼らに家族を教えました。




 ずっとずっと幸せだった。

 エルナはグレン様に似ている我が子を何度も屋敷に連れてきては、私も幸せになれたのだとシミジミと幸せを実感して笑いました。

 その隣にはグレン様とマーガレット、そしてこの屋敷の父ともいえるヒューイが並んで、なんてことないことでも幸せを嬉しそうに、大事そうに抱えては笑いました。


 だけどそんな幸せは長くは続きませんでした。

 エルナが病にかかったんです。よりによって特効薬も何もない、死を待つしかない病に。


 俺たちは誰も、エルナを、家族を救えなかった。

 何も出来ない俺にエルナは、周りに誰もいないことを確認してからそっと耳打ちをしました。

「死ぬには少し人よりも早いけど、でも私、人より多くの幸せをもらえたから。だからね、仕方ないかなって思うの。私は先にここから出て行ってしまうけれど、それでもずっと家族だから。遠いけど、ずっと見てるから。だからビー、あなたは近くで家族を、あの子たちを助けてあげて」


 最期まで彼女は彼女らしく笑っていた。

 エルナは最期まで俺たち家族の母で姉だった。

 残される家族のことを心配して、弱い俺を強くしてくれました。だからエルナに俺は誓いました。


 彼女の代わりに家族を守るのだと。


 エルナの死後、それからグレン様はその事実が信じられずに、ひたすら働き続けました。

 冷酷に、冷血に見えて、その瞳がもうここにはいないエルナをずっと探し続けていたんです。そんなグレン様を見ているのは正直とても辛かった……。

 それにエルナとグレン様の間に産まれた、残された子どもたちはもう生きているのか死んでいるのかわからないほどで、ずっとエルナの名前を呼んでは、姿の見えない母親を探し続けていました。

「お母様」「お母様」と小さな声が呼ぶたびに誰もが心を痛めました。もういないのだと告げることはできなかったんです。


  そしてマルガレータはよく部屋にふさぎ込むようになりました。エルナと過ごしたのだという自室でたくさんの思い出の詰まった本に囲まれて。


 ヒューイはずっと二人の身体を心配してはあの屋敷とランドール屋敷を往復しては無理にでも食事を食べさせていました。


 俺は、いやヒューイ以外の誰もがどうすることも出来ずに、ただ身体を動かし続けていました。


 ある日、隣国の市場に栄養価の高い果物が流通していると小耳にはさんだ俺はすぐに荷馬車を飛ばして隣国へと向かいました。

 残念ながら着いた時にはもう遅くて、念願のそれは手に入らなかった。だから仕方なく隣国の名産品である魚の日干しを何種類か買って帰ることにしました。

 行きは辛くなかった長い山道も気分が重ければ辛くなって、俺は山の途中で一度休憩を取ることにしました。

 どうせここを通る馬車など少ないからと、横道に逸れたところに馬車を止めてご飯でも食べようとしているとどこからかニャーニャーと猫の鳴く声が聞こえ出しました。荷馬車に乗せてあるのは魚ばかりでその匂いを嗅ぎつけた猫が寄って来たのだろう。そう勘ぐって、数匹くらいなら分けてやろうかと用意したものの当の猫たちと言えば全くやってくる気配がない。となるとどこかに脚でも絡ませてしまったかと心配になって辺りの草をかき分けると箱に入れられた猫と、そしてカッツェ、あなたを見つけました。


 子猫と一緒に子どもが置き去りになっていることにも驚いたが、何より赤子の髪の色に目を囚われました。

 それはマーガレットやエルナと同じ、雪のような真っ白な毛だったからです。

 それを見た途端、屋敷に来て少しした頃にエルナが内緒話のように俺に話してくれたことが頭に浮かびました。


『私やマーガレットの村は滅ぼされてしまったの。だからグレンやヒューイ、マーガレットと私は同じ環境にいる子どもを、そして自分と同じ色を持つ人を探しているんだ』――と。


 俺はその猫の入った箱を荷馬車に隠して、そしてカッツェは手元の毛布の中に隠した。すぐ近くに隣国と自国を結ぶ関門があって、そこを通過できるかは正直賭けでした。

 その頃は年々人身売買に対する方が厳しくなっていくのと同時に、孤児を引き取るのだって一年以上にも渡る審査が必要になっていたんです。

 そんな中、他国からパスポートも持っていない、戸籍すらあるのか怪しい子どもを入国させるなんてありえないことで、賭けに勝てる見込みなんてなかった。


 それでも俺にはこの子を置き去りにすることなんて出来なかったんです。守らなければと思ったから。


 どうか突破させてくれと、先に天へと昇っていったエルナに願いながら何度もカッツェと呼び続けました。後ろでニャーニャーと泣き続けている猫が答えてくれることを祈って。


 本当は猫すら自国へ入れることは禁止されていた。けれど、その猫たちは俺のいない間あなたを守り続けてくれたナイトたちだったから連れてきたことに後悔はなかった。


 この行動でグレン様や他のみんなに迷惑がかかるかも知れないと思ったけれど、それでも彼らなら許してくれると信じて突き進むだけでした。


 関門に差し掛かると門番のおじいさんはネコの鳴き声に一瞬だけ顔をしかめました。けれどどうやらヒューイの飲み仲間らしい彼は「ヒューイんとこの子どもだろ? あいつのとこの子なら悪さしないのはわかってる。見逃してやるから他に気づかれる前にはよぉ行け」と投げやりにパスポートに印を捺して俺の馬車を送り出してくれました。

 彼の言っているのはおそらく後ろのネコのことで、まさか手元の毛布が子どもだなんて思いもしなかったんでしょう。知っていたらいくら知り合いのところの子どもであっても通すことはなかったでしょうから。

 優しい彼を騙してしまったようで心は多少痛みましたけど、感謝の方が優りました。


 それから山を越えたばかりの愛馬の身体にムチを打ち、屋敷に急いで帰りました。

 この子が誰にも見つからないようにと祈りながら。



 そして屋敷の前に着くと、後ろに乗せていたネコも毛布の中に入れて、一直線にマルガレータの部屋へと向かって、閉ざされたドアを強引に脚で蹴破りました。……行儀は悪いんですけど、必死だったんです。


「子猫を拾った」

 急いでいたせいかおでこから噴き出た汗が伝って目に入って来ていたのにも気づきませんでした。

 それよりも四匹のナイトと彼らに守られた白い髪の赤子をマルガレータに見せることに必死だったんです。

 

 半ば強引にマルガレータに毛布ごと渡すと彼女はその固まりを優しく抱きしめました。

 そして今まで寝込んでいたのも嘘かと思うほどに、毛布を抱きしめ、彼女は勢いよく部屋を後にしました。

 マルガレータにバトンを渡した俺は気が抜けると同時に腰まで抜けてその場にへたり込みました。



 そしてその夜、カッツェはランドール家の娘として、ルナ=ランドールとして育てられるとヒューイとマルガレータから聞かされました。


 あの子も幸せになれるのかと思うと一晩中涙が止まりませんでした。

 この屋敷にいる者は誰でも語ることを躊躇うような過去を持っていて、辛いことを乗り越えてきた子どもばっかりだったから。それはエルナもマルガレータも例外ではなくて……だからこそ幸せになってほしいと心から祈りました。



 ◇◇◇

「だからあなたはカッツェでルナで、そして俺にとってもあの屋敷のみんなにとっても家族なんです」

 ルナは開いた口がふさがらなかった。

 代わりなんかじゃなくて、彼らはずっとルナ自身を見ていて、思ってくれていたのだということに。


「あり、がとう……ございます」

 ルナは目の前の恩人にお礼を言って、そして深々と頭を下げた。

 そんな短い言葉なんかでは今まで受けてきたことのお礼は返せないことはわかっていても、それでも伝えなければと思ったのだ。


「お礼を言うのはこちらの方です。幸せを運んできてくれてありがとうございます」

 ルナの手を取って、包み込んだカイルは幸せそうに笑った。心の底からルナの存在を喜んでくれているように。


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