温かい紅茶には
「どういう……こと、ですか?」
それは純粋なる疑問だった。
ルナは抱き抱えられたまま、カイルは足を止めぬまま進み続ける。
「言葉の通りですよ。詳しい説明は治療後にお話ししましょう」
そしていつの間にか到着した町外れの小屋のドアを足で2回ほど蹴った。
「俺です」
乱暴そうに見えるが両手はルナを抱えるので精一杯で空いているのといえば足くらいだったのだろう。
しばらくするとドアをゆっくりと開く。そこからは髪の伸びきった男が眠たそうに頭を掻きむしりながら顔を見せた。
「んぁ? ビーか……まだ昼じゃねぇか……ってカッツェ?! 何でここに!」
男はカイルの腕の中のルナを見つけるやいなや急いで小屋の奥に引っ込んで行ってしまった。
奥からは物が崩れ落ちるような音がけたたましく鳴り響いている。
そんなことは全く気にせずに開けてもらったドアからカイルは小屋の奥へと入って行く。
「あ、あの……その、いいんですか?」
「何がです?」
「勝手に入ってしまって。私、お邪魔なら外で待っていますが……」
「あなたの治療に来たんですから本人が居なかったら意味ないですよ」
「は、はぁ……」
ルナから見た限り、男の態度はルナを歓迎しているようには見えなかった。
けれどカイルはルナを抱えたままどんどん中へと進んでいく。
「エイ、救急箱借りますよ」
「あ、ああ。好きに使ってくれ! 俺は今、それどころじゃないんだ!」
「ったくエイも近々誕生日会があることを知っていただろ?」
「知ってたさ。けどそれは前日に通達がくるって話だっただろ! なのになんでこんな、突然……」
カイルはエイと呼んだ人物に呆れたようにはぁっと大きなため息をつきながらも、手元ではテキパキとルナの傷口を処置している。
血だらけだった足は今ではガーゼでおおわれている。少しばかり大げさではないかと思ってしまうが、それもカイルなりに心配してくれている証拠なのだろう。
それよりもルナは『家族』という言葉が未だに気になっていた。それでも治療が終わった後で話してくれるのだというからルナからは口に出せずにいる。
「はい、終わりましたよ」
カイルはニコリとルナに微笑みかける。その笑顔にルナは待ってましたとばかりに口を開いた。
「カイル! 家族って「終わったぁ!」
だがその言葉はエイに簡単に遮られてしまう。
「エイ……。お前な!」
それにはさすがのカイルも頬をピクつかせる。けれど奥から出てきた人物はそんなことお構いなしにカイルの横を通り過ぎ、そしてルナの両手を握った。
「久しぶりだな、カッツェ。大きくなって……ずっと、ずっとまた会える日を楽しみにしていた」
涙ぐむエイの頬には涙が伝っていた。ずっと楽しみにしていたという彼の言葉に偽りはないようだった。
それでもルナの記憶にはエイという男の存在はない。エイという名前も彼という人の顔も初めてなのだった。
するとルナの頭に過ったのはマーガレットという名の少女だった。ルナによく似た、いやルナがマーガレットという人物に似ているのかもしれない、その人物と勘違いをしているのではないかと……。
「エイ様」
「エイでいいぞ、カッツェ。で、なんだ?」
「私はルナです。カッツェでもマーガレットでもありません」
「ああそうだ。君はマーガレットではない。けれどカッツェでありルナでもあるんだ」
「どういう、ことですか?」
あの屋敷の彼らはマーガレットという少女の代わりにルナを屋敷まで連れてきて、そしてカッツェという名前を与えたのではないのか。
もしくはカッツェというマーガレットとはかけ離れた名前は彼女に与えられた愛称ではないのか。
ルナの溢れ出す疑問は顔にも出ていたのか、エイは軽く笑ってからビーの身体を軽く前へと押し出した。
「それは俺よりもビーのほうが適任だな」
「ああ、俺が話すよ。だからエイ、オレンジのタルトを買ってきてくれ」
「え、今?! いいところなのに?」
「今」
「……ああそうかよ。飲み物は用意してくか?」
「気が利くな」
「お前にじゃない! カッツェに、だ」
「でもついでに俺のも用意してくれるだろう?」
「二人も三人も同じだからな。ついでに冷めるまでの間にケーキ買ってきてやる! カッツェもオレンジのタルトでいいか?」
「あ、はい。お願いしてしまって申し訳ありません」
「いいって、いいって。んじゃ行ってくるから」
一方的に来ておいて、家の主人を使いっ走りにしてしまったことに申し訳なさを感じ、身体を縮こませていると、エイはそれが身体に染み付いている行動であるかのように手早く三人分の紅茶を用意し、その二つをカイルとルナに手渡すと颯爽と小屋を後にした。
「エイが帰ってくるまでしばらくかかりますし……それでは話しましょう。あなたがカッツェで、そしてルナ様である理由を」




