浮かぶ顔と沈む心
翌朝、食堂へ足を運ぶとすでに各々が食事を始めていた。
(少し遅かったかしら?)
もうこの屋敷内の時間には慣れたつもりでいたルナは少しだけ気落ちした。だが、食堂内で慌てている人たちの様子を見るとどうやらルナが特別遅くやってきたというわけでもないらしかった。
「急げ」
「あれ用意したか?」
「あとは引き取りだけだ」
「わかった。それは俺が行ってくる」
今日は何か特別忙しいらしい。
誰もが慌てていて、出された皿の上の料理を手で持ち、皿だけをその場に残して立ち去るものもいた。椅子に座ってスプーンを持っているものでさえ、更に直接口をつけてはかき込むようにしてスープを腹に流し込んで、食事を味わう暇さえなさそうだった。
「カッツェ!」
「わっ」
居場所が見つからず佇んでいたルナの肩をポンと叩いたのはミレーだった。
「今日は出入りが激しいと思うから前の方で食べましょ」
「何かあるんですか?」
「……ちょっと予定が押してきててね」
「え、じゃあ何か……」
そう言ってから気がついた。
彼女は誘拐犯で、ルナはその被害者だ。何を手伝えるというのか。
ルナも彼らとの関係を完全に忘れていたわけではない。ただ気を抜くと、彼らは昔からの知り合いのようにさえ感じるようになっていた。
これはいい兆候ではない。
約束の日まであと残りわずか。ルナのこれからが決まってしまうまでのタイムリミットは刻一刻と迫って来ているのだ。
こうやって話しているうちにもそれは背後から迫り寄って来ている。
逃げたくとも逃げられない。
目を背けることすら許されない。
知ってしまった事実から。
突きつけられる現実から。
「カッツェ、元気ないわね……。大丈夫?」
パンを手に取り、止まった手を慌てて動かす。喉元で詰まりそうになったパンを無理矢理水で流し込んだ。
「えっと、その……あまりお腹が空いてなくて……」
ヘラっと笑って心配されないように言い訳をした。
ルナが食事をいつもの半分も取らないうちに席を立つとそれと同時にミレーも席を立ち、部屋に戻る途中、何度も「大丈夫?」とルナの顔を覗いた。
「ゆっくり休むのよ? それと……なんかあったら絶対私を呼ぶのよ?」
部屋の前まで来ると念を押してからミレーは去っていった。
足は床につけたまま、ベッドに背中を預けたルナは悪いことをしてしまったと罪悪感に満ちていた。
思えばここ最近、色んな人に迷惑ばかりかけてしまっているような気がした。目を閉じると頭には絶え間なく人の顔が浮かんで来る。そして気は沈んでいく。
限界などないのではないかと思うほどに深く、深く。
代替品で、死に神で、誘拐の被害者の自分がルナは嫌になる。
沈んでは浮き、そして沈みを繰り返す。
それならいっそ底に沈んで浮いてこないように重りを乗せてしまいたいとルナは願った。




