キッチンの番人
サクサクと音を立ててクッキーを食べていたルナだが、続けて二、三枚と食べているとヒューイがヒョイっと顔を出した。
「そんなに食うと飯入らなくなるぞ」
もうすっかりルナの食べる量を把握したヒューイはすぐそこまで迫っている夕食の心配をした。
ヒューイは食のバランスを気にしてはいつも率先してルナの皿に彩りを加えていた。彼の言う通り、目の前のクッキーを全て平らげれば確実に夕食は入らなくなる。
ルナが手を止めたのを確認すると、ヒューイはミレーに向かって声をかけた。
「おい、ミレー。何か包むもんなかったか?」
「包むもんって、何よってああ……」
抽象的な言い方に眉をひそめていたミレーはルナの手元を見て理解したのか、食堂の外へ消えてはすぐに帰ってきた。
「はいどうぞ」
ルナへと差し出す手にはラッピング用の袋とそれを閉じるための可愛らしいレースのリボンがあった。……なぜか2つ。
「ありがとうございます」
「その……できれば片方もらえないかしら?」
ルナへと手渡すと言いづらそうに視線を逸らしながらミレーはルナへと言った。
その姿にヒューイは呆れた様子だった。
「お前、まだ食うつもりか……。昨日のコニーの言うことも少しは気にした方がいいぞ?」
というのもミレーはすでに自分の分のクッキーを完食し終えているのだ。そしてもう少し待てば夕食が完成する。
「違うわよ! これはビーにあげようと思ったのよ!」
ヒューイの予想を打ち消すミレーは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてヒューイの背中をぽこぽこと叩く。
昨日のコニーの言葉がまだ効いているようで、そして何より自覚しているからこそ恥ずかしいのだろう。
「ああ、そうか。そういうことか。カッツェ俺からも頼む」
ヒューイはミレーの弱々しい攻撃などは気にも止めずにルナに向かって頭を下げた。
「はい」
ビーという人物はつい先日コニーに怪我を負わせた人物ではあるが、この屋敷の人たちはどうやらその人物に対してマイナスの感情を持ち合わせていないようであった。
貰った2つの袋に同じ数だけのクッキーを入れ、リボンで綺麗に結んでからそのうちの1つをミレーに渡した。
するとミレーは
「ありがとう」
とまるで美味しいお菓子を弟にあげる姉のように嬉しそうに笑った。
「ご飯だぞー」
キッチンから出て来るブルックの手や腕にはいくつもの大皿が乗っていた。それを次々と男たちに渡してはまたキッチンに引っ込んでいく。それが5往復ほど終わるとヒューイがルナの肩を叩く。
「さっさと席につけ。ここ空いてっから」
一足先に近くの空席にと落ち着いたヒューイは目の前にポッカリと空いた部分を指差して早く席に着くように促した。
「え、あの……」
ルナが使っていた机もまたいつも使われている机で、その場でいいと思っていたのだがどうやらそれではいけないらしい。
その机はおろか、その周りのいくつかの机は誰も座ろうとはしないのだ。それどころか食堂の半分より少しドア側の、ヒューイが今まさに座っている場所こそが一番端の皿の乗った机だった。
数えてみれば一番ドアに近い五つの机には、皿が置かれていなければその机の椅子には誰も腰掛けてはいなかった。
「ん? ああ。今晩は出払ってて人少ねえからそこは使わねえんだ」
「そう……なのですか……」
ヒューイの言葉に引っかかりを感じたルナであったが「今までだって何人かいないことあっただろ?」と言われるとそうだったような気がすると思わざるを得なかった。
今回は机五つ分の人が一気に居なくなったから気づいたもののこれが数人だったら、この屋敷の住人たちを全員把握しては居ないルナはきっと気づかないからだ。
それからいつも通り、皿にたくさんのオカズを乗せられていった。ここ数日でルナの食べられる量を把握したらしい男たちはルナの皿に山を築き上げることは止め、いろんな種類のオカズを少しずつ乗せるようになっていた。
その中でも他よりも少しだけ量が多いものはどれも美味い美味いと言って食べる男たちがとりわけ気に入っているものだった。
ルナは今日もプレートのように種類ごとに区切って乗せられた皿を完食することに勤しんだ。
男たちが山盛りに乗せるだけあって、ここのご飯は美味しい。
ランドール家、そしてクロード家のシェフに引けを取らない腕前の持ち主が作っているのだろうと感心して尋ねてみると、基本的にはブルックが作っているのだと半分ほど予想のできていた答えが返って来た。彼らいわくブルックはこの屋敷のキッチンの番人らしく、よほどのことがない限り皿一つ取るのでさえもキッチンには足を踏み入れさせないのだと男たちは笑っていた。
「あいつがいるから俺たちは今でも元気でいられんだ……」
そう一人がボソリとつぶやくと、他の男たちもその言葉に何も言わずただ頷いていた。




