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代替品の花嫁 -2-

 ルーカス=クロードは数か月ほど前まではルナの姉、エル=ランドールの婚約者であった。

 そんなルーカスにルナは恋をしていた。

 数年前にランドール家で行われた食事会、そこでルナは初めてルーカスと顔を合わせた。それは食事会というにはささやかなもので、エルの誕生日を祝うためにランドール家を訪れたルーカスが、ルナの家族と席を囲んだ、いつもよりも少し豪勢な食事。

 いつも通りに用意された席に座るルナの目線の前にはルーカスがいた。少し居づらそうにするルーカスは離れていてもわかるほどに、整った顔立ちをしていた。ルナはそんなルーカスの容姿に目を奪われた。


 第一印象は、怖いけれどなぜか惹かれてしまう人。

 ルーカスの顔のパーツはあまりにも整いすぎていた。あまりに綺麗であるがためにルナはルーカスの顔に違和感、そして少しの恐れを覚えた。人間には見えなかった。まるでよくできた、王都に何件かある機械人形を扱っている店のきらきらと光るショーケースの中に行儀よく座っている機械人形がそこにいるような気さえした。

 それでも惹かれてしまうのはなぜか幼いルナにはよくわからなかった。

 けれども、人形のように思える、恐れを抱くルーカスにルナは何度も話しかけた。怯えを隠すことさえできずに身体をカタカタと震わせて、それでも目だけはしっかりと見つめて話しかける。そんなルナを上から見下ろしながらルーカスは顔色一つ変えず、次々と出てくるルナの疑問を解消していった。一つ一つ解決していく疑問をルナは新たに知識として取り入れて行った。

 ルーカスの知識量は、同じ年の子どもの平均をはるかに超えるほどで、ルナの父が治める領土で一番の知識人と言われる、耳の遠くなってしまったおじいさんを超えるほどであった。ルーカスは今まで蓄積した記憶を脳内で検索するように考え、話す。まるで、昨日の夕飯を思い出すかのように容易に、淡々と。

 そしてルーカスは一度体験したことは二度目からは失敗せずにこなすことができた。

 一度聞いたことは絶対に忘れなかった。

 ルナが同じ質問をすれば、ルーカスは前よりもわかりやすくそのことについて説明をした。

 ルナはルーカスのあまりにも完璧にこなすその姿が、自分と同じ生物とは思えなかった。

 それでもルナはルーカスがランドール家を訪れるたびに近くに行っては話しかけた。

 ルーカスが解決してくれるであろうたくさんの新たな疑問を持って。


 何度も誕生日を迎えるうちにルーカスへの恐怖は薄れ、興味が大きくなった。

 そして何度目かの誕生日を迎え、何日かたってその感情が『興味』以外の名前を持つことを理解した。



 『恋』



 性別が違い、ましてや歳だって離れていて、知識だってルーカスの足元ほどしかないようなそんな子どもに呆れもせずに一緒にいてくれる。そんなルーカスをいつの間にかルナは好きになっていたのだ。

確かに胸の中にある感情の名前を知ってもルナはその思いをルーカスに告げることはできなかった。


(ルーカス様は私とは比べるのもおこがましいほどにかけ離れた存在で。私にかまってくれるのは、ルーカス様がお姉様の婚約者だから。彼が私の姉を愛しているから。)


 ルーカスがランドール家の屋敷を去った後、決まってルナは暗い部屋の中で何度も何度も同じ言葉を頭の中で繰り返した。


(ルーカス様が我が家を訪れるのはお姉様に会うため。私にかまってくれるのは、お姉様が私を大事に思ってくれているから。)


 何度も何度も耳をふさいで、他の音なんて入らないようにして。聞こえるのは頭の中で繰り返されるルナ自身の言葉だけ。

 ルナを大切に思ってくれているエルを裏切りたくはないという思いで、ルナはルーカスへの思いに蓋をした。ルーカスがランドール家の屋敷を訪れればルナは自室にこもった。ある時期からエルに定期的に送られてくるようになったルーカスからの手紙を隠してしまいたいと思った時は、また耳をふさいで頭の中で言葉を繰り返した。

 いつかはこの熱も冷めるだろうと何度もルナは頭を冷やした。


 それでもルナの頭は冷えることはなかった。

 カーテンの隙間から見える大きな背中が離れていた分だけ恋しくなった。

 見ないようにと離れたはずなのに、視線の片隅に入る度に無意識に目で追って、ルーカスがエルに笑いかけるたびに、ルナはそこにいたいと願ってしまった。

 自分が姉で、エル=ランドールであれば……、と。


 ルナはルーカスを愛してしまった。手に入れたいと思ってしまった。隣にいたいと願ってしまった。

 その気持ちは何年経っても確かにルナの心の中にあって、ルナはかなうことのない恋だと、エルに対しての裏切りだと、諦めようとしていた。


 そんなルナにある日一通の手紙が届いた。それはランドール家に送られた、ルナあての王家主催のお茶会の招待状だった。

 普段であればこのような公の、それも王家が主催の規模の大きい会はどんなに遅くとも1週間以上前までには届くはずの手紙であった。それがなぜかこの時は開催する日付の2日前に届くというのは異例のことだった。

 しかし、数日前からルナは高熱を出し寝込んでいた。医師によれば到底お茶会などに参加できるような体ではないという。だが、王家からの公式の誘いをどうしても断るわけにはいかなかった。そして、ランドール家はルナの代役として姉のエルを出席させることにした。


 公にはされてはいなかったが、今回のお茶会は体の弱い第4王子の婚約者を探すためのお茶会であった。そのため、婚約者がいない貴族の令嬢を中心に手紙は送られていた。

 だから、婚約者がいて地位もそれほど高くはない姉のエルの元には招待状が送られてくることはなく、婚約者がいない妹のルナにだけ招待状は送られてきたのだ。

 そうとは知らず、ランドール家はエルに出席させた。そこでエルと第4王子、マイク=ベネットは恋に落ちることは知らずに。


 マイクは第4王子で王位継承権が低いこと、また彼の身体が弱いことから政権争いには遠い存在とみなされていた。それでもせめて妻を娶るべきだという家臣たちの強い意見により、お茶会が開かれた。だから家臣たちはエルとの婚姻を熱望するマイクを止めることはできなかった。そして伯爵家という王族とは程遠い爵位を持ちながらエル=ランドールはマイク=ベネットと婚約をした。

 その時、わずか半年後に結婚式を挙げる予定が迫っていたルーカスとの婚約を破棄して……。


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