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三通の手紙

「んじゃぁ、ルーシィ、コニー。この手紙をもってけ。宛名はあってるか確認しろよ」

 一度部屋を後にしたヒューイの手には3通の手紙があった。

 どれも真っ白な封筒に入っていたが、よく見ると宛名は一つ一つ違う名前が書かれている。ヒューイはそれを一つずつ指で追って確認してからルーシィとコニーに渡し、残りの一通は自分の胸ポケットに収めた。


「はい、大丈夫です」

 ルーシィは与えられた手紙の宛名をヒューイ同様指で追って確認し、コニーは手紙を胸の前でひらひらと振っていた。

「ん。ってかさぁ間違っててもあんま問題なくね?」

「内容が違うからな」

「ふーん。まあいいや」

 納得したのか納得していないのか、曖昧な言葉を返したコニーはすぐに興味を失ったように手紙を腰に携えた布袋の中へと入れた。遅れてルーシィは真っ白な花がたくさん入った籠の中に紛れるようにしてさした。


 ヒューイは二人が手紙をしまった様子を確認してから「行ってくる」とこの屋敷に残される者たちへと告げた。

 そしてヒューイは外につながれた黒と茶色の毛が混じった馬に乗り、颯爽と屋敷を後にした。その様子をルナがミレーと共に窓からのぞいているとその横の小さな窓からをコニーは過ぎ去っていった。

「んじゃ」

 窓から落ちて行ったコニーの姿をルナは両目を見開いてみていたが、それは杞憂で会ったことを知った。

 目線を下げればコニーはうまく着地をし、木につながれていた白の毛の馬にまたがっていた。


「よし、ルーシィ送ってってやるよ」

「ブルックさん、よろしくお願いします」

 そしてその後ろではルーシィの二倍ほどの大きさのある御者らしき男に頭を下げるルーシィの姿があった。

 ルーシィの手には先ほどの籠。そして肩にはフードのついたレースの外瘻がかかっていた。

「ルーシィの格好は……」

 まるでその格好は王都にいる花売りの少女のような可愛らしい外見についミレーに尋ねてしまう。するとミレーはルナの肩をつかみ、息を荒くした。

「かっわいいでしょ! 私プロデュースの服よ! いつか着せることを夢見て2か月ほど前に買い付けしたかいがあったわ! こんなに早く来てる姿が見れるだなんて……」

「は、はぁ……」

 買い付けという言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えながらもルナは圧倒されていた。昨晩の比にもならないほどミレーは興奮状態にあった。

「あのレースは最高級の羊毛でできていて、職人が一つ一つ作り出した、一着で半年以上の歳月をかけて作り上げられる一等品でね、なかなかヒューイが首を縦に振らなかったのよ。でもそこは私とカリーが何とかヒューイの首を折る勢いで頷かせたかいがあったわ。まぁヒューイは若干首を痛めてまだ治らないみたいだけど、あの可愛い姿を見れるのならヒューイの負傷なんてあってないようなものよ!」

「え、えっと……」


(まさかあの首の包帯はその時に負ったものなのだろうか……。)


 いやまさかと思いつつもルナは少しだけミレーとの距離を開ける。けれど開けた直後にその距離はなかったことになる。そして今度は逃げられないようにと肩をガッチリとつかまれる。

「でね、あの服はどうやら半年に一着だけその店に卸されるみたいだから今度一緒に行きましょう!」

「え……」

 ヒューイとの賭けに勝てばルナはずっとこの場所にいるのだ。そういう約束だ。そしてルナは誰も身代金を払わないことを予想し、その条件を飲んだ。

 ルナの予想通りに事が進めば、おのずと『今度』は存在するのだ。

 それなのにルナはその『今度』という未来を指す言葉に違和感を覚えていた。小さな石ころが靴にでも入り込んでしまったかのように。


「おい、ミレー。食料の買い付け行ってこい」

 窓の近くで固まって動かないルナとそんなルナに詰め寄るミレーのもとに先ほどルナの隣に座っていた男が指先でつまんだ鍵をユラユラと揺らしながら近寄ってきた。ミレーは用事を頼まれたことよりも話を中断されたことに対しての苛立ちを男へと吐き出した。

「なんで私が行かなくちゃならないのよ!」

「いろいろ足んねぇんだよ。本当はじいさんたちの日なんだが……生憎、じいさんたちは揃いもそろって二日酔いでな……」

「……しっかたないわね。あの飲んだくれじじいたちに言っておいて『いい加減歳考えなさいよ』ってね」

 ミレーは男の手の中にある、銀色の鍵をむしり取った。けれどミレーの苛立ちは男の言葉で簡単に引いていた。言葉も言動も雑ではあったがミレーの表情は非常に穏やかであった。

 そのことがわかっているのか男は苦笑いをしながら「伝えておく」とだけ告げて食堂へと戻っていった。

 そしてミレーはルナのほうへと向き直り、頭をなでた。

「ごめんなさいね、カッツェ。本当はカッツェのお着がえの手伝いしたいんだけどお仕事入っちゃったの……」

「し、仕方ないですよ」

 ルナは昨日の様子、そして今までの興奮状態にあったミレーの様子を思い出し、心の中でほっとする。

 するとミレーはルナの身体をぎゅうっと抱きしめた。

「カッツェ! なんて優しいの! すぐに、すぐに帰ってくるからカッツェは本棚にある本でも読んで待っていてね」

「……っほ、本、ですか。勝手に読んでしまってもいいのでしょうか?」

 豊満な胸の間から何とか顔を出し、空気を取り入れ、『本』という言葉に反応する。

 まだ一度もあっていないあの部屋の主の所持品の一部であろう。興味こそあったものの数日前に来たばかりの新参者もとい誘拐の被害者が勝手にいじってもいいとも思えず遠くから眺めるくらいで留めておいた。

「いいのよ。服も、本も。あの部屋にある全てのものはカッツェには使う権利があるの。いいえ、使ってほしいといった方が正しいのかしら」

「それは一体……」

「じゃあね。カッツェ、いい子にしているのよ」

 ミレーは言葉の真意を理解しかねているルナの頭に手を乗せてポンポンと頭を二回ほど軽くたたきその場を後にした。

 ルナは一人その場に残され、茫然と立った。空いた窓から吹く風はルナの髪を揺らしていた。


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