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担当発表

 ドンドンドン。ドンドンドン。

 ドアを勢いよく叩く音、ルナは強制的に眠りから覚まされた。そして音と同じくらい大きな声で外から叫ぶような声が耳に入った。

「おい、カッツェ! 起きてるか!」

 怒っているわけではないのだということを昨日1日のヒューイを見ていたルナは理解していた。たった一日という短い時間。それでも少しだけでも相手を知ることはできる。だからルナには現時点でヒューイに対しての恐れはなかった。ただ驚きはした。だから乾いた口をモゴモゴと動かしてから返事を返す。

「は、はい。起きてます」

 どれくらい前から部屋の前にいるのか、今まで深い眠りについていたルナには見当がつかず、長い間待たせていたら悪いと急いでベッドから起き、ドアの元へ走って勢いよく開いた。

「っつ……」

 すると、ドアの目の前に顔があったのだろう、ルナの目の前には額のあたりをおさえるヒューイの姿があった。

「あ、あの、すみません」

「いや、いい。それよりもカッツェ、着替えて食堂に来い」

 あたふたと手を身体の前でしきりに動かすルナにヒューイは自分の用件を告げた。申し訳なさと起きたばかりで正常に働かない頭が相まってルナはヒューイの言葉に即答した。

「はい」

「服はクローゼットに入ってるからそこから適当に好きなの選べ」

「え?」

「昨日ミレーが漁ってたあの棚な」

 ヒューイは昨晩ミレーがネグリジェを引き出してきた棚と同じ棚を指さした。

(このネグリジェも、そしてあの棚に入っている服は皆、誰かの所有物なのではないか。)昨日も疑問に思ったこと。だからルナは昨日ミレーにした質問と同じことを聞いた。

「あの服って、誰かのじゃ……」

「ん? サイズ、合わないか?」

「いえ、そんなことは」

 的外れな回答に少し戸惑った。そんなルナの返答にヒューイは話を終わらせた。

「んじゃあいいだろ。あれくらいしかこの屋敷にはお前の着るものなんかない」

「……」

 あれくらいという割には豪華な服ばかり。

 誘拐なんて初めてされたルナでもわかる。あれらの服は被害者に与えるような服ではない。大事な人にプレゼントするような服。ずっと、長い間使ってもらえるような、そんな人が着るための服だ。


 それに今の状況。これは翻弄に誘拐犯と被害者の関係なのだろうか。ルナは疑問に思っていた。

 美味しいお茶とお菓子。大勢の人と食べる食事。極め付きはたくさんの服とここの人たちの態度だ。

 どこに行っても歓迎と表すにふさわしい接し方で。まるで大事な人に接するような、彼らはいつもルナに気を使った。

 そして彼らは必ずいう。

「気にすんな」

 誘拐犯に気を使うのはおかしなことだ。けれども、誘拐犯が被害者に気を使うのはもっとおかしなことではないだろうか。


(今の言葉だってきっと……気を使って……。)


 この状況を不思議に思うルナの表情を、棚にある服を着たくないのだと勝手に解釈をしたヒューイは困ったように包帯の巻かれた首の後ろに手を当てた。

「趣味じゃねぇって言っても仕方ないだろ! ルーシィのじゃ小さすぎるし、ミレーのじゃ……その、なんだ、あの……胸が、な……」

 ルナは首をひき、自分の身体を見る。

 なだらか、といえば聞こえはいいが、足元を見るうえで何一つ邪魔をするものはない。その点はルーシィも同じだが、まだ10にもいかないかぐらいのルーシィはルナよりもだいぶ背が低く、成長過程であるといえる。一方ミレーは身長こそルナよりも少し高いくらいでルーシィとの差を考えればいくばかりかはいいものの、ミレーは豊満な体つきで直立に立ったままでは足元を見ることさえできないほどだ。そんなミレーの昨日の服と昨晩のネグリジェ、二つともが大きく胸元の空いた服になっている。


「……そう、ですね」


(……気を使っているのだ。)

 どんなに言葉が荒くても。

 例えルナが気にしていることを言葉を濁しつつも、胸に刺さるような言葉を言っていても。



「ん。じゃあ、早く着替えてこいよ」

 ルナはヒューイが去った後、静かに扉を閉じてクローゼットへ向かった。昨晩のネグリジェと同様にどれも美しい刺繍のあしらわれたものが多かった。ルナはその中から白い花の刺繍が袖にあしらわれたワンピースを手に取り、頭からすっぽりとかぶった。



 ◇◇ ◇

 ルナが食堂へ行くとそこは昨晩とは椅子やテーブルの配置が変わっていた。順番に等間隔に並べられていた机は端に寄せられ、机の下に収納してあった椅子は山をなして所々に置かれていた。

 テーブルも椅子も端に寄せられ、空洞になったちょうど真ん中に位置する場所には椅子の高さの半分くらいの台が置かれており、その台の上にヒューイは立ち、あたりを見回していた。

 そしてドアのあたりに立つルナの姿を見つけ、首をカクンと前にやってから手の平をバチンと合わせた。

 その音に食堂に広がっていた数々の会話は途切れた。


「よし、全員そろったな」

 ルナは自分もその『全員』に入っていることに驚きその場にたたずんだ。するとルナの視界の端の方から随分体格のいい男が椅子を持ってやってきた。椅子をルナの隣に下してから腰かける部分を二度ほど叩いた。

「ん」

「え?」

「これから話、始まるから……座ってろ」

「あ、ありがとうございます」

「ん」

 戸惑いながらも椅子に腰かけると男は頷きルナの元を離れ、先ほどまで座っていたのだろう、人が多く集まるところの端にぽかんと空いた席に腰かけた。


「では発表する」

 ヒューイの言葉に食堂にいる、ルナとヒューイ以外の人間は皆、唾を飲み込んだ。

 ルナの隣、席一つ分くらい離れたところに座っている、用途のわからない長い棒状のものを胸の前で大事そうに抱えている男の息遣いがルナに聞こえるほどにこの部屋にいる誰もが緊張していた。


「ランドール家は俺、クロード家はルーシィ、そして城はコニーだ」

「くっそぉ」

「まぁ、順当ってとこかしら」

「はぁ、わかってはいたけどな……」

 各々に感想を言い合う人たちの中で、ルナだけがヒューイの言葉の意味が分からなかった。

 なんだか自分だけ仲間外れになっているような気がして隣の男の肩を二回叩いた。

「うん? どうした、カッツェ」

「あの、先ほどの言葉の意味って……」

「ん? ああ、あれか。あれは今回の配置、というよりは役目の担当発表だよ」

「担当発表、ですか?」

「ああ、そうさ。カッツェの身代金だっけ?の要求の手紙を渡しに行くの、誰が行くかもめてさ」

「は、はぁ」

 ルナには意味が分からなかった。

 確かにヒューイは昨日、三人全員に身代金を要求するとルナに告げた。けれどそれが揉めることになるのだろうか。

 それもこんなにたくさんの人が選ばれなかったと嘆くような、そんな内容だろうか。

 ルナの疑問はお構いなしに男は話を続けた。

「んで、ヒューイが決めることにしたわけ」

 とても悔しそうに。けれども納得は行っているような顔で。

 仕方ないよな。とつぶやいた。

「そ、そうなんですか……。あの教えてくださってありがとうございます」

「んーん。いいんだよ、気にしないで」

 話を聞いてこれが何のための集まりなのかを把握したまでよかった。けれどルナの頭の中には他の疑問が膨らむだけだった。


(この人たちは何をしたいのだろうか?

 身代金の要求?

 それだけだったら何もこんなにも歓迎する必要性はなくて。

 では、なぜ彼らは『誘拐』をしたと言い張るのか。)


 ルナには理解できなかった。

 頭を右へ、そして今度は左へかしげて考えた。けれど答えにつながりそうなものは出てこなかった。


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