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カッツェ

「まあ、落ち着いたところで本題だ」

「はい」

 紅茶を飲み干したヒューイは先ほどとは打って変わって真剣なまなざしを向けた。そんなヒューイのまなざしにこたえるかのように、ルナも心を決めてじっと男の目を見つめた。


「俺たちはお嬢ちゃんを誘拐した」

「……はい」

(やはり誘拐だったのか……。)

 先ほどのルーシィと呼ばれていた少女との会話を見ていて、つい忘れそうになったが彼らは私を誘拐したのだ。ルナは一度緩んでしまった警戒心をもう一度強く持つ。


「んで……だ。とりあえず、宰相様か当主様か姫様にでも身代金を要求しようと思ってるんだが…………誰が一番早いと思う?」

「はい?」

(この男は一体何を言っているのだろう?)

 ルナは意味が分からず、思わず聞き返す。ヒューイはそれに気を悪くすることはなく、真面目な顔で話を続ける。


「いや、お金が入用でな。できるだけ早くほしいんだよな……。でもだからって全員に出すと後から面倒くさいじゃないか。だから、お嬢ちゃんのために一番早くお金を支払ってくれる奴に要求したいから教えてくれないか」

「どなたも私のためにお金なんか支払いませんよ」

「……お嬢ちゃん、嘘ついても無駄だぜ。どうせ誰かに要求するんだ。一番早く払ってくれる奴に要求した方がお嬢ちゃんも早く解放されるんだ。それくらい、分かるだろ?」

 ヒューイはひどく呆れてルナに諭すように話しかけた。それでもルナの考えは変わらない。

「ですから、あの方たちは私のためにお金を払ったりしません」

「いい加減なことを…………言っているわけでもないようだな」

 ヒューイはルナの目をじっくりと見て、首の後ろをガシガシと掻く。首に巻かれた包帯が取れそうになることは気にせずに、あー……でもな、うーん……と散々うなってから再びルナの目を射抜くように見つめる。

「えっと……だな。俺の得た情報によれば、どいつもお嬢ちゃんのためならいくらでも払うやつらだ。だからこそ、俺は一番早いやつは誰かと聞いたんだ。早くて大金を払ってくれる奴は俺たちにとっちゃ最高の取引相手だからな。なのに……なぜお嬢ちゃんはそう思うんだ?」

「確かに今までならば、そうしたのかもしれません。ですが、今の私にはそんな価値などありません。価値のない人間にそこまではしないでしょう」

 自分で言っていて情けなくなり、それをごまかすために口から少しの息をはきだす。そんなルナを馬鹿にしたようにヒューイは言った。

「っは。お嬢ちゃんはあいつらがお嬢ちゃんを価値のない人間だとみなしたから助けに来ないとでも?」

「はい」

 自分に助けなど来ない。そう言い張るルナに呆れたようにヒューイは体内の空気を全部吐き出しているんじゃないかと思うほど長く息を吐きだした。そして、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「……ならお嬢ちゃん、賭けをしよう」

「賭け……ですか」

「ああ、そんなに固くなるなよ。トランプなんかよりもずっと簡単な賭けだ。よく聞けよ? 俺はさっき言った3人、全員に身代金を要求する。そして一番早くに支払った奴にお嬢ちゃんを渡す」

「ですから、誰も払わないと……」

「もし……もし7日以内に支払われなかった場合は……」

「支払われなかった場合は……?」

「お嬢ちゃんをこれからここで養ってやろう」


「……え?」

 聞き間違いだろうか。ルナは耳を疑った。

 そんなこと、そんな都合のいいことあるわけがない。ルナの考えをかき消すように男は付け加えた。

「俺たちの仲間にしてやろうっていってんだ。お嬢ちゃん、迎えが来なかったらどうせ行くとこなんかないんだろ? ならここにいればいいさ」

「え……」

「どうだ? お嬢ちゃんのいうことが正しければお嬢ちゃんはここに居場所を手に入れられる。お嬢ちゃんの言うことが間違っていればお嬢ちゃんは元の居場所に帰れんだ。なあに、腹の探り合いなんてするトランプなんかよりもずっと簡単な話だろ?」

「そんなのあなたに得なんか……」

「あるさ。俺はあいつらがお嬢ちゃんを助けに来るって思ってるからな。当たったらもちろん身代金はいただくぜ」

 身代金--そんな誘拐犯としてはごくごく当たり前のことを男は賭けの代償として掲げた。

 ふざけているのかと男を見つめるルナに男はあっけらんかんとして口を開いた。

「俺は負ける勝負には参加しない主義なんだ。勝たせてもらうぜ」



 ヒューイは開いた口がふさがらないでいるルナの口と自分の口に余ったお菓子を入れ、思い出したかのように手を太ももに打ち付けた。

「ああ、そうだ。お嬢ちゃんはここで何日か暮らすんだ。いくつか約束をしておこう」

「約束……ですか?」

「ああ、そうだ。ちゃんと守ってもらわなきゃならんねえことがいくつかあんだ。まず一つ目はお嬢ちゃんには後で部屋まで案内するからそこで寝ること」

「はい」

 ヒューイは一本の指を上に向けて説明した。部屋が与えられることにルナは少し驚きつつも、頷いた。

(これはきっとここから出るなという意味なのだろう。自分の身体を入れるだけで精いっぱいの倉庫のようなところに案内されなければいいが……。)


「二つ目は、屋敷の中から逃げようとしないこと」

「はい?」

 わざわざ誘拐犯がいう言葉とは思えない。そんな言葉を真剣に行ってしまうヒューイにルナは少し呆れたような顔を向けた。

 ルナが言葉の意味を理解していないのだと思ったヒューイは少し顔をしかめた。


「だから、ここから逃げようなんて思うなよってこと。この近くは崖とかケモノとか多いからな。土地勘のないやつがちょこちょこと出歩くと危ないんだ。お嬢ちゃんが逃げ出したらこの屋敷中の奴らが総出で探さなきゃいけなくなる」

「はぁ……」

 心配をしてくれていると受け取ってもいいのだろうか。それとも、せっかくの取引材料に傷がつくのを嫌がっているだけなのだろうか。ヒューイの意図が読み取れず、気の抜けたような返事をするルナにヒューイは「本当に危ないんだからな!」なんて幼い子どもに脅かすように言いながらルナの肩を揺さぶる。

「わかりました、わかりましたから」

 ルナが了解の意思を示すと男は何度か「本当か?」とルナの顔を左右から眺めた後、

「わかればいいんだ、わかれば……」

とうんうんと数回頷いた。

 そんなヒューイの態度にルナはまるで子どもにでも戻ってしまったかのようだった。


「最後にお前の名前だが……」

「名前ですか?」

「ああ。ここにいる間は皆、お前を『カッツェ』、そう呼ぶ」

「『カッツェ』……ですか?」

「ああ、そうだ。ここにいる間、お嬢ちゃんは『ルナ』じゃない、『カッツェ』だ。これからは俺もそう呼ぶからな」

「はい。わかりました」

 返事をするルナを見て、ヒューイは満足そうに頷いた。


「んじゃあ、今から『カッツェ』が暮らす部屋に案内するからな」

「はい」

 ヒューイは何歩か歩いた後に後ろを向き、ルナの居場所を確認する。そしてルナがついてきていることを確認すると「迷うなよ」とルナをからかいながら歩きだした。

「あの、約束事ってあれだけですか?」

 ルナは大きなヒューイの背中に問いかけた。

「ん? あとは、えっと……ご飯はしっかり食べることとか? んー、今は思いつかないな。……じゃあ、思いついたらその度にいうことにするわ」

 ヒューイは誘拐犯が人質にいうにはなんてことない、ここに住むためには当たり前のことを新しい仲間に言い聞かせるように言いながらガハハと豪快に笑った。悪意のないヒューイの笑いになぜかルナは胸のあたりが温かくなるような安心感を覚えた。


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