第7話 授業:《ギフト》編
屋敷の庭に、住人の殆どが集合していた。
親父殿や御袋殿は勿論、ヘルマンさんや普段は己の仕事に従事しているメイドさん達も十人中七人がこの場にいる。
全員、何かしらの武装をしており、御袋殿に至っては、大剣、鎧、手甲、足甲、兜、襟付外套の全身フル装備だ。全身が白一色で染められており、背の外套のみが鮮烈な赤。親父殿は、逆に武装は一切していないが、本気モードの黒龍形態へ変わっており、全身から漆黒のオーラの様なものを立ち上らせている。二人の動き自体はとても静かだ。眼を閉じて構える様は泰然自若。自然体でありながら、臨戦態勢でもあった。
メイドさん達も資料を片手に何やら熱心に打ち合わせをしている人や、慌ただしく走り周り機材を運んでいる人が見受けられる。
「はいはい、若様動かないでくださいね~」
そして今、自分はどうなっているのかというと、全身を様々なアイテムで装飾されていた。分かるだけでも首飾りや、ブレスレット、御札。千羽鶴の様に大量に連結された人形。このアイテム群、ものによっては勝手に光って明滅を繰り返すので、さながら醜悪なクリスマスツリーにでもなった様な気分だ。
「各種状態異常無効用護石よし、緊急カウンターデコイよし、自動解呪用護符よし、超小型圧縮結界よし、後は・・・・・・はい、若様これを飲んでください」
渡されたのは、三種の丸薬とコップに入った水。どうでもいいが、腕がもう、ミイラ男のようにグルグルに紐やら鎖やらが幾重にも巻きついているので非常に動かし難い。
「胃に入ってから効果を発揮する内面防御・回復の術式を書き込んでいるので、噛まずにそのまま水で流し込んでください」
「あの、6号さん」
「なんでしょうか?味の方でしたら、ご安心ください。一度でも若様のお口に入るものです。苦味などはなく、寧ろ僅かな酸味が口の中で弾ける爽やか仕様となって・・・」
「いや、そういうことではなくて・・・」
確かに、飲み込んだ丸薬のレモンに似た酸味はスッキリ爽やかだが、聞きたいのはそこではない。改めて周囲を見渡すと、自分を中心にして四方にトーテムポールの様なものが、メイドさん達の手によって、地面に打ち込まれていた。誰も彼もが、表情に緊張を漲らせ、物々しい空気を漂わせている。まるで、僅かでも綻びがあればそれが大惨事に繋がるかのような、例えるならば爆弾解体処理でも行っているかのような状態なのだ。
「これから、授業をするんですよね?」
空になったコップを返却しながら聞く。
そう、これはいつもの授業のはずなのだ。
《スキル》、《アビリティ》共に授業が進み、授業内容に《ギフト》関連の項目が追加された。
《ギフト》とは親父殿が言うには、天恵なのだそうだ。技術の《スキル》、血統の《アビリティ》とも違う、正しく天からの授かりもの。
自分以外の誰かに伝授したり覚えさせたりする事が不可能な唯一無二のオンリーワン。生まれ持って所持しているケースもあれば、死にかけるような修行の果てに掴むケース、変わり種では、日常生活の中でふとした拍子に閃くケースもあるらしい。その形態も《アビリティ》以上に多岐に渡り、しかも法則性がまるでない。
箸にも棒にもかからないような、些細な《ギフト》から、破滅的な厄災を周囲に撒き散らす《ギフト》まで幅広く存在する。使用に条件があるのは可愛い方で、悪辣なものになれば本人の意思を無視し勝手に発動するものもあるらしい。
加護と呪いの両側面を備える、それが天恵たる《ギフト》だ。
今日までの授業でこの事前知識を学び、本日はいざ実践となったのだが、その結果がこの惨状だった。
「ちょっと、大げさすぎませんか?」
「いえいえ、《ギフト》が内包する可能性を考慮すればこれでも足りない位ですよ~」
更に、その場に7号さんがやってきて畳み掛ける。
「注意一瞬、怪我一生。この前も、諫言させていただいたはずです、若様。《翼》の練習中に頭を地面にぶつけ過ぎて、頭から脳が漏れ出ましたか?」
こうまで言われては、引き下がるしかない。転生してから、何もかもが興味深く、楽しすぎたせいで、少々警戒心や注意力といったものを欠いていたかもしれない。
龍人族の身体が丈夫で、多少の怪我であっても痛覚の刺激さえも嬉しかったせいもあり、その傾向が助長していたのだろう。
忠告に従い、ここでひとつ気を引き締めるべきだろう。《ギフト》については座学で学んだとはいえ、実践は今日が初なのだ。
「分かりました。心配してくれて、ありがとうございます、6号さん、7号さん。それと、本日はよろしくお願いします」
「はい、素直な良い子はお姉さん好きですよ~」
「6番、貴方のチャラチャラした思考回路では若様の姉を名乗るのは不適格と判断します」
「7番ちゃん、嫉妬?もしかして、自分がお姉さんぶりたかったとか?」
「否定。侍従として同胞の能力・気質により合理的に判断したまで。というか、年齢考えろよ、ババア」
6号さんの腕が、7号さんの腕を絡め取ろうと動く。関節を極めて、無力化を狙うようだ。しかし、そこは7号さんも慣れたもので、僅かな動作で自在に動く6号さんの腕を回避し、あるいは捌く。対処されることは6号さんも折り込み済みだったようで、次の一手、その次の一手を連続で繰り出す。
手首の返し利用した拘束、脱力による弛緩を利用した脱出。目の前で、自分には到底及ばない領域での高度なやり取りが高速で行われていた。御袋殿に護身術の授業は毎日のように受けているが、人体という器官の可動限界、関節範囲を完全に熟知した両者の動作に無駄は一切なく、仮にどちらのかの立ち位置になったとしても、自分なら一秒待たずに決着がついてしまうだろう。
「私の記憶領域が確かなら、7番ちゃんも稼動開始から大して違わないと思いますけど~」
「メンタルの問題。稼動時間が既に800万時間を超えているにもかかわらず、未だに自分を『お姉さん』だの僭称している6番は自身を『若い』と定義したい模様。これは年老いたヒト種に於ける『若作り』と類似する。結論、6番はメンタルババア」
「破壊。腕の一本は『覚悟』しろや、ああ?!」
ただでさえ早かった技の応手が更に速度を上げる。ここまでくると、残像さえ見えてくるようになる。この手の対人用組み手で、技術的に我が家で秀でているのは、御袋殿や親父殿ではなく、実はヘルマンさんを筆頭とした侍従さん達だ。
単純な戦闘力なら我が両親の圧勝なのだが、御袋殿達の強さは、直感や第六感と言った説明しずらい感覚的なものが重要な基盤となっている部分が多々有り、他人が見ていて真似できるようなものではないのだ。
その点、ヘルマンさん達の技は、その完成度こそ果てしないが、ひたすら理詰めで構築されたものであり、傍で見ていてとても勉強になる。
程度の軽いイザコザは割とよくあることであり、その都度学ばせて貰っているのだが、本日のそれは少々毛色が違う気がする。
メイドさん達は性格・嗜好に違いはあれども、皆、仕事には誠実であり、勤勉だ。いつともとは違う厳戒態勢をとっている今の状況で、私情による諍いを始めるとは思えない。
三重のフェイントを駆使しながらブラフの攻撃を敢行し、7号さんの対応力に負荷をかけて防御の隙を生じさせようとしている6号さんと、それらを正確に判断し、守るべき所をとそうでない箇所の取捨選択を一瞬で行う7号さんを尻目に少し考えてみると、答えは割合アッサリと出た。
彼女達は、状況がいつも通りでないからこそ、いつも通りにして、自分を安心させようとしてくれているのだ。ワザワザ目の前で、敢えて軽口を交えながらいつも通りに、口喧嘩から徒手空拳の技の掛け合いに発展させ、ごく自然に振舞う。本当、メイドさん達には頭が下がる想いだ。
「6号さん、7号さん。気を使ってくれて、ありがとうございます。俺、お二人のおかげで気負い無く、授業に挑めます。だから、もう喧嘩の真似事はしなくて大丈夫です」
そう言うと、二人の動きがピタリと止まり、首だけがこちらを向いた。二人とも顔が『え?』とでも言いたげな表情をしている。
しまった。ここは、気遣いには気付かないふりをしていたほうが良かったか。三歳児にしては少々察しが良すぎる気もする。しかし、6号さんと7号さんはこちらの心中を他所に、アイコンタクトで一瞬で会話すると傍にしゃがみこんでくる。
ふんわりと、右手と左手が暖かいもので包み込まれた。
6号さんが右手を、7号さんが左手を自らの手で優しく抱いていた。
「若様、リラックスですよ~。大ジョブ、なんとかなりますって。どうしても怖いなら、私がぎゅーってしてあげますよ?」
「若様、しっかりしてください。準備万端、何も恐れる必要はありません。万が一困難が立ちふさがったとしたもこの身を賭して、若様の安寧をお守りいたします」
「はい、俺、6号さんや7号さんの期待に応えるために、頑張ります!」
手を振って、二人とは一旦分かれる。
その後、追加の丸薬を嚥下し、準備を整える。
周囲の陣地構築も終わったようで、今回の授業に使用する教材、木剣が陣の中心に置かれる。
この木剣は、御袋殿の素振り用にメイドさん達が作成したもので、作成してからもう十年以上が経過しており、その間ほぼ毎日御袋殿が訓練に使っていた。つまり、《ギフト》の《積想励起》の該当条件、数年単位で使い込まれたモノの条件を満たす物品となっている。
単に、条件を満たすだけなら、他にも色々と倉庫に眠っているらしいのだが、それらはどれもこれも曰くつきであったり、特殊な術式が刻まれたものでありで、不測の事態を招きかねない為、安全策をとって却下された。
中に鉄芯を仕込んで重量をカサ増ししているが、この木剣は本当に唯の木剣なので教材に選ばれたというわけだ。ただ、重量が両手で振るう大剣に設定されているので、3歳児が持つには非常に重たい。というか、持てない。なので、地面に鞘付きで設置されている。
これを上から触れることによって、《ギフト》を使用しようとする腹積もりだ。
「では、若様。準備が整いましたので、《ギフト》の使用をお願い致します」
総指揮をとっている1号さんが、声を掛けてくる。
「分かりました」
全身アイテムで埋め尽くされながら、四苦八苦して木剣の前に座り込む。相変わらず、効果はパーソナルシステムのテキスト読んでも詳細は分からないが、感覚的に使い方だけはなんとなく分かっている。《積想励起》の使用条件は、直接触れること、そして発声だ。
「《積想励起》、発動」
触れた掌から、極細の光の線が伸び、木剣内部に入っていく光景を幻視した。無論、実際には線などない。しかし、こうしている間にも、線は内部で幾重にも枝分かれし、その領域を広げていく。
線が拡散して大きくなるほど、伝わってくる感覚が鋭敏になる。
木剣が自身の手と繋がり、一体化してしまったかのような錯覚を憶える。
《接続終了。これより励起を開始し、経験値と《スキル》への還元を行います》
システムメッセージの後に、軽いファンファーレが四回連続で鳴った。
その音を契機として、感じていた一体感は切れた。
《還元によりスキル《大剣術》を習得しました》
《還元により、レベルアップしました》
■NAME リョウマ・サーガ
■TRIBE 龍人族
■AGE 3
■Lv 5/5
四つの音はレベルアップ時の効果音のようだ。《積想励起》を使う前はLv1/5だったので四回のレベルアップでLv5/5。これがレベルアップの効果か、身体の中に、熱が生まれ力が湧き出してくる。
「若様、お身体は大丈夫ですか?何か異常はございませんか?」
「大丈夫です、1号さん。寧ろ絶好調です。ちょっと、見ててください」
確信を以て、鞘に収められていた木剣を抜き放った。
持ち上げることすら出来なった木製の大剣を、自在に振り、脳内に再生された剣の型を再現してみせる。突き、薙ぎ払い、斬り。面白いぐらいに、身体が軽い。大剣がまるで自分の一部になった様にしっくりとくる。
レベルアップによる、能力の向上。《スキル》の《大剣術》の効果による技術の獲得。この二つの要素によって、殆ど触れたことのない大剣を、意のままに操れる。
これで、《積想励起》の効果もはっきりした。
「俺の《ギフト》は、モノに宿った記憶を抽出して、経験値や《スキル》へと還元することが出来るみたいです。レベルが5/5になって、《スキル》の《大剣術》を習得していました」
そう言った瞬間、黒龍形態の親父殿が大声を出した。
「リョウマ、今すぐパーソナルの『タレント』を開け!」
黒龍となった親父殿の声は半端ではなく、空気の振動であわや足が浮きかけた。その真剣さから、理由は聞かず、すぐさま『タレント』を開こうとするも、それよも先にシステムメッセージが流れ出した。
《レベル上限に達したことで条件が達成されました。《アビリティ》、《再構築》を習得しました》
《《再構築》の使用条件が満たされました。《再構築》自動発動します》
べしゃりと、果実が潰れたような音がした。
視界が、空を映し出した。
膝が、中頃でへし折れていた。音は、自分が倒れた音だった。
限界まで水を吸い込んだスポンジを、思いっきり握り潰した様に、全身のいたるところから、血液が吹き出す。
内蔵から込み上げてきた血で喉が詰まり、咳き込みながら吐き出した。
熱い。レベルアップ時に感じた熱よりも何千倍も高密度の熱波が身体の内側を暴れまわっていた。内蔵も骨も神経も熱で溶解したかのように、グチャグチャだ。輪郭が崩れていき、形が失われていく。
音が、遠い。
鼓膜が破れたのか、脳が情報を処理しきれていないのか、周囲の音が聞こえなくなってきた。そのくせ、身体の内からする血液が跳ね上がる水音と筋繊維がブチブチ引きちぎれる悲鳴だけは、うるさい位に聞こえるから始末におえない。
視界の端で、メイドさん達に指示を飛ばす親父殿が見えた。御袋殿は8号さんと共に、こちらに向かって全力で走っていた。メイドさん達は誰もが迅速に行動していた。自分が倒れてしまったからだろう。皆に、心配をかけてしまった。
早く、立ち上がらなければ。
二度も三度も、死んでたまるものか。
そう、早く、立ち上がって、皆を、安心させなければ。
身体の、左胸の奥で、何かがブチリと切れた。