第6話 授業:《アビリティ》編
最近、厨房担当の2号さんに無理言って料理を習い始めた。
自立するためには、料理は出来たほうがいい。今のうちからこの世界の飲食可能な動植物とその適切な調理法を覚えて、独り立ちした時に役立てる。と言うのは建前で、実は自分自身が料理に関して強い興味があったからだ。
前世では、早いうちから医師による食事制限がなされ、それはもう侘しい食生活だった。二十代の頃には臓器がこぞって症状を併発し、食事は唯の無味乾燥な栄養摂取に成り果てた。毎日毎日、味があるかも分からない様な栄養ゼリーを啜りならが、錠剤を嚥下する行為を繰り返すだけ。末期には腹に穴を開けて管から直接栄養や水分を摂取していた。
遅延性の毒に侵食されるように、心がジワジワと萎えていくのが分かった。何をするのも次第に無気力になっていき、心身が枯れていく。
だからだろうか、離乳食を卒業して、初めて料理を食べたときは、泣きかけた。
ミートボールだった。
子供でも食べるように、小さく丸められ、甘口に味付けされたそれを噛んだとき、もう言葉が見つからなかった。美味いというよりも、満たされたという感覚が強く、一口齧っただけで、胸が一杯になってしまった。離乳食の時も、薄味だったがちゃんと味付けはしてあった。だが、歯が生え揃わず喉に詰まらせる可能性を考慮してか、ペースト状になるまでドロドロになったものばかりであった。
今世で初体験した、噛むという行為は、全身をうち震わせた。噛んで料理が食べれると言うのは、とても幸せなことなのだ。
日々、手を変え品を変え感動を与えてくれる料理の数々。それらを、自分の手で作りたいと思うようになるのに、時間は掛からなかった。
両親達やヘルマンさん達を説得し、時間を見つけては2号さんと一緒に厨房に立っている。
「指導の任を承ったからにはこの2番、身命を賭して若様に調理技能を伝授致しましょう」
野菜の皮むきから始まり、計量器の使い方、出汁の取り方など基本的な技術を習う。他にも肉や魚、野菜の種類なども覚えていく。調理・加工前の食材を目にするのは初めてで、新鮮な驚きがあった。切り身の状態でピクピク動き回りこちらの顔面に体当たりを食らわせてくる肉。人面瘡かと疑いたくなる醜悪な表皮を持ち怨念を吐き続け呪い殺そうとしてくる人参に似た野菜。もはや旧支配者の眷属としか言い様のない、手足を生やし冒涜的な聖句を唱える魚。なお、魚は言い切る前に2号さんが筋を切って完全に絶命させた。
新鮮な驚きにも程がある。
この世界の食材は、こんなモンスターみたいなのばかりなのか。
「そうですね、このあたりで採取できる食材としては比較的スタンダードな物を用意しています。どの地方で採れる食材でも、凶暴なのが基本ですから、調理の際は十分に注意してください」
どうやら、どこも大体同じらしい。外見はゲテモノ染みていても、実際に食べてみると、とても真っ当に美味いのが不思議だ。
熱心な2号さんの助力もあり、二週間程で成果が実り、《調理》の《スキル》を修得できた。が、この《スキル》は中々のクセ者だった。先の授業で学んだとおり、《体術》等の《スキル》の場合は熟練者には動きが読まれやすいと言った弱点があるが、《調理》の《スキル》で動きを読まれたところで、失敗する要因にはなりえないと考え、意気揚々と2号さんに教わった卵焼きを作ってみた。
これまでの《体術》や《二足歩行》と同じく、《スキル》が動きを補正し、関連知識を教えてくれ、成形は上手く整い、味付けも出汁、塩、砂糖でシンプルに仕上げた。
何度か卵焼きは練習で作ってみたが、ここまで手際よくなおかつ上手に作れたのは初めてだった。ノーミスかつ、調理時間も最短記録を更新した。
そして肝心の味であるが、普通だった。
不味いわけではない。美味いか、不味いかならば美味いに軍配はあがる。
ただ、何と言うか、そつが無いだけで、旨みも個性もへったくれもない料理なのだ。人の手で調理されたというより、大量生産用全自動のマシンで製造されたような出来だ。味としての破綻は全くないのだが、2号さんが毎日作ってくれる料理の数々とは、僅かに、しかし決定的な相違がある。
正直、これを毎日食べたいとは思わない。味見をした2号さんも、微妙な顔をしていた。
比較として、《スキル》抜きの卵焼きを作って食べてみたが、こちらのほうがまだマシだった。粗だらけで不出来な部分が満載だが、まだ人の温かみを感じることができる。改めて、《スキル》におんぶに抱っこでは駄目なことが理解できた。この《調理》の《スキル》も、使いこなすには訓練と工夫が必要なようだ。
《スキル》の授業がある程度進んだ頃、午後の授業に《アビリティ》の実技が追加された。実技は主に、御袋殿、5号さんが担当なのだが、《アビリティ》の授業は親父殿が担当する。アシスタントには、大体7号さんがついている。
「よくぞ参った、我が息子リョウマ・サーガよ。これより、本日の授業を執り行う。心して学ぶがよい」
腕を組んだ、直立不動。眼光は鋭く、肩には金の刺繍入りの黒の外套を羽織る。親父殿は中身は苦労人気質が強いが、外見だけなら大物の風格を漂わせることがある。今がまさにその時なのだが、生徒を威圧しているようで教師役としてはどうかと思う。後ろに控える7号さんも親父殿に向けて白い目をしている。
「《スキル》を技とするなら、《アビリティ》とは力だ」
《スキル》は、ものによって修得難易度は違うが、修得不可能な《スキル》は存在しない。本人の努力や修練によって、全ての《スキル》は身につけることが可能だ。
対し、《アビリティ》は本人の血統や種族に大きく依存する。幾ら自身を鍛え上げようと、成長するのは元々持っていた《アビリティ》であり、新規で修得するものは、眠っていた能力が開花しただけなのだ。
また、《スキル》とは違い《アビリティ》は本人の能力を根本的に強化・拡張するものも存在し、極めれば超人のような肉体へ上り詰めることができる。他にも、《スキル》は一律で常時発動し、本人の意思によりONOFFの切り替えも、念じるだけで一瞬で終わるが、《アビイティ》の場合は、常時発動しているものもあるが、発声を起動キーにして効果を発揮するものや、特定条件下のみ使用可能なもの、と発動と効果の幅が広い。
基本的に、同一種族、血縁者は同じ《アビリティ》を発現しやすい。よって、《アビリティ》の指導を受けようと思えば、同種族の近親者が好ましい。
つまりは、我のことだ、と親父殿は言う。
「我は《龍》であるが、リョウマの龍人族は《龍》より派生した種族であり、ほぼ近似の《アビリティ》を持つ。よって、多方面から助言が可能だ」
しかしとも、親父殿は付け足す。
「そう簡単に助けて貰えると、安易な考えは捨て去る事だ。まずは独力のみで挑み、勝ち取ってみせよ。最初から他者の助力があると思うな」
「はい、親父殿!」
「よし、良き応答だ」
ここ数年、《スキル》の修得と習熟に重きを置いていたので、《アビリティ》の方は殆ど手付かずの状態で、初めて『タレント』を見たときと変化がほぼ無い。使える《アビリティ》も《戦闘器官》の《翼》のみだ。
「まずは、汝が唯一使える《戦闘器官》の解説からだ」
《戦闘器官》とは主に、獣人族と龍人族が発現する《アビリティ》だ。
複数の能力を内包し、発動する能力を切り替えることで、戦闘方式をガラリと変えることができる。内包される能力は、《翼》、《鱗》、《牙》、《角》、《脚》、《耳》等々数十種が存在。最初は一つだが、身体の成長やレベルアップによって、能力の数を増やしていく。大体は、2~3個で打ち止め。ただし、龍人族は5個まで増加するらしい。《龍》は数の制限がそもそもなく、無限に増える。
「無限に・・・ですか?」
「そうだ、《龍》はそもそも世界の守護機構として役割を持っているため、肉体の出来も他と比較して破格なのだ。《勇者》の言葉でチートとも言うらしい。さて、次は肝心の《翼》についてだ」
親父殿が黒の外套を翻すと、突然その場から姿を消した。
違う。おそらくは、《翼》を使った加速に入ったのだ。
耳に僅かばかりの、風を切る音が聞こえる。しかし、その姿を捉えることはできなかった。
「加速・移動のアビリティ、《翼》。発動中は文字どおり羽のような軽さと俊敏さを得る」
声の方向を見れば、親父殿が庭に生えている細木の枝の上に片足で立っていた。今にも折れそうな枝は、とてもではないが親父殿の体重を支えられそうには見えない。
「《翼》を発動中の我の体重はほぼ0だ。使用の際は自重の変化に気を配れ。通常時とは身体操作が大きく違ってくる。この軽さは応用すれば・・・」
親父殿が、空を走り始めた。腕を組んだまま。
「コツはいるがこのように大気を踏んで、宙を歩くことができる。水上なども、歩行可能だ」
軽く庭を一周すると、元いた位置の上で停止。ストンとその場に軽やかに着地した。
「これが、《翼》だ」
「おお!親父殿、流石です」
数年前、《翼》の《アビリティ》で吹っ飛んで柵を粉砕した自分とは雲泥の差だ。解説を聞いて合点がいった。あの時の事故の原因は、体重の変化が原因だったようだ。速度が増し、自重が軽くなったにも関わらず、普段どおりに動こうとしたため、あのような結果になったのだ。
「親父殿、先ほどの空中歩行が、《翼》の解説にあった、飛行能力なのですか?」
「あれはただの《アビリティ》の応用にすぎない」
因みに、先程は1倍速で加速していたらしい。そのため、会話が成り立っていた。習熟すれば、加速度・終了時間共に自在に変化させることができるらしい。
「《翼》の飛行とは、足を使わずとも様々な場所を高速で移動できる能力だ。空中は言うに及ばず、水中、果ては星の海であっても飛翔する」
水中を飛行。ペンギンの翼みたいなものを想像すればいいのか。星の海というのは、宇宙の比喩表現でよく使われるが、親父殿の言う星の海がイコール宇宙かは分からない。そもそも、この世界に宇宙の概念があるのか、世界が球体であるかも、謎なのだ。仮に、宇宙を飛行可能だとして、推進力を考えないとしても、真空における圧力や呼吸の問題はどうするのだろうか。
「では、今からその飛行を見せる」
考え事をしていると、親父殿の背後に半透明な一対の翼が広がった。形状的には蝙蝠のものが近いか。実体は無いようで、触ろうとするとすり抜けた。
「背の翼の形に意味はない。これは、飛行する為の力場を分かりやすく象ったものだ。使う者によって、鳥の様な羽毛を作る者もいれば、虫の様な薄い翅を作る者もいる。重要なのは、自身がこの翼によって、『飛ぶ』という明確なイメージを持てるかどうかだ」
極論、決して揺るがぬ確固たる飛翔のイメージを構築できるならば、背の翼はあってもなくても構わないらしい。ただ、ヒトとは元来地上に住まうものであると、認識してしまっているため、こうした目に見える『飛べる理由』が必要なのだと、親父殿は言う。
「ふんっ!」
親父殿を中心に、風の渦が発生した。黒の外套は無風状態の様に、下を向いたままでありながら、周囲は落ち葉が舞い上がり、木々が揺れていた。
後ろでは7号さんが、顔をしかめてる。
「旦那様、掃除する手間が増えるのでカッコをつけずに静かにお願いします」
「ええい、分かっているわ!少しは、主人を敬え!」
途端、風の流れさえ制御しきったのか、空気の乱れが収まる。そして、空宙にて親父殿は完全に停止して直立体勢に入った。高さは、地面から3m程か。
「《翼》の応用能力、飛行。自己の周囲に展開された力場、コレを以て空を掴み、飛ぶ。力場は簡易的な防御幕としての機能も有し、物理攻撃ならある程度は軌道を逸らすことができる」
どうやら、《翼》とは防御の能力も持つようだ。考えても見れば、早く動けば動く程、空気の壁が存在する訳で、防御用の機能も兼ね備えなれば超加速した際、空気抵抗に押しつぶされて自滅してしまう。
「前方に移動するときは、自身を空往く一矢と考えよ。正面の力場は鋭く鏃の様に尖らせて、空を裂く。後方の力場は矢羽根の様にしなやかに、空に乗る。後は、進むという意志とともに自身を押せば・・・・・・身体は自ずと前へ飛翔する!」
漆黒の翼が、頭上を高速で通過した。
慌てて振り向いた時には、既に敷地内を一周する壁にまで、親父殿は移動していた。凄まじい速度だ。前方を遮る障害物の無い空中移動の特性だろう、制御こそ難しいが、その速さは地上で《翼》を使った時の比ではない。
あれを、自在に使いこなせれば、行動の幅は飛躍的に高まるだろう。
将来の為にも、是非とも身につけたい能力だ。
「指針を示す為に、敢えて見せたが飛行は《翼》の応用。まずは基礎、地上での加速を身につけるのだ、リョウマ」
親父殿が飛行で元の位置に戻りながら、言う。
「それと、練習するときは周囲に壁や障害のない場所で行え。間違いなく最初の頃は、《翼》の加速に心身が適応出来ずに、体ごと吹っ飛ぶ。その度に屋敷に激突して被害を出されても面倒だ」
頭の中で、赤子時代に落下防止用の柵を破壊したことを思い出す。あれは、痛かった。
同じ轍を踏まないよう、親父殿達と共に屋敷の中庭から、敷地内の主に御袋殿が素振りに使用しているスペースに移動する。ここならば、ある程度の動きまわっても大丈夫だろう。
「《戦闘器官》・《翼》、発動」
音声制御で《アビリティ》を起動させる。
慣れれば、親父殿の様に無音声で自在に使えるようになるらしいが、今の自分は音声によるイメージの補填を行われなければ、《アビリティ》を使用することはできない。
二年前と同じく、視界の左上に10の数字が表示される。今までは、怪我を負った時のリスク、家族に隠れて行う必要もあったので、《アビリティ》の訓練は後回しにしてきたが、もうためらう必要はない。《スキル》と同じく《アビリティ》も自分の血肉にしてみせる。まずは、この加速中の身体運用を体で憶えることからだ。
一歩、前に踏み出そうと、足を前に出した。
天地が、逆転した。
「!?」
視界の上下が逆になっている。反転したのは、世界でなく自身。加速の影響で、軽く踏み出しただけの足が、オーバーヘッドキックをするように宙を駆け上がり、身体を180度回転させたのだ。
このままでは、頭から地面に叩きつけられる。不幸中の幸いは、加速は継続中であるということ。逆立ちの要領で、激突前に両手を差し込む。体重がほぼ0になっているので、手を捻挫する心配もなしだ。
結果から言うと、急いで両手を動かしたのは失敗だった。頭の激突はさけられた。しかし、思いっきり両手で押してしまったせいで、今度は身体全体が宙に飛び上がった。
加速中は体重はほぼ0。その状態で高速の両手で地面を押せば、当然こうなる。
身動きのとれない空中。加えて、天地逆の逆さま体勢。
視界の隅のカウントが、無情にも0となった。
「若様、墓穴を掘ると言う言葉をご存知ですか?」
逆さまの視界の中、7号さんと至近距離で目があった。頭に触れられたかと思うと、更に一回転。正位置に復帰後、7号さんはこちらの両脇に手を入れた形で抱きかかえ、地面に着地。身長差から、こちらの足は地を踏めていないが。
「注意一瞬、怪我一生とも言われています。若様の挑戦し、努力し続ける姿勢は好ましいと思いますが、若様はヤンチャをして傷を作りすぎです。馬鹿みたいに走り出す前に、考える位の分別はつけるべきかと」
「はい、すいません、7号さん」
地面に降りると、そのまま頭を下げた。基本的に、自分はヘルマンさんやメイドさん達に頭が上がらない。親父殿も御袋殿も、家事の類は一切できないので、家の諸々を仕切っているのは、メイドさん達だ。メイドさん達が掃除した家に住み、メイドさん達が調理した料理を食べ、メイドさん達が縫製した服を着ている。
彼らには、感謝してもしきれない。
「ご理解していただければよいのです。先程の言とは矛盾しますが、今はこの7番がお側で見守ります。存分に挑戦し続けてください。7番の全力を以て、若様のサポートを致します」
「ありがとうございます、7号さん!」
元気よく手を上げて応える。
ぶつかると危ないので、親父殿や7号さんから一端距離を開けて、訓練を再会する。
まず、過去の使用歴から見ても、《翼》の加速中は軽く動いただけでも、かなりのオーバーアクションになってしまうことが分かる。過去二回の使用は両方とも身体が見事に吹き飛んだ。
もっと、細かく動作を行ってみてはどうか。一歩踏み出すのではなく、半歩踏み出すのだ。しかし、これも先ほどの回転が180度から90度になるだけで、今度は背中から地面に落ちそうな気がする。身体が吹き飛ばないよう、もっと重心を安定させる必要がある。
腰を落とし、軽く相撲の四股を踏む様な体勢になってみる。
重心が下がったことで安定したが、同時に動きずらくもなった。この状態で、加速に入って自在に動き回るイメージが持てない。
安定して重心を保持しつつ、動きやすい体勢。
思いついたのは、赤子時代に修得した《四足歩行》だ。元来、二足での直立は視界の高さ、手を自由に使える利点があるが、安定性では四足に劣る。
両手を地につき、四つん這いになる。欲を言えば、大地を掴むためのフックになるものが欲しいところだ。三歳児の短い指では、握力にも限界がある。
握り方を変えながら、どうにかして大地を掴めないかと試行錯誤する。何パターンか試した中で一番使えそうな、指を開いて先端を地につける握りで《翼》を発動。
「・・・・・・」
いざ動こうとしていると、指先と掌に違和感があった。直接触れているにも関わらず、手に砂や小石の感触が返ってこないだ。一瞬、前世での病気がこの身体でも発症したのかと冷や汗が流れたが、違った。
指や掌と地面の間に、薄皮一枚、目算一ミリ以下の空間が存在している。大地に押し当てた手を視線だけで観察してみるが、幾ら力を入れて押し込んでも、この隙間が埋まらない。ひょっとすると、これが親父殿言っていた《翼》の力場なのか。
「『周囲に展開された力場、コレを以て空を掴み、飛ぶ』か」
おそらくこれは、親父殿のヒントだ。直接言うのは為にならないと判断し、応用の飛行の説明を通して、《翼》の使い方の要訣を伝えたのではないか。
力場で空を掴むことが可能ならば、形ある大地を掴めない道理はない。
一度、終了時間を待って、加速から抜ける。
履いていた靴と靴下を脱いで、近くに置いた。感覚からして、力場は肌から精々一ミリ。靴を身につけたままでは、靴底の厚みで力場が地面に届かない。腕と足も同じく裾を捲りあげて、肌を多くさらす。服であっても、一ミリ以上なら、力場が届かなくなる。
再び、加速に入る。
まずは、半歩。
足で、身体全体を前へ軽く、押す。
視界が、一気に前進む。前方へ身体が飛んだのだろう。このままでは、顔面から地面に激突コースなので、両手を使う。
押し当てるのではなく、差し込む。強引に力任せに押せば、あらぬ方向へ吹き飛ばされるのは体験ずみだ。掌を地面に擦りつけるイメージで、力場で制動をかける。ガリガリと、地面を削りながら進み続ける。
止まらない。
「・・・・・・止まれっ!」
両足を、追加する。地面との接触箇所の力場を全開にして、大地を掴む。
土煙が目に入るが、欠片も気にならなかった。
身体を捻って、横回転を加える。歪な6の字を描くように、その場でスピン。
前後が入れ替わったとき、身体はその場で停止していた。
「・・・・・・・っしゃあ!」
土に塗れ、動きはメチャクチャで、目標としていた地点から2m以上のズレがある。
無様、不格好。だが、とても嬉しい。
出来なかったことが、できるようになる。
これは、間違いなく進歩。前に進んだのだ。
少し離れた場所では、7号さんが軽く拍手をしてくれていた。
親父殿もウムウムと頷いていた。
歯を見せながら、笑い返す。
「やりましたよ、親父殿、7号さん!」
笑顔のまま、再び挑戦する。今度は、ズレを小さくしていく事が目標だ。
できたのなら、次は軌道の補正。次は、時間の短縮。
やりたい事や、試してみたい事が次々に浮かんできて止まらなかった。
「さあ、もう一度だ!」