第2話 実験する赤子
衝撃的なファーストコントタクトから4ヶ月が過ぎた。
その間、座して寝ている訳にもいかず、今後の方針を決める為に、赤ん坊のままならぬ身であるが、ハイハイと聞き耳を駆使して、情報収集に努めた。
そして、いくつか分かったことがある。
まず、自分自身について。
これは荒唐無稽な与太話の様にも聞こえるが、多分自分は生まれ変わった。比喩ではなく、転生と言うやつをしたようだ。身体を色々チェックしてみると、あれだけあった手術痕も古傷も何かもが綺麗さっぱりなくなっている。全身もう、すこぶる健康優良児といったところだ。詳しくは分からないが、現在の年齢は1歳前後といったところか。試してみたが、首は座っており、日本語の発声も可能だった。
前の自分は、あの最期の瞬間におそらく死んでしまったのだろう。意識が混濁していたから、いつ死んだのかも曖昧だが、やるだけはやったのだ。
未練は言い出せばキリがないが、後悔がないように前世は生きてきたつもりだ。遺書も作成済みだし、今生の別れもすましてある。
だから、ここはスッパリと今の自分として生きていくべきだろう。
次に今の置かれている状況について。どうやら、ここは日本ではないようだ。自分の世話をしてくれる女性―おそらく自分の母親―の話す言葉や、読み聞かせて貰っている絵本から察するに、未知の言語が使われている。それだけならば、見知らぬ異国で話は通るが、最近はもう、地球ですらないのかもしれないと思い始めている。
理由は、目覚めて対面した巨龍。あれだけの巨体だ。正確な全長は分からないが、少なくとも前世の記憶にある故郷のマンションやビルより大きかった。浮力のお陰で生物が大型化できる海と違い、地上には当然重力があり、巨体であればある程、筋肉や骨格に負担が掛かる。嘗て地球を闊歩していた恐竜は最大級でも40m前後。それよりも巨大な龍は、地球なら自重により勝手に死ぬ。
拍車をかけるのが、あの黒い龍が、人間に変身するという事実。
ファーストコンタクトのあと、女性に抱き上げられ、屋敷の庭に出た自分は、黒い龍が光に包まれると同時に人間の男に変化するのを目の当たりにした。女性に叱られながら、慎重な手つきで、頭を撫でられたのを覚えている。
あれだけの巨体が人間サイズに押し込められているにも関わらず、男の足が大地を踏み抜くようなこともなく、平然と歩いている。質量保存の法則はどこへ行ったと、突っ込みたい。
諸々の情報から、ここは物理法則とは別の法則が働く、別の世界なのではないかと、最近は結論づけている。
屋敷の立地や、内部の人間(?)構成についても徐々に分かってきた。
内訳は以下のとおり。
自分。
女性(多分母親)。
人間に変身する黒い龍。
年配の執事さん。
10人のメイドさん。
今、自分が住んでいる屋敷は、二階建てのコの字型。窓から眺めた敷地を含めた広さは中々であり、周囲には野菜などが栽培されおり、その外側をぐるりと壁が囲っている。周囲に電線の類は見当たらず、屋根にソーラーパネル等もない。文明レベルが中世ぐらいなのかと思えば、夜には天井の明かりが、ちゃんと煌々と付いている。スイッチでONOFFができるようで、前世の記憶の電灯と遜色が殆どない。
未だ離乳食を食べる身分だが、女性や人間化黒龍は食事の際は肉も魚も食べている。牧畜はなく、魚を養殖する設備もないので、どこかで買ってきているのだろうが、壁の向こうには未だ行けないので入手経路は不明。
女性は主に、自分と大体一緒にいて面倒を見てくれているが、時折メイドさんに自分を預けることがある。何をしているかというと、木剣を持ち出して、庭で素振りをしている。武術なんてものには無知の自分だが、女性の凄まじさは容易に理解できた。
分身するのだ。木剣を振っていると、徐々に動きが加速してき、残像が発生。二、三と増え、五人になったところで、五の斬撃が重なる。五連撃ではない。五の攻撃が、同時に行われた。もう、漫画なんかでしか見たことない動きの凄まじさだ。
一部アグレッシブな女性に対し、黒龍はインドア派だった。大体が、書斎に篭って何やら書き物をしている。文字はまだ読めないので、何をしているか不明だが、計算式らしきものも散見でき、それは何かのレポートを書いているように見える。時折、空中に指を走らせブツブツ何かを言ってる時もあり、その光景は前世では馴染みのARビジョンをタップして操作する所作に似ている。だが、文字を書くのに、筆を使っているくらいだ、流石に電子機器は存在しないだろう。ただ、書斎には多くの本があり、中を覗いてみると、同一規格の文字が並んでおり、この世界では活版印刷、製紙の技術くらいなら普及していることが推察できた。
他は年配の執事さんを筆頭とする住み込みのメイド集団だ。掃除、洗濯、料理は言うに及ばず、畑の手入れから、屋敷の修繕、帳簿の整理等々。例を上げればキリがない程この執事さんとメイドさん達は有能だ。黒龍はこの手のことに関してはとことん不器用で要領も悪いらしく、よく手伝おうとして失敗し、メイドさんに叱られている。
仕事ぶりは文句ないどころか、拍手すら出てきそうなのだが、また違和感が一つ。
年配の執事さんは背筋のシャッキリした人物なのだが、彼が率いるメイド集団に問題があった。
全員、同じ顔なのだ。
もう、鏡写の如くだ。横一列に並ばれたら、誰が誰だか分からない。もっとも、親の名前すら分からないので、執事さんの名前はもちろん、メイドさん十人の名前は不明。
ただ、全員メイド服の上から腕章をつけており、刻まれている記号が全員違う。黒龍所有の書物の背表紙に何度も登場した記号で、これは数字ではないかとあたりをつけている。この数字のようなもので、勝手に心中で1号から10号と名前をつけた。
分かった情報はこんなところだ。
やはり、ネックなのは言語が分からないこと。何を言っているかが分からないことには、得られる情報もまるで違うだろう。なので、最近の第一目標は、言語の習得。周囲の人間の会話に出来るだけ耳を傾け、ベッドの中などでこっそりと発声練習を行っている。
他には、両利きになろうと、訓練もしている。
この先、何があるかは分からないが、出来る事は多い方がいい。が、赤ん坊の身の上では出来ることも限られてくる。そこで、思いついたのが利き手の訓練だ。
前世での自分は、元右利きの両利きだった。最初は右手を主に使っていたが、右手の指に機能不全の症状が出てからは、右手が使えなくなった時の事を考え、左手を使う訓練を繰り返し、右よりも若干拙くはあるが、利き手として動作させることができるようになった。
今の自分は、五体満足な健康体な上、まだまだ発展途上。訓練を繰り返せば、前世よりも、もっと精密に両手を動かせるようになるはずだ。もっとも、訓練といっても大した事をしているわけではない。女性やメイドさん達に与えられた知育玩具の積み木やパズルを、左右の手を交互に使用し、作って壊す、を繰り返すだけだ。食事に使うスプーンやフォークをこちらも左右交互に使う。重要なのは根気よく繰り返すことだ。失敗しても、やり続ける。
訓練を開始して、更に数ヶ月。積み木を組み立てていると、声が響いた。
《スキル《両利き》を習得しました》
思わずビクっとして、積み木を落とした。そのせいで、新記録を狙っていた積み木の塔が崩壊した。
崩壊した音で、気がついたのだろう、メイドの8号さんが自分の元へやってきて、抱き上げながら頭を撫でてくれる。多分、怪我がないかとか、ビックリして泣いてないか、心配になったのだろう。心遣いは感謝するが今は、それどころではない。
きゃいきゃいと無邪気に笑い無事を伝え、さらに積み木に手を伸ばす仕草をする。無事であり、まだ遊び足りないのジェスチャーだ。
二三度繰り返せば、また床に降りることができた。積み木を組み上げながら、思考する。
前世の半分以上はベッドの上で過ごした。だから、自分が生きていく上で最も活用した武器は考えることだ。これだけは、最後の瞬間まで失われることがなかった。今回も、今の声について考える。
8号さんは、声について反応を示していなかった。8号さんが動いたのは、積み木が崩れてから。つまり、声は自分にしか聞こえていない。
あの声、思い返してみれば、数ヶ月前も一度聞いたことがある。微睡みから、目覚めた時だ。あの時から、自分は自我を取り戻した。黒龍とのファーストコンタクトのせいで記憶のかなたに消し飛んでいたが、今の声で再び思い出すことができた。
確か、タレントがどうとか、スキルが使用可能になったとか言っていた気がする。そしてさっきは、スキル《両利き》を習得しました、だ。
この手の声には利き覚えがある。
前世では一時期死ぬほどやりこんだ、フルダイブ型VRゲームのシステムメッセージだ。あの手のゲームには、ユーザビリティの向上のため、何かしら変化があった場合、システムからプレイヤーに何かしらのメッセージが表示される多い。新しいアイテムを入手した、レベルアップ、規定違反の警告や、新しいイベントの告知などもあった。
自分は転生をしたと思っていたが、システムメッセージが聞こえるということは、ここは仮想空間の中なのか。が、仮にそれが真実だとしても、それを行った者の目的が分からない。ここが仮想空間だとして、空気中のチリ一つ一つまで再現されているグラフィックの水準、シナプスを刺激する味覚の再現などが、あまりに精巧すぎる。そう、正しく全てが生きているとした思えない位に。それを実現しようと思えば、運用には莫大な予算がかかり、そこまでの手間暇をかけて九割九分死人だった自分の脳に接続させる意図が掴めない。
これは、実験・検証が必要だ。
まず、仮にここをフルダイブ型VRゲームの仮想空間だとする。
古今東西、方向性は様々だがゲームとは基本的には楽しむものだ。VRゲームは、現実と見紛うリアリティが売りだが、多くのVRゲームでは表現されていない要素がある。
痛みと死である。
ゲームの中には戦闘行為を行い、プレイキャラクターが傷つくもの、ゲームオーバー=プレイキャラクターの死亡の構図を持ったものもあり、痛覚や死亡が再現されたゲームなど市場で流通できるわけがない。
だが、たとえ仮想現実であろうとも、脳はゲーム中でのダメージを錯覚し、現実の肉体に影響を与える場合もある。
最初期のVRゲームには、ゲーム中にショック死したプレイヤーがいるという都市伝説が流行し、一時期は社会問題にまで発展していた。
そこで、VRゲームに限らず、VR技術を用いた全てのコンテンツには、必ずペイン・キャプチャーというシステムを組み込む事が法令で決められており、このシステムにより脳が仮想空間内で感じた痛覚の情報を完全遮断し、肉体への影響を消し去るよう設定されている。法令無視の違法コンテンツの可能性もあるが、このレベルのものを、国家に秘匿しつつ作り出すのはほぼ不可能に近い。
つまり、今ここで痛みを感じることができれば、ここが仮想空間でないことの証拠となる。
できれば、大きい痛みを感じれる部位、神経が多く密集している、顔面や指先などが好ましい。小さな痛みでは、システムが誤差と判断し、作動しない可能性もある。間違いなく痛いと感じることができる位の痛みでなければならない。
顔面は狙いが付けづらいので却下。よって、指に痛みを与えることにした。ハイハイで本棚の隅まで移動する。一端本棚に背を向け―ハイハイの状態なので向けているのはこの場合尻だが―右足を構え、蹴り出す。
足の小指に、角が激突した。
「―――――っ!!?」
涙が出た。
走り抜けた痛覚は本物。つまり、ここは現実だ。
我慢ができずに泣きながらゴロゴロ転がる。体が幼いせいか、この体は一度泣き出したら火が付いたように止まらない。頭では分かっているのだが、体が言うことを聞かずに泣き続けた。
すぐさま、8号さんが飛んできて、自分を抱き上げる。足を撫でたり、身体をゆっくりと揺すったりと、泣き止むまでずっと献身的に抱きしめ続けるようだ。
足の痛みが引いてくる。腕の中が暖かくて、いい匂いがした。
昼寝の時間が近かったせいか、瞼が重くなる。ウトウトしながらも、頭の中は後悔が溢れ出していた。完全に自業自得の結果なのに、8号さんに迷惑をかけてしまった。
女性もそうだが、自分はこの家の住人に多く世話になっている。赤ん坊なので、仕方がないと言えばそれまでだが、その好意を当たり前と感じるようでは、人間として終わっている。
前世の自分は、金食い虫で周囲に多くの負担を掛けていた。それでも、自分が生きるのに必死で、感謝なんて言葉は置き忘れて、がむしゃらに前だけ見て走っていた。
こうして、第二の生を得たのだ。色々やりたいことはあるが、まずは第一の指針として、家族孝行を目標としよう。この場合、家族とは女性や黒龍を筆頭とする、家の住人全員だ。
今は、何もできないが、成長して必ず恩を返す。
そう決めたとき、意識は途切れた。
後日。検証を再開した。
ただし、今度は周囲に迷惑をかけないように注意する。
ここが現実であることは、ほぼ間違いないだろうが、だとすればあのシステムメッセージは何なのか。それを確認するために、実験を行うことにした。
お昼寝タイムでタップリと眠り、夜にこっそりベッドから起きる。無論、四方を木製の安全柵で囲まれているので移動はできないが、今日の実験には必要ない。
横のベッドでは、女性が寝息を立てている。静かにしていれば大丈夫だろう。
まずは、口には出さず、頭の中で、スキル閲覧と念じてみる。VRゲームで一番多く採用されているのが、この思考制御法だ。多くのゲームでは念じるだけで、自身のステータスや状況を確認することができた。システムアナウンスが告げていた、スキルやタレントは多くの仕様を踏襲するならステータスに内包される可能性が高い。
「・・・・・・」
反応がない。閲覧の項目をタレントやステータスと変えてみて、同様だ。
なので、もう一つの方法を試してみる。
思考制御と同じく、多くのVRゲームで採用されている仕様、音声制御だ。ただ、今使えることができる言語は地球のものだけだ。この世界の言葉は練習中。日本語や英語が適用されるのかどうかが懸念材料になる。
「・・・スキルの閲覧」
反応は、あった。どうやら、日本語で大丈夫なようだ。
ピンとシステム音と共に目の前に、縦の長方形型ARビジョンが開示された。
一番上の枠線に重ねて『Talent』の表示。そして、内側に三つのグループがあり、それぞれ『アビリティ』『スキル』『ギフト』と表示されている。
■アビリティ
《戦闘器官》
■スキル
《両利き》Lv1
■ギフト
《積想励起》
「おお・・・」
思わず、声が漏れた。
ゲームだ。開いたウィンドウから、表示から、システム音からどうにもゲーム色が強い。
なんで、こんなものがある。
調べる為にも、さらに実験を進める。
軽く、指先で項目に触れてみると、説明文がポップアップしだした。
《アビリティ》
解説:種族、血統に依存する先天的能力。レベルアップまたは使い込むことによって、成長していく。
《スキル》
解説:努力や経験によって習得する後天的能力。スキルポイントを割り振るか、使い込むことによって成長していく。
《ギフト》
解説:努力や才能の果てに生み出される結果、あるいはそれすらも無視した埒外の何か。生まれつき習得している場合もあれば、果てしない経験の果てに習得する場合もある。
「はは・・・」
異世界に来てまで、レベルアップやスキルポイントなんて単語を見ることになろうとは。人生はホントに分からないものだ。
どうやら、能力を三系統に分類しているようだ。成長の方法も異なっている。ただ、《ギフト》は説明が要領を得ない。《ギフト》内で名前のある《積想励起》にも触れてみた。
《積想励起》
解説:モノに宿った、使い手達の意志・記憶を励起させ我が物とする能力。対象とするモノは少なくとも年単位で使い込まれたモノでなければならない。
「んー?」
使い手達の意志・記憶を励起させるとは具体的に一体どうゆうことだ。SFでよく見られるサイコメトリーのように物体に宿った記憶を見る能力、といったところだろうか。
使ってみれば分かりやすのかもしれないが、解説の年単位での使い込んだものという制約があるようでは、今は試せるものがない。服もシーツも、推定一歳前後自分の使っているものだ。条件は満たされていない。
英語のギフトなら、訳は贈り物や恩恵、あるいは天賦の才。この場合、天からの授かった珍しい能力、とでも解釈しておけばいいか。
アビリティの《戦闘器官》、スキルの《両利き》も解説を表示させる。
《戦闘器官》
解説:獣人族、龍人族の種族能力。最大5個まで器官に応じた能力を使用可能。
使用可能器官:翼
《両利き》
解説:補助系スキル。左右の手を同時使用した際のマイナス修正を無視する。また、器用値を用いる生産系スキルに微量のプラス修正を与える。
スキルの《両利き》の効果はなんとなく分かった。二つの手を器用に動かせるようになりし、生産系スキル―この場合、武器や防具の作成―の助けになる、と。
問題なのは《戦闘器官》にある一文。
解説:獣人族、龍人族の種族能力、だ。
どうやら、自分は人間ではなかったらしい。
いや、人とついているから、カテゴリー上は人間なのか。まあ、人間の定義なんて、ひどく曖昧だ。人間とは何か、なんて考えだしたらそれこそ哲学者にでもなってしまう。そういうのは、世捨て人の賢者か、偉い聖人様に丸投げでいい。
それよりも、こうして自我を形成して思考を働かせることが出来るだけの知性を持った生物に転生したことに感謝しよう。
世話をしてくる女性を、自分は母親だと思っていた為、自分も当然とばかりに人間だと思っていた。事実は獣人族か龍人族。可能性が高いのはやはり龍人族。
女性が母で黒龍が父。
そう考えれば辻褄はあう。
初対面の印象が強すぎて、黒龍が肉親だという発想が全くなかったが、考えても見れば、地球でも異類婚姻譚なんぞ、前世では世界中であった。日本なら雪女や鶴の恩返し、かの陰陽師も母は狐だとの伝承もある。海外なら、ギリシャ神話あたりが有名か。女好きの神様が種族の垣根を超えて美女に手を出しまくっていた。
ファンタジーの筆頭格のドラゴンいるのだ、それが自分の親でも驚きはすまい。
もしかすると、黒龍もドラゴンではなく、龍人族なのかもしれない。言葉を覚えたら、そのあたりも質問してみよう。
最後に《戦闘器官》の解説に出てきた《翼》を押す。
《翼》
解説:加速・移動のアビリティ。思考・身体の速度を10秒間加速させる。加速中は飛行能力を得る。ただし、飛行中は消費が倍となる。
これは、今すぐにでも使えるようだ。10秒の制限付きだが《翼》は色々応用が効きそうだ。消費が倍とは10秒が5秒になるのか、それともゲーム方式の代償、HPやMPの消費が倍になるということか。試しに使ってみる。
「《戦闘器官》の《翼》を使用」
タレントのオープンが音声制御だったので、こちらも音声制御で使えるはず。
視界の左上に10の数字が表示される。一秒たっても9にならないのは、体感速度も加速しているからであろう。極限の集中のように一秒が何倍にも引き伸ばされる状態。感覚的に10の数字が9になるのに5秒かかった。ということは、おおよそ体も5倍速で動けるということか。
今は座っている体勢なので試しにハイハイをと、身体を前に倒そうとした。
空気を切る音が聞こえたかた思えば、目の前に、落下防止用の木柵があった。
加速状態であったため、下に手を着く前に全身が前に、吹き飛んだようだ。制動をかける間もなく、顔面が激突。柵をぶち破って飛び出した。
そのまま、床に叩きつけられる。
しかし、本当の苦しみはここからだ。今は、加速状態、体感時間も引き伸ばされている。つまり、鋭い痛みがゆっくりやってくる状態となっており、残り8秒が引き伸ばされた40秒、顔面と打ち付けた腹の痛みで地獄を味わった。
結果、寝ていた女性をたたき起こすととなり、更に寝具破壊というオマケつきの事態を引き起こした。
実験は、しばらく中止だ。家族に迷惑をかけることもあるが、このままでは身体が成長して完成する前に、破壊される。