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第11話 はじめての友達

 ジークリンデ・ゴルトーンは、生みの親を知らない。

 故郷の村は、彼女が生まれて間もない頃に、魔獣達の大移動に飲み込まれて地図上から消えた。魔獣は数が増えすぎると、新たな狩場や餌場を求め、複数の群れが統合された巨大集団となって現在の生息地から住処を移す。魔獣からすれば只の移動であっても、超重量の波濤に晒された町や村は例外なく壊滅する。そうした災害を事前に察知するために冒険者や国に雇われた騎士、兵士などが日常的に巡回してはいるが、そもそも冒険者の数が少なく国の手も届かないような辺境ではそれも叶わず、大移動に備えることが出来なかった村の住人達は、避難する間もなく雪崩の様に押し寄せる大群に蹂躙されていった。

 建造物はほぼ全てが破壊し尽くされた荒野となり、人間が原型を留めず、遺体とも言えないような無残な状態で折り重なる中、彼女は血河と汚泥の中から発見された。生まれたばかりの小さな身体が功を奏したのか、或いは彼女を庇うように抱えていた亡骸の最期の一念が成就した故か、奇跡的にもほぼ無傷であった。

 ジークリンデを発見したのは、とある傭兵団だった。傭兵団『金色の焔』がその場に居合わせたのは、有り体に言えば仕事目当てだった。魔獣大移動で避難する人々を有償で護衛し、安全地帯まで送り届ける。渋れば命に関わるため、金払いもいいだろうとの算段で出向いた訳だが、予想以上の侵攻速度に追いつけず、結果として戦利品は孤児一人。

 傭兵稼業は慈善事業ではなく、傭兵団は無償では動かない。動きはしないが、流石に無力な赤子を一人、荒野に放置する程の無情でもなかった。団員に同じような境遇の者が何名かいたのも、要因のひとつだろう。

 以降、ジークリンデ・ゴルトーンは、『金色の焔』と共に各地を転戦することになる。

 最初こそ、『金色の焔』達は帝国が設置している国営孤児院や横つながりのある信頼できる商人などへ引渡しをしようとしていたのだが、その度にジークリンデは大泣きした。団員の腕に張り付き、頑として動かずの抵抗姿勢。引渡しの失敗が五回を超えたとき、ついには『金色の焔』が折れた。

 物心がつくと、ジークリンデは読み書きを教えられ、料理・洗濯などの雑事を担当するようになった。傭兵団の仕事場、戦場へ出たことは一度もない。戦いを生業とする荒くれ者達に囲まれて育ったため、勝気で男勝りな気質を持つようになったが、彼女が幾ら望んでも、団員達は決して彼女を戦いの場に連れて行こうとはしなかった。

 一応、身を守るための最低限度の護身術を教わり、『パーソナルシステム』を発現させた。だが、そこまで。それ以上を、『金色の焔』の団員はジークリンデに教えることはなく、彼女は日々歯がゆい思いを噛み締めていた。

 いつか、自分も傭兵になって、団の皆と、家族と一緒に戦う。

 そう胸に秘め続け、ジークリンデは、節目の七歳になった。




 バチっと、炎が弾ける音で、ジークリンデは目を覚ました。

 意識は半覚醒のままだったが、即座に身体の《経絡》にプラーナを循環させて異常が無いかを確認する。傭兵は、何がなくても身体が資本。戸にも角にもまずは、身体が無事かどうかを確認するのが肝要だ、と彼女は叩き込まれている。毎朝、起きるたびに毎回やっているので、ほぼ条件反射で行うことができる。

 《丹田》から、練り上げられたプラーナが身体中を巡る。それと同時に、身体に熱が広がっていき、意識が徐々に明確になっていく。

 プラーナの流れは、ほぼ正常。ただ、若干右肩から胸にかけて僅かな淀みがある。

 理由を思い返したとき、脳裏に巨大な魔獣の姿が映った。

「わああああああああ!」

「うるさい、食事中だ。静かにしろ」

「ああ?」

 飛び起きると、ジークリンデは自分がベッドで寝ていたことに気づいた。血がこびり付いた上着が脱がされ、露出した患部には布を切って継ぎ合わせた包帯が巻かれている。場所は薄暗い丸太小屋の中。窓からは月が見え、暖炉に点った灯のみが、唯一の光源だった。

 そして、すぐ側には口にサンドウィッチを咥えた、見知らぬ少年がいた。

 身長は、ジークリンデが勝ってる。黒髪の黒目で、地元の住人なのか、肌が白くて綺麗だった。ただ、機嫌が悪いのか、元からそうだったのか仏頂面で愛想のない表情をしている。

「お前、誰・・・ってぇ!」

 胸に痛みが走った。同時に、視界の一部が白んで、頭がクラっと揺さぶられたかのような不快感を得る。

「傷口が完全に癒着してない上に、血が足りていない。死にたくないなら、激しい運動は控えるんだな。因みに、俺はお前じゃなくて、リョウマ・サーガという両親から貰った立派な名前がある」

 リョウマと名乗った少年は、ジークリンデの傍まで近寄ると、木皿を差し出した。

「レバ刺しだ、火を通してあるから食中毒の心配もない。まずは、これを食って血を増やせ」

 思わず、喉が鳴った。皿に載っていたのは、新鮮な肉で、アスラ・ベアーから逃げるのに必死で、食事を取っていなかった身体は、猛烈に栄養を求めていた。

「お、おう」

 ショクチュウドクが何かはジークリンデは分からなかったが、腐りかけの干し肉でも躊躇なく食べれる精神と胃腸を持ち合わせる少女は、添えられていたフォークで、一口サイズに切り分けされたレバーを口にした。

 味付けはシンプルに塩のみ。しかし、素材自体が新鮮なためか、寧ろ塩が肉に旨みを引き出し、噛めば噛むほど口の中で味わい深い変化を見せた。

「美味いな、コレ。何の肉だ?」

「アスラ・ベアー」

「ごほぉっ!がはぁっ!」

「汚いな、折角の食材を無駄にするな」

「は、吐かねえよ!」

 無理矢理、咳ごと肉を飲み込むとジークリンデはリョウマに詰め寄った。

「今、思い出した。お前、俺が逃げ込んだ小屋にいた奴だな。そういや、俺を追っかけてた、アスラ・ベアーはどうした?」

 あの時、魔獣は完全にジークリンデを獲物として狙い定めていた。怪我も負わされ、追いつかれるのは時間の問題。辛くも丸太小屋には辿りついたが、あのまま見逃すとは思えない。

「とりあえず、肝臓はお前の腹の中だろうな」

 事も無げに、少年が告げた。

「・・・どうやって仕留めた。お前の他に、高レベルの冒険者や傭兵がいるのか?」

「いや、俺がやった。割と死にかけたが、頭を吹き飛ばして何とか倒せた」

「出来る訳ねぇだろ!」

 アスラ・ベアーと言えば、魔法こそ使わないが肉弾戦だけなら、ここエノキア地方でも屈指。安定して狩るには、最低でもレベル30以上の前衛型戦士を二枚用意し、時間を稼いでいる間に後方火力で倒すのが定石だ。少なくとも『金色の焔』では、狩る際にはそれだけの戦力を用意してから挑む魔獣だ。

「何故だ?」

「何故って、お前、俺よりも年下のガキじゃねえか。子供が魔獣を倒せるわけねえ」

 リョウマが華人族なら、あるいはジークリンデも違う結論に至ったかもしれない。華人族は、外見年齢と実年齢の乖離が激しく、見た目が子供でも実は百歳を超えていたなどの例がよくある。また、華人族は魔法に長けるのだ。

 《魔王》の軍勢によって絶滅寸前まで追い詰められたヒト種の華人族が、対魔物用に生み出した革新的技術、魔法。天敵であった魔物を解剖することで得た知識で開発された、体内の魔力で術式を編纂して発動する破壊の具現。それまではただ魔王の軍勢に虐殺されるのみであったヒト種が、魔法の登場で反撃の狼煙をあげたことからも、その威力の絶大さが分かる。

 しかし、少年は見たところ華人族の特徴である『精霊眼』もなければ、『花』を咲かせている様子も無かった。

 少年は、少し考える素振りを見せると、ジークリンデに言った。

「さっきのは、冗談だ。アスラ・ベアーは、ここへは来ていない。恐らくは、小屋の魔獣除けが優秀だったんだろう」

 人里離れた場所に小屋などを建築する際は、魔獣対策用に建材に工夫をする場合ある。使用する木材などに魔獣の嫌う匂いを発する物を使用したり、壁に香料を塗るなどして魔獣を倦厭させるのだ。

 ただ、その効果はあくまでも無いよりはマシ程度なので、標的を定めた猛獣を退かせる理由には弱いが、そう考えるより他なかったため、ジークリンデは納得することにした。

「場を和ませようと思ってやった、気を悪くしならすまない」

 至極真面目な顔のまま、リョウマは頭を下げた。

 ここに来て、ジークリンデは、今更ながらに脇を通して肩へと巻かれた包帯が誰によって施されたのかを理解した。逃げ込む前に、アスラ・ベアーに切り裂かれた傷が治療されており、出血も止まっている。

 魔獣を倒した云々は無いとしても、目の前の少年が恩人であることは、動かしようがない事実なのだ。

「あ、謝らねえくれよ。寧ろ、謝らねえといけないのは、こっち・・・って、この場合、礼か?ああ、もうどっちでもいい!とにかく・・・」

 起き上がろうとする少女を、止めようとする少年の声を手で制し、ジークリンデは膝を曲げて床に座り、両手をつくと、そのまま頭を下げた。

「俺の名前は、ジークリンデ・ゴルトーン。『金色の焔』の所属の傭兵見習いだ。本当に、世話になった。あのままじゃ、死んでもおかしくなかった。リョウマは、俺の命の恩人だ。ありがとな」

 照れたのか、リョウマは顔を背けると頬を指で掻いていた。

「気にしなくていい、元々は見捨てるつもりだった。お前が助かったのは、お前自身が最後まで粘ったからだ」

「そうはいかねえ。一方的に施しを受けるなんて、『金色の焔』の名折れだぜ」

ジークリンデは、ベッドの脇に置いてあった自分の所持品を漁ると、逃げる時は腰に佩いていた短剣を取り出した。鞘から引き抜いて、刀身を僅かに覗かせると隙間からは赤い光が漏れており、一目で配陣処理が施術された磨剣であると分かった。

 刀身に写りこんだ自分の顔を見ながら、二三度首を勢いよく横に振ると、ジークリンデは短剣の柄をリョウマへと向けた。

「コイツを、お前にくれてやる!」

 魔法の開発当初は、発声による編纂、今日での詠唱式のみであったが、後に二つの型式が確立した。その内の一つが、器物に予め術式の鋳型・魔法陣を彫り込む配陣式。

 配陣式は、術式編纂能力の低い者、即ち魔法に対する適正が低い者でも、魔力を器物に彫り込まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで魔法を発動することができ、尚且つ一々複雑な術式を編纂する必要がなく、時間の短縮さえも可能としている。

 ただ、配陣式にも当然欠点がある。一つは、通常の魔法なら形をなさない術式の物量だ。術式を彫り込むには、魔力の伝導率や保有力が高い特殊な鉱石を使用する必要があり、この種類の鉱石は総じて比重が高い。鉄の2~3倍の重さを誇り、更には術式を彫り込む為の空間と魔力を溜め込む為の容量も確保しなければならないので、ある程度の量も必要。前提を満たそうとした場合、辞書並の分厚さで大きさが机程もある非常に重い石版を以てして、最下級の魔法が一種類やっと使えるという有様だった。厄介な事に、彫り込まれた術式、魔法陣は非常に繊細で、少しでも傷や汚れがあれば、途端に幾何学模様の落書きに成り果てるので、素手で触ることすらできない。

 とてもではないが、使用に足る代物ではなかった。

 この問題を解決したのが、鉄人族と人族の技術だった。元より武器の鍛造に長ける鉄人族は、複数の金属を接合し多重構造を構築することにより、折れず曲がらずの武具を造り出す技術を持っていた。この技術を応用し、鉱石を保護する『殻』を作り出したのだ。『殻』は魔力伝導を妨げないことは勿論、それ自体が道具としての特性を持ち得ており、配陣処理された器物を単なる魔法の補助器具に留めない多様性を打ち出した。対し、人族が提供した技術は圧縮化あるいは符号化と呼ばれる技術だ。模倣・改良を得意とする人族は、編纂能力の高い華人族の専売特許だった魔法をどうにかして自分達にも使用できないかと工夫を凝らした結果、処理しきれない大量の術式を、符号置換により短縮し編纂能力に劣る人族でも扱いやすいようにアレンジしたのだ。この技術は、彫り込む必要のある魔法陣を大幅に減らし、鉱石の小型化と形状の多様化を実現させた。

 こうして様々技術を結集して生まれたのが、磨剣である。開発第一号が剣の形状をしていたことから、以降のものも戦闘用で配陣処理がされた武具は如何なる形状でも、磨剣の通称で呼ばれる。

 最高峰の性能を備えながらも、誰でも魔法を短時間で発動できる武具。戦士のみならず、戦いに身を置く者であれば、皆が欲する高嶺の花、それが磨剣だ。複数の専門性の高い技術と希少性の高い鉱石を素材とする磨剣は、モノによっては庭付きの新築の家が丸ごと買えてしまうほど値が張るため、所有者には相応の経済力が求められる。

「コレは、磨剣か?配置処理に使われてる鉱石も大きいし、これなら術式が二つは彫り込めるな」

 強引に押し付けられた短剣の柄、半透明な保護カバーから見える鉱石をシゲシゲと眺めながら、リョウマが呟いた。

「身体強化と照明用の術式が記述されてる。どっちも、中々に使い勝手のいいヤツだ」

 ジークリンデが差し出した赤い磨剣も、適正な値段で売れば一年は遊んで暮らせる代物だ。七歳という節目の誕生日を祝うため、傭兵団全員が金を出し合って購入したもので、彼女にとっては値段以上に価値のある磨剣でもある。プレゼントされた当初は、無闇に意味もなく振り回して、よく叱られた。以降も肌身離さず持ち歩き、寝るときは必ず枕元に置いた。

 だからこそ、ジークリンデは思い入れのある赤い磨剣をリョウマに差し出した。

 命を救われた対価に、自分が命と同じくらい大事にしている物を渡すは当然。

 それは、報酬次第では命懸けで敵に挑む傭兵達の背中を見てきた彼女が、誰に言われるでもなく自分の中で育んだ流儀だった。

「分かった、ありがたく頂戴する」

「応よ、貰ってやってくれ」

 そう言うと、ジークリンデは快活に笑った。




 そこから、二人は遅めの夕食を食べた。

「報酬として受け取りはするが、磨剣(コレ)は貰いすぎだ。少しは釣りを返させろ」

 と、リョウマが提案して彼が夕食を提供することとなった。

ジークリンデがベッドで休んでいる間、リョウマは竈に備蓄されていた薪で火を入れると、水を張った鍋を載せて順次に刻んだ野菜、肉などの食材を投入して煮込む。

 調味料で味付けしつつ、程なくして煮込み鍋が出来上がった。

 机の上の鍋を囲みながら、器に盛られた汁をジークリンデが啜った。

「はー、肉もそうだけど、スープも美味いよな、この鍋。何て言ったっけ?」

「味噌だ。携行食用に乾燥味噌を持って来たから使ってみたが、肉の臭みが残ってて若干クセが強いな」

「そうか?俺は、全然イケるぜ」

 ジークリンデにとって、毒でないなら大抵のものは食用だ。不味かろうが、美味かろうが、腹に入れば皆同じ。美味いに越したことはないが、臭みだのなんだのは気にしたことがない。杓子で汁を器へ注ぎ、また啜った。

「かー、染みるぜ。・・・しかし、こりゃ帰ったら拳骨確定だな」

 空の月を見上げながら、少女は呟いた。

「確か、買い出しの帰りに襲われたんだったか」

 調理中、互いの身の上は語りあっていた。ジークリンデは、自身が傭兵見習いとして生活していること、雑貨や食料の補給に街へ買い出しに行った帰りに、魔獣に襲われてここまで逃げてきた事を話した。運搬には馬を使っていたのだが、襲われた際、真っ先に殺されており、逃げ足を潰されたのだ。咄嗟の判断で、爪の斬撃をもらう瞬間に、磨剣の照明用術式を全開で使って、魔獣の目を灼いたおかげで何とかその場は凌ぐことができ、丸太小屋まで逃げおおせたというのか、事の顛末だ。

「そういや、リョウマは家に帰らなくていいのか?」

 ジークリンデが出会った少年は、少々変わった経歴の持ち主だった。曰く、人嫌いと人見知りの両親の元に生まれ、家族以外は誰も来ない僻地で生活していたらしい。外出も今日が初めてで、人と会うのもジークリンデが初めてのようだ。

「寧ろ、俺は後数日は家に帰ることはできない」

「なんでだ?」

「これが、単なる外出ではなく、実地訓練だからだ。戦闘だけでなく、自ら食料・寝床を確保して、生活できるだけの技術を磨く為、三日は帰ってくるなと言われている」

「はー、変わってるな、お前の家」

 ジークリンデ自身、育った環境は毛色が少々変わっているが、街や村で逗留することも多いので、そこで知り合った子供を通じてどんな生活を送るのかは、一応知っている。大体、六歳までは簡単な家事の手伝いなどをするが、基本的には近所の同世代の子供一緒になって遊ぶのが普通だ。七歳になると、半分大人として扱われるようになり、家業を手伝ったり、商人の元へ弟子入りして仕事を学ぶ。帝国などの列強七国の一部は、ギムキョウイクセーらしく、学校とういうものに通うらしい。金のある富豪や貴族は、幼少期から専用の家庭教師をつけてみっちりと勉強させるところもあるようだ。

 少年の家も、あるいはそんな偏屈な金持ちの家なのかもしれないと、ジークリンデは思った。

「変わっている、というのは否定できないな。だが、両親からは様々なモノを貰い過ぎな程に貰っている。俺は、恵まれていると思う」

「お前、すげえな。俺だったら、毎日毎日勉強漬けなんて耐えられねえよ」

 読み書きこそできるジークリンデだが、基本的に机に座ってじっとしていることは苦手だ。最近は数字の計算も出来る様になれと、教えられているが、その度にそんなことより剣の使い方を教えてくれと言って、よく拳骨を脳天にくらっている。

「ったく、団長も皆も、俺を子供扱いしやがって。計算何かよりも、剣の使い方を教えろってんだ」

 そう、ぼやくジークリンデに、リョウマは微笑ましいものを見るかのような穏やかな眼差しを向けた。

「寧ろ、大切にされてるんだと、俺は思うぞ」

「どこがだよ・・・」

 リョウマは、持っていた器を置くと、指を一本立てた。

「例え話をしようか。ジークリンデ、お前は飲まず食わず、武器もない状態で凶暴な魔獣や敵と戦うことができるか?」

「はあ?そんなの、無理だろ」

「なら、どうやって食料や武器を手に入れる」

 問われると、ジークリンデは考えた。食料調達だけなら、狩猟や採取などのやり方もあるが、飲まず食わずの武器なしで実行するには、非常に困難だ。自ずと、答えは絞られる。

「・・・金で、買う?」

「そうだ、金だ」

 その回答に、リョウマ頷いた。

「買う以外にも、当然方法はあるが、金銭を用いて購入するのが一番安全だ。自分自身がボロボロで一歩も動けないような身体だったとしても、危険を冒すリスクを背負わずに欲しいものを手に入れることができる」

 だが、と付け加えた。

「金は大抵の人間にとって、有限だ。使えば減る、稼がなければ無くなる。ここで役に立つのが、計算力だ。数字を扱う術を知っていれば、支出を考慮して行動することができるようになる」

 頭に疑問符を浮かべる少女に、少年は諭すように声を掛ける。

「いいか、傭兵業に限らず、仕事をするなら支出の計算は大事だぞ。どんなに大金を稼いでも、無計画に消費していたら、あっという間に金は無くなってしまう。計画性を以て、何にどれだけ使うかを考えるのも、やっぱり計算が重要になってくる」

 ジークリンデの頭の上で特大の疑問符が飛び交っているのを見て、リョウマは苦笑した。

「つまりだ、お前の育ての親達は、お前が将来どの道に進もうとも、役に立つ事を教えてくれてるんだよ。今は良く分からなくてもいいから、とにかく学べるだけ学んでみろ。色々、見えてくるものも多いぞ」

 正直を言えば、ジークリンデはリョウマの言っている事は半分も分からなかった。それでも、リョウマの真摯さは伝わってきたし、その言動には妙に実感が篭っていた。それは、人生の苦楽を味わった人間が辿り着く、一つの結論のようでもあった。

「って、お前、俺より年下だろうが、何語ってんだよ!」

「すまん。少し説教臭かったな」

「構わねえよ。・・・まあ、アレだ、リョウマの言うことも一理っつーか、半理程度はあると思うから、次からは真面目に勉強してみる・・・多分」

「そうだな、その程度の気概でいいと思うぞ」

 二人で鍋をつついていると、次第に具材もなくなっていった。あらかた食べ尽くすと、リョウマは残った鍋汁を捨てずに鍋に蓋をして竈の上に置いた。なんでも、明日の朝食に使うらしい。米を使ったもので、オジヤと言うものを作る気のようだ。

 片付けが終わると、灯りがもったいないので後は寝るだけだ。

 床に寝袋を敷き出したリョウマを見て、ジークリンデは声を掛けた。

「何してんだよ?」

「何って、これから眠る準備をしているんだが」

「寒いだろうが、さっさとこっち来いよ。一緒に寝たほうが暖いだろ」

「いや、流石に嫁入り前の娘と同衾する訳には・・・」

「まーた、訳の分からないことを言いやがって。いいか?俺がいいって言ってんだからいいんだよ。それとも何か、お前は俺を恩人を冷たい床で寝かせる恩知らずにする気か?」

 少々強引に、ジークリンデはリョウマの腕を掴むとベッドに引きずり込み、毛布をかぶった。

「もっとくっ付けよ、寒いだろ」

「いや、だがな」

 尚も身体を離して距離を保とうとするリョウマに、業を煮やしたジークリンデは体格差を活かして少年を自分の胸元に抱き込んだ。リョウマは脱出しようとするも、肩から巻かれた包帯を見て、無理に動くのを止めた。

 どうしたものかと考えたところで、目を閉じて寝息を立てるジークリンデを視界に写したリョウマは、まあいいかと自らも目を閉じた。

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