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第9話 メイドの観点

 太陽がまだ登らぬ仄暗い早朝、メイドの8番は畑に出て野菜の具合を見ていた。

 8番を養分にしようと伸ばしてくる無数の蔦を、剪定鋏で切り刻みならが、速度・数を細かくチェックしていく。切り落とした蔦は、背負った籠に放り込んでおく。後で、解析に回してコンディションの確認にまわす積もりだ。

 農業の基本は、生かさず殺さず。養分を与え、肥えさせながらも、その反抗の手は徹底的に削ぎ落としておき、一定範囲にて飼い殺しにするのだ。

 《魔王》が撒き散らした『呪い』により、ケモノは凶暴化し、強靭な肉体へと変貌した。

 そして、それに呼応するかのように、植物もまた凶暴化した。『呪い』による外的刺激ではなく、自ら生き残るために、進化したのだ。分厚く硬い外皮を持ったり、自立での移動が可能になったりと、様々な形態へ派生していった。

 共通点としては、強靭な生命力を持ち、枯れた土地、僅かな養分でも大きく育ち、ヒト種やケモノを襲う点。

 なので、農業家は畜産だろうが栽培だろうが、ケモノや植物と相対し圧倒できるだけの戦力と、野菜や家畜が脱走したり、大量繁殖した際の危機管理能力が必須となる。列強七国の最大のヴァロキア帝国では国家資格として制定されており、無許可での農業行為は重罪となる。

 サーガ家一同が住まう霊峰ガンドロッドは、初代七龍が最初に降臨した「聖地」として世界に認識されており、扱い上どの国の領地でもなく、一家一同如何なる国家・共同体に所属していないので、ここで何を育てようとも、完全に治外法権なのだが。

「・・・・・・・・・」

 8番は毎朝の日課を終えると、エプロンドレスの土を払い、屋敷へ向かった。8番の仕事は主に、育成。

 育児から栽培まで、育てる事が8番のなすべきことであり、根幹だ。ヘルマンの端末《指》として創造された時から、現在に至るまでそれは依然変わっていない。

 個性獲得に至る前、古代魔王軍時代は、ヒト種殲滅用の「兵士」の指導を行っていた。魔王軍崩壊後は、ジンバールに仕え、彼の《領域》を守護する「戦士」の指導。主の結婚後は、妻のエリスが「新鮮な野菜が毎日食べたいです」と言ったので、こうして《領域》内部で土を耕し、種を蒔き、作物を栽培している。

 一番最近では、主夫妻の息子、リョウマの育児も8番の役目となった。

「若様、大丈夫でしょうか・・・」

 リョウマが《ギフト》の授業で昏倒してから、一週間が経過した。

 現在、リョウマはヒールスライム溶液の中で、治療中だ。

 バイタルデータに問題はなく、容態も安定している。

 ただ、彼の目は未だに覚めない。

 リョウマが昏倒した原因は、分かっている。

 龍人族の《アビリティ》である《再構築》が理由だ。

 ヒト種には必ず、成長の限界というものが存在する。パーソナルシステムで、それはレベルという形で表示される。現在値/限界値の形式で表示されており、1/30ならば、現在のレベルが1で、限界値は30となる。限界値に達した場合、それ以降どれだけ血を吐く様な修練を続けたとしても、個人の努力では最大値を超えて成長することはない。なお、《勇者》など、ヒト種の中でも埒外の存在は、文字取りこの括りには縛られず、無限の成長が可能だ。

 《再構築》は、この限界値という枷を解放する《アビリティ》なのだ。

 龍人族がレベルの限界値に達した場合、自動で発動。強制的にLv1に戻るが、身体そのものを、それまで得てきた経験・要素により組み換え最適化することにより、能力を強化し限界の壁を押し上げるのだ。繰り返し行うことで、事実上、《勇者》と同じく限界を無視した成長が可能になる。

 ただ、破格の《アビリティ》だけに欠点も存在する。

 その一つが、《再構築》発動中での身体の組み換えだ。

 全身の並み居る神経全てを切断した上で繋ぎ直し、骨格を粉砕して精製し、筋繊維を解いて編み上げる。

 それは、大の大人であっても激痛でのたうち回る、蹂躙の嵐だ。

 しかし、それでもその痛みは、歯を食いしばり、覚悟を決めれば耐え切れるものなのだ。成長するための《アビリティ》で命を落としては本末転倒であり、龍人族の肉体はそこまで愚かな構造はしていない。

 もっとも、その前提は身体が成熟したものであればと、但し書きが付くが。

 今回の場合、リョウマが成長途上の身体だったという事が問題だった。

 龍人族のレベルアップの速度は非常に遅く、断トツでヒト種最遅だ。

 平均的な人族が、山篭りをして日夜修行と魔獣との戦闘に明け暮れたとして、大凡半年程でLv10に到達する。対し、同じペースで経験を積んだとしても、龍人族はLv10に到達するのに100年は掛かる。

《再構築》の《アビリティ》の修得条件が、『一度、レベルの上限に達する』であるため、限界値に達するころには、通常ならば身体は成長しきっており、《再構築》の激痛にも耐えれるだけの土台はできあがっている。リョウマの場合は《積想励起》で追加の経験値が加算されたため、未成熟な状態で身体の再構築が始まってしまったのだ。

 《ギフト》対策として事前に渡したタリスマンやアミュレットの効果で自動回復、即死回避などがリョウマに付与されていたからこそ、あの程度で済んだが、下手をすれば五体四散で絶命していた。

軽減こそされ、やはり反動は大きいようで、昏睡状態は未だに回復していない。

「静か、ですね・・・」

 過去の記録を参照・比較しながら、屋敷を見上げて8番は呟いた。

 早朝、太陽が登らぬ時間というのもあるのだろうが、それを差し引いても、この一週間屋敷は火が消えたように沈黙を保っていた。

 ここまで何もないと、ジンバールが結婚する以前に戻ったようだ。

 ある日、突然やって来たエリスが、「そのお高くとまった全部分かってます的な顔が、非常にムカついてメチャクチャに歪めてやりたくなったので、私と戦ってください。私が負けたら魂だろうと身体だろうと全部貴方に差し上げます。その代わり、私が勝ったら、結婚してください」と、プロポーズなのか宣戦布告なの判断に困る宣言をジンバールにしてから、紆余曲折あり屋敷には住人がひとり増えた。

 エリスは、事あるごとに思いつきでジンバールを含めた屋敷の侍従一同を振り回す、嵐を呼び込む人物だった。目に見えて苦労が増え、エリスが何か騒動を起こすたびに、ジンバールは東奔西走してその後始末に追われた。

 そうしている内、常に感情希薄で超然とした微笑みを浮かべていた守護の龍は、よく眉間に皺を寄せるようになった。愚痴を零し、文句を垂れ、皮肉を言いながら、満更でもない表情でエリスの思いつきに付き合っている。

 ヒト種守護以外に何の興味もなかったジンバールは、エリスとの出会いによって変わっていった。

 屋敷に於いて、エリスは物事の起点となることが多い人物だ。そして、その起点は最近その息子、リョウマに移り変わり始めていた。

 リョウマの場合、エリスのように何か要望を言って、周囲を振り回すことはない。

 素直で聞き分けがよく、こちらの言うことをほぼ無条件でなんでも信じる。大体いつも嬉しそうにニコニコ笑っており、誰が相手でも挨拶・感謝などの礼儀を絶やさない。

 これだけ列挙すれば、なんの問題もないように思える。

 主の息子、リョウマ・サーガの特筆すべきところは、その行動力にある。

 赤ん坊の時から、その片鱗はあった。立って歩ける二足歩行が可能になってからは、より顕著になった。

 リョウマ・サーガは、常に万事に於いて全力で物事を楽しんでいる。

 勉強にも、遊びにも、食事にも、睡眠ですら。

 机に着けば筆を折らんばかりの力で学び、遊びは体力が尽き果てるまで走り回り、物を食べる時は口だけでなく鼻も耳も感覚器を総動員して全身で味わい、眠るときはこれ以上ないくらい安らかな顔で身も心も寝具に横たえて、快眠する。

 歯止めが効かない、と言えば分かりやすいか。様々な事に興味を持ち、躊躇なく挑戦を繰り返すため、リョウマには怪我が絶えない。普通の年頃の腕白な幼児なら、痛みに恐怖を憶え、躊躇するなり、加減という線引きを学習するのだが、前世の知識を持つ継承者故か、あるいはそれ以外の理由なのか、リョウマの挑戦が絶えた日は、なかった。

 そして、その挑戦が続くようになってから、エリスの突発的行動は減少傾向を見せ始めている。エリスが思いつきで行動していた一番の理由は、暇と退屈だ。育児と授業を行うようになってから、暇が消え、退屈は払拭された。

 だから、エリスが沈静化した今、中心であるリョウマが活動していない場合、屋敷は途端に静かになってしまうのだ。

 よくない傾向だ、と8番は判断する。

 8番自身を含めた《指》達の感情指数値も軒並み低下しており、フルパフォーマンスを発揮できていない。各自で編集した『若様成長記録:接触篇』などを待機中に閲覧するなどして低下を抑えているが、圧倒的に若様分が足りないのだ。

 一時しのぎにはなっても、根本的な解決にはならず、致命的な問題が表層化しかねない。

 玄関に到着した8番は、靴に付着した泥を落としながら、体内時計で現在の時刻を確認した。

 サーガ家ルール、『食事は出来る限りみんな一緒に食べる』があるため、後20分で食堂に集合しなければならない。8番は足早に籠を背負いなおし、医務室へと向かった。

 エントランスを抜け、廊下を渡って地下へ。階段を下っていけば、医務室の前に着いた。

 錠付きの扉をノックすれば、『いいぞ』と返答あった。

「失礼します、9番」

「構わん、どうせ若様の寝顔を見に来たのだろう」

 対応したのは、侍従の中で医療系担当の9番だ。《指》の中で、唯一眼鏡をかけてる。無論、9番の視覚センサーに異常は一切なく、仮にあったとしても、修理すればいいだけの話であり、ワザワザ視覚補正用レンズを装着する理由は、単なる9番の趣味だ。

 正直、8番は9番が羨ましい。

 過去の贖罪のため、魔人族の命題は、如何にしてヒト種に寄り添い尽くすかであり、それを実行するにはヒト種に様々な意味で近づく必要がある。効率を考えれば無駄・無意味と切り捨てられる事柄にこそ価値を見出す、ヒト種独特のこの『趣味』という特性を、9番は習得しているのだ。

 《指》達の間でも、語尾をニャンにしてみたり、髪をツインテールにしてみたりと日々研鑽は行われているのだが、9番ほど自然に体現できた者はいない。

 軽い嫉妬の眼差しを9番に向けていると、8番は医務室に見慣れないものを発見した。医療用に様々な計器に混じって巨大な水槽が鎮座している。内部には直径10センチ程の白く長い氷漬けの物体が浮いていた。

「これは?」

「さっき、6番と7番がお見舞いにと、置いていった。ホワイトデビルの足だそうだ」

「ああ・・・」

 ここ数日、二人は休暇をジンバールに申請して休暇を貰っていた。

 魔人族は、核さえ十全なら年中無休で稼働し続けることが可能だが、『休む』行為もまた、ヒト種に近づく上で必要な要素と判断され、業務に支障のでない範囲で侍従たちには休暇を取る裁量が与えられている。彼女達はこの権利を行使し、ガンドロッドに生息する希少種を狩りに行っていたようだ。

 ホワイトデビルは通称であり、正式にはスノードロップ・クラーケン。一言でまとめるなら、極寒の環境に適応した陸イカだ。数いる魔獣の中でも、特に獰猛で食欲旺盛。十の触手で獲物を締め上げ、骨ごと砕いたあと捕食する。一夜にして街一つの住人を全て喰らい尽くしたとの記録もある。自己再生能力はかの不死鳥以上とも言われ、討伐には熟練の冒険者が数十人規模で挑む必要があるとされている。

「触手が、二本ですね」

 水槽内でビクビク蠢いている白い物体を見ながら、8番が言った・

「ああ、殺さないで生かしておけば、また生えてくるからな。あの手の魔獣はキャッチ&リリースが基本だ」

「一時期、エリス様がゲソ料理にハマっていたせいで、結構な数を狩りましたからね」

「メイド服を見ただけ奴ら全力で逃げ出すからな。追跡するのに苦労したと、二人が言っていたぞ」

 スノードロップ・クラーケンはその生命力の高さから、その身を食べれば寿命が10年伸びるなどの俗説も存在する。実際にそんな効能はないが、摂取すれば自己治癒能力を飛躍的に高める効能を持つことも、事実だ。

「一本は鮮度が高いうちに、刺身に。一本はスルメにして長期保存しましょう」

「スルメか。あれは、酒によく合うからな、楽しみだ」

「言っておきますが、あくまで若様用であって、私達が摂取するのは余ったら、ですからね」

「分かってる分かってる、そう睨むな8番」

 そう、9番は《指》の多くが構成物質や栄養価でしか判断できない「食事」に対する評価に、個人の嗜好を付属させることができる、数少ない個体だ。飲食者の食品摂取時の反応を統計し、美味いと感じる領域の数値を割り出すことは8番にも可能だが、8番自身がそれを好きか嫌いかを判断することは、出来ないのだ。

 睨んだのは9番への、注意喚起もあるが半分は、やはり嫉妬で構成されていた。

 8番は、自分が同僚へ抱いてしまった感情を昇華してしまおうと、円柱を縦に二分割した半円型の治療用スライム浴槽を視線を向けた。

「若様、おはようございます」

 底の浅い浴槽は、半透明の赤いゲル状のスライムで満たされおり、中には治療中のリョウマが寝かされていた。一週間前と比較して、もう殆どの傷は回復しているようだ。

「お加減は、いかかがですか?寒くはないですか」

 浴槽の内部は温度管理も完璧に制御されており、寒さを感じることはありえない。こうして8番が話しかけているのは、状態確認をしたいからではなく、単純に8番がリョウマと話をしたかったからだ。

「喜んでください、新鮮な烏賊がとれたんですよ。2番が刺身にしてくれますし、私も付け合せで大根のお花とか作るので、味は勿論、彩り鮮やか間違いなしです」

 聞こえてはいないだろう。そうとは分かっていても、8番は浴槽を覗き込み、言葉を続けた。

「あ、そういえば2番が最近、ミートボールばっかり作るんですよ。きっと若様が心配で心配でしょうがなくて、四六時中若様のことを考えてるから、メニューが若様に最初に美味しいって言ってもらえたミートボールに偏るんです」

 離乳食卒業記念に、2番が作ったミートボールを食べたリョウマが泣き出したことで、てんやわんやの大騒ぎになった。一時は勘違いした2番が自壊しようとしたり、テンパったジンバールが倉庫からエリクサーを引っ張り出そうとして、エリスに殴られたりと、リョウマが美味しくて感動して泣いたと必死に説明するまで、騒ぎが収まることはなかった。

 あの時の映像記録は、最重要項目としてフィルタリングして、記憶領域の一番奥に格納してある。

「量だって結構余ってますし、若様も・・・若様も、元気になったら、一緒に・・・」

 8番は、会話の機能を使用するたび、自己の感情指数値が上昇していくのを観測した。ヒト種で言えば感情が昂ぶっている状態を指すが、高揚感はまるでなく、寧ろ胸部に深刻な損傷を受けたかのように、躯体がまるで言うことを聞かない。

 設計上、9000時間以上を連続活動していても、機能の低下を起こさない基本スペックを誇るはずの8番は、浴槽の淵に身を預け、顔を伏せてしまった。

「大丈夫です。俺、2号さんのミートボール大好きです」

 その音を、聴覚センサーが拾い上げた時、8番は保存してあるデータとの比較・照合を一瞬で終わらせた。アイレンズを即座に対象に向け、記録を開始する。

「おはようございます、8号さん」

 適合率は、照会する必要がなかった。

 その声を聞いて、その笑顔を見ただけで、8番は例えようのない温もりに包まれた。

 これが、計器の不具合からくる誤作動なら、機能停止するその日まで、壊れたままの自分で構わない。

「おはよう、ございます・・・若様」

 その日の食卓は、久しぶりの笑い声で満たされたいた。








■NAME リョウマ・サーガ

■TRIBE 龍人族

■AGE 3

■Lv 1/10


■アビリティ

 《戦闘器官》-《翼》-《鱗》 《再構築》

■スキル

 戦闘系

《苦痛耐性》Lv4 《体術》Lv3 《短剣術》Lv3 《大剣術》Lv5

 生産系

《調理》Lv3

補助系

《両利き》Lv3 《二足歩行》Lv5 《四足歩行》Lv3《筆記》Lv3 《呼吸》Lv5

《礼儀作法》Lv2


■ギフト

 《積想励起》



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