世界美食同盟(三十と一夜の短篇第4回)
思春期の娘の口の悪さにご注意下さい。
ダルいなぁ。
もう直ぐ夏休みだってのに、夏期講習で埋まる予定。
海にも山にも私の居場所は無いらしい。
いつか終わりが来るのかと疑いたくなる砂を噛む様な時間。
重い体を引きずりながら階段を降りる。
ダイニングテーブルにはおっさん(父)が座っていた。死んだ魚の目はボンヤリとリビングのテレビに向けられている。
おっさん(父)はオヤジ臭を撒き散らすから、思春期の娘の前に出て来ないで欲しいのに。
それなのにいじって欲しいオーラを出してくるから基本ウザい。
イライラしながらも同じくテレビに目を移せば、真面目くさったアナウンサーが何やら喋っている。
テカテカと光を反射する七三頭は前時代的な代物だ。
「……のメンバーが窃盗の容疑で逮捕されました。前世紀の遺物、特に調理済みの食べ物を凍らせる『冷食』と言われる食品を展示する、フリーザーミュージアムに展示されていた『シャイニングホワイトトライアングル』が被害に遭った模様です。」
「しゃいにんぐほわいと……」
なんじゃいそら。
輝く白い三角、凄い厨二臭漂うネーミングだな。
「……真珠の如き輝きを纏う三角。これが人間の食べ物であったと言う黄金の時代、食卓は幸せに満ちていただろう!人の口に入る全ての物は神の祝福を受けており、また人も神に祝福される存在であった!何故今はこんな小石の様な……」
画面に大写しになった男は必死に言葉を発しているが……誰か頭のイイ人、訳して下さい。
ちょっとワイルドっぽいイケメンだった、実に惜しいよ。
「尚、逮捕された世界美食同盟の幹部、窯元雷洲は三年前の『ソイソー』盗難事件にも関わっていると見られており、余罪を追及する方針です。」
冷食研究の第一人者とかいう大学のお偉い先生様が、興奮気味に唾を飛ばしながら喋ってる。
興奮のあまりズラがズレますよ〜。
「えー、雷洲容疑者がソイソーを手にしていたのであれば、シャイニングホワイトトライアングルと併せて使用する事により、伝説のゴールデントライアングルを再現出来る可能性もありますね。」
ほほう、それは一体どのような……
しかしあのイケメン、危険思想の輩であっても何と美味そうな顔立ち。寧ろそれが背徳感を助長して尚良し!
も一回うつらないかな。
ボーっと突っ立ったままテレビを凝視する私に、母の声が飛んで来る。
「早く御飯食べなさい。時間ないでしょ!」
「はーあーいー。」
母が運んできた朝食。
ピンク、水色、黄色とパステルカラーの錠剤が皿に盛ってある。
これを見るといつも感じる虚しさは何だろう。
「頂きます。」
砂を噛むような……と言う言葉が在るが、何だか通じる物を感じてしまうよ。
砂の代わりに錠剤をバリバリと嚙み砕けば、ほんのり甘い香りがした。
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、これ何の匂い?」
ピンク色の錠剤を指で摘んだ娘が聞いてきた。
「これ?イチゴの香りって書いてあるわよ。」
ビンのラベルを見ながら答える母は、大量の錠剤を噛み砕いている最中でリスの頬袋の様に膨らんだほっぺただった。
「そもそもイチゴってなに?」
「えー、母さんだって知らないわよ。」
面倒くさそうに手をを振ると、グイッとコップの中身を飲み干した。
どもりながら果敢に会話に参加するのは、おっさん(父)だ。
思春期の娘とのコミュニケーションを図ろうと日夜涙ぐましい努力をしている。
努力は実っていないが。
「お、お父さんは子供の頃図鑑で見たぞ!」
「うざっ、あんたに聞いてない。」
「そんなっ!」
一刀の元に切り捨てられる父。
その企業戦士の背中に漂うは哀愁と加齢臭。
「こら、父さんにそんな口の利き方は無いわよ。」
可愛らしくほっぺたを膨らませて見せる母は、口でプンプンなどと言って見せる。いい歳してあざとさが滲み出る仕草に呆れる。思春期も真っ青だ。
「ハイハイ。で?」
「イ、イチゴか?イチゴはそりゃ綺麗な赤でな、小さなツブツブが付いていて……」
「キモっ‼︎ツブツブ⁉︎それ食べるの?」
「うん、生で。昔の人はそれも良かったみたいだな。じゅうしーとか書いてあった。」
「うーわ〜無いわ。」
心底気持ち悪そうに顔を歪める娘と、久々の会話にテンションだだ上がりの父に、現実的な母の声が飛んで来る。
「ほら、早く支度して。バスに乗り遅れるわよ。」
そんなどうでもいい話はもうお終い、と言わんばかりに手を叩く母。
娘はその言葉に慌てて席を立った。
ソイソー → 醤油 soy sauce
シャイニングホワイトトライアングル → 塩むすび
ゴールデントライアングル → 焼きおにぎり