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最後の務め

 満月の夜だった。

 ランプの明かりに頼らなくても、辺りの様子が良く見えた。

 レジデンスハウスの自室を抜け出して、カロリーナは研究所の中庭を突っ切った。

 研究棟の明かりは消えている。静まり返った建物の中には、他に動くものはなかった。カロリーナは、ここ数日で集められるだけ集めた全ての資料を革の袋に詰めて殺菌灯の中に放り込んだ。最後に、書き上げたばかりの手紙もその中に放る。

 殺菌が終わると小包に束ねたその革袋を抱えて、カロリーナは村を出た。村の外れに検問所が設けられている可能性を考え、別の道を使った。村人に教えてもらった秘密のキノコ採取場所。その少し広くなっている場所の木の根元に、馬の鞍に付けてきた甕を静かに下ろした。きっちりと蓋をした甕の中には、発火剤が入った試薬瓶を何本も入れてある。

 再び馬の背にまたがると、その急斜面を駆け上がった。その斜面を駆け上って森を少し突っ切れば街道に出ることを、カロリーナは知っていた。巧みな手綱さばきで、彼女はその斜面を登った。

 ナシエラから一番近いトスカの町までの間は、馬を飛ばして40分。乗馬に慣れているカロリーナではあったが、今日はいつもとは違う。体が熱っぽくて重くだるい。疲労感がずしりと体に圧し掛かってきていた。

 しかし、トスカの町の城門門兵に、カラキムジア王宮への急ぎの郵便だと言ってその小包を託して、休むことなく来た道を引き返す。

 ますます体が熱を帯びているのが分かる。

 時間がない。と彼女は思った。

 ランプの明かりで照らされる自分の爪の色で、そのことを実感する。

 ナシエラの村人を1〜2週間前から襲っていた症状と同じだ。

 そしてそれは、実験室の中で行われていた実験と同じだ。

 マウスがどうなったか、イヌがどうなったか、サルがどうなったか、カロリーナは知っている。そしてそれがもたらす結果がどうなるのかも。

 数日前に、親友のセルカがどうなったのかも。

 ジョバンニ・クエントは、神の領域に手を出そうとしていた。フッサ草の成分でウイルスの増幅周期を自由にコントロールできることを利用して、既存の生物の遺伝子を自由に組み替える術を探っていたのだ。カロリーナを呼んでミシバロッキの研究をさせたのも、全ては自分の野望のため。

 そして…。

 休眠状態に入る前にセルカが言った。

「カロリーナ、きみの子供は流産なんかじゃない。でも、見なくて良かった。あれを見たら、きみは正気ではいられなくなる」

 カロリーナは、ギリリと奥歯を噛んだ。

 セルカが命がけで運び出した資料を、自分も命がけで繋がなくてはならない。

 たった今その役目を果たした彼女は、先ほど下ろした甕を再び馬の鞍に乗せた。 

 それがレイ・ソート家の娘としての最後の務めであった。

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