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研究所の仲間

「失われた手足がウォーターサラマンダーのように再生したらすごいと思わないかい?」

 皿の上のチキンを口に運びながら、セルカは向かいに座るカロリーナを見た。

 研究所の一角にあるレジデンスハウスの食堂である。

 研究所の研究員の全員が、2棟あるこのレジデンスハウスに居住している。近いとはいえ、ナシエラの町までは2キロほど離れているため、休みの日でも、多くの時間をこのレジデンスで過ごすことになる。病院を併設している研究所の敷地の中には、図書館やプール、スポーツジムなどがあり退屈はしない。もっとも、研究員の大半がいわゆる「研究の虫」で、休みの日でも研究室や温室で大半を過ごしているのだが。

「それはすごいと思います。でもそんなことが…」

「できるんだよ。いや、少なくともジョバンニ先生はそう思っている。そしてそれをやろうとしているんだ」

「ほんとうに?」

「あぁ。切断面に増殖能を持った細胞が集まってきたら、そこから再生が始まる。後は、設計図をどうやって再度開くことができるかなんだよ」

 セルカは、ナイフとフォークを置いて腕をカロリーナの前に突き出した。

「たとえば。たとえばここから先が失われたとする」

 言いながら肘の少し下を指す。

「ここに増殖細胞を集めて再生芽を作ったとして、この先にあったもの…橈骨(とうこつ)に尺骨に…掌や指だってある。それにもちろん、皮膚や筋肉、血管や神経が複雑に組み合わさってできていた複雑な組織だ。それを今までと全く同じ太さ、大きさ、長さで再生するのは容易なことじゃない。そのためには、発生の段階で使っていた設計図をもう一度参照しなきゃならない。それを開く鍵が見つかればいいんだ…もう少しなんだよ」

「何? 何がもう少しなの?」

 白熱したセルカの声は、食堂の端まで響いていたようだ。入口から入ってきた赤い髪の女性が、くすくすと笑いながら二人のテーブルまで歩いてきた。

「相変わらず大きな声ね、セルカ」

 高い位置で結わえられたゆるいウェーブのかかった髪が、歩くたびに弾むように左右に揺れる。ボタンを開け放した白衣の隙間から、髪の色と同じような真っ赤なミニスカートのワンピースが覗いていた。

「イリア」

 カロリーナが笑みを浮かべた。温室の管理者でもあるイリアは、カロリーナの大切な女友達だ。

「準備が終わったの。カロリーナ、温室に来てくれる? タークももうすぐ戻ってくるから」

「本当に行ってしまうんだな」

 セルカが、寂しそうな表情で言った。

「せっかく友達になれたのに」

 カロリーナも言葉をかぶせる。

 イリアは、セルカの隣の空いている椅子を引いてそこに座ると、

「そうね。でも最初から、ここには温室の立ち上げの間の一年の予定だったのよ。植物の状態もまだまだ気になるし、二人と別れるのも寂しいんだけど…。カラキムジア大学に研究室を立ち上げたばかりで、戻ってやらなくてはいけないことがたくさんあるわ」

 イリア自身もその葛藤の一部を吐露した。

「それは分かっているけど……夏のバカンスが終わるまでは、ここにいるのかと思ったよ」

「バカンスの間に、これまで放っておいた研究室の内装を整えなくちゃいけないし、今度は向こうの温室の整備もしないといけない。秋になる前に、ナシエラで採取した植物も温室に植えたいのよ」

「結婚もしなきゃならないしね」

 セルカの合いの手に、イリアの頬が髪の色に染まる。

「茶化さないで」

 バシッとセルカの肩を叩いて、イリアが口をとがらせた。

「結婚式の日、決まったんですか?」

「一応ね。でもまだまだずっと先よ」

 カロリーナは、イリアからその恋人の話を何度か聞かせてもらっていた。

 騎士の中でも特に街の治安を守るために働く騎士たちを警吏騎士と呼ぶが、彼女の彼氏はその警吏騎士だ。正確には、警吏騎士を目指していると言った方がいい。

「彼氏、警吏騎士なんだろう? すごいよな」

「すごくはないわよ。警吏騎士とはいっても、彼はどちらかというとデスクワーク主体だから。上級騎士になるのにだいぶ苦労したのよ。カロリーナのお兄様のように腕が立つ方が羨ましいわ」

 騎士が国の根幹を担うドレイファスでは、デスクワーク主体の警吏騎士といえども、中級騎士に叙任されるのが最低限の採用資格だ。中級騎士の資格は、剣に限らず弓でも徒手でもいいのだが、そう簡単ではない。法律の知識や捜査の手順など、特殊な知識が必要とされる警吏騎士になるためには、採用された後、さらに一年の専門教育を受けなくてはいけない。イリアの彼氏は、そのための教育機関があるリオネの街に住んでいるのだ。

 イリアから向けられた言葉に、カロリーナは小さく微笑んで答えた。カロリーナにとっても、若くして王宮騎士を務めるバルディスは、自慢の兄だった。

「彼がカラキムジアに戻ってくる来年の秋に、結婚しようと思っているの」

「秋?」

「そう。10月くらいかしら。私の故郷のマロニアで」

「キールの王都ですね」

「来て、絶対」

 カロリーナは、キール王国領には行ったことがない。秋の紅葉がとてもきれいなところだと、以前、兄から聞かされていた。

「もちろんです」

 まだ見ぬマロニアの紅葉に、カロリーナの期待は膨らんでいた。

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