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王太子殿下の妹分  作者: みあ
番外編
4/6

王太子殿下は自覚する 後編

 それは、姉上の第一子出産後久々の集まりでのことだった。

 気晴らしにと妊娠中も時折開かれていた茶会ではあったが、さすがに姉上のことを一番に案じるアルトベルンは出産後はしばらく控えるように進言していたようだった。

 茶会にもならない規模の面会はもちろんしていたし、甥との初対面はすでに済んでいた。産後の姉上を気遣うアルトベルンに調整されたごくわずかな時間ではあったが。

 そのように茶会の参加者はおそらく各々が姉夫婦の赤ん坊と対面したことがあるのだろうが、一堂に会するのは久々のことであった。

 いつもの会場に新たに設けられたゆりかごに眠る幼子を囲みながら、我らは静かに再会を祝した。

 場にいるのは主催者である姉上とその夫のアルトベルン。今では他家へ嫁いだアルトベルンの妹のアデレイド。タイニット家のレイノルドとソフィー。それから俺と双子の弟のリック、末弟のバートだ。

 これだけの人数が一度に集まるのは今では珍しいことだ。

 まず、アデレイドは婚家に気兼ねして実家へ顔を出すことを控えている様子だ。

 それから城に出仕をはじめたレイノルドは、王子たちと私的に関わることを良しとしないようである。公的には親戚であるルガッタとも少し距離を置いている様子を見ると、権力闘争から離れていたいのかもしれない。あるいは、自らの力で立場を築きたいのだろうか。

 そして、数年前まではほとんど行動を共にしていた俺の片割れのリックは、今では別行動も増えた。王太子である俺の目の行き届かない部分を補佐するのが自分の役目だなどと嘯いてあれこれ動くのが半分、俺より責任重くないのをいいことに残りは趣味に費やしているようだ。

 さらに幼い末弟バートでさえ、近頃は本格的な教育が始まった様子で時折ぼやいている。

 相も変わらぬ様子なのは、いつものようににこにこしているソフィーだけのように見受けられた。

 ただ、常ならば茶菓子を摘まみながら相づちを打つばかりの少女は、赤子が気になる様子であった。今日ばかりは菓子にはほとんど目もくれず、我が甥っ子を飽きもせず眺めている。

 ソフィーが席を立ったのはいつもの腹ごなしではなく、甥が退席したからであった。

 理由がいつもと違っていても、俺が散策に付き合うことには変わりない。

 これだけ長いこと会わなかったこともそうはない。久々にどんな話を聞かせてもらえるだろうと考えていた俺が衝撃を受けたのは、建物から庭に出たときのことだった。

 これまでも、耳目のある建物内で何か話すということは少なかった。だから、庭に出てしばらくして彼女が口を開くことはだいたいいつものことだった。

 だが――。

 神妙な顔で「殿下」と口を開いたソフィーが、

「お忙しい方にいつまでも私の散策にお付き合いしていただくわけにはいかないと思うんです」

 そんな風に言うのは予想外だった。

「何だ、ソフィー。お前にそうされるのは気持ち悪いな」

 俺は思わず顔をしかめ、反射的に口にしてしまった。

 ソフィーが目を見開いておろおろするのを見て口がすぎたと反省はしたが、気持ち悪いは言いすぎでも彼女に丁寧な口を利かれるのには違和感が拭えない。

「で、でも、あまり殿下の温情にすがるわけにはいかないと、その」

 らしくない口振りは、出会った頃ほどではないもののやはりたどたどしい。

「――そう、誰かに言われたか?」

 いつも生き生きとしているソフィーらしからぬ様子に、裏で糸を引く誰かの姿は容易に想像できる。素直な彼女の反応から、そう確信した。

「レイノルドか」

 明らかに挙動不審になるソフィーには嘘はつけないとみた。俺はやれやれと嘆息した。

「あいつが茶会に来るのも久々だものな。改めて、王太子に馴れ馴れしくするのは好ましくないとでも言われたか?」

「不敬に不敬を重ねるような真似はしないようにと言われました」

 予測は簡単に事実と判明したが、ソフィーはさらに続けた。

「それに、家庭教師の先生にも、あの。淑女としてきちんと振る舞うようにと言われました」

 恐る恐る告げられた言葉に、思わず目を見張る。

「淑女――か」

「そうです」

 すました顔を取り繕ってうなずくソフィーも、思えば末弟と同じ十二歳か。

 会わない間に弟と同じような本格的な教育が始まり、改めて身分の差を意識したというわけなのだろう。

 俺は、ソフィーの頭をぐしゃりとかき混ぜてやった。続けてよしよしと撫でてやる。

「お前の兄も、家庭教師も正しい」

 戸惑った顔でこくこくとうなずくソフィーは、言葉の内容に反して親密な行動にどうしていいか分からないようだ。

「ただ、以前も言ったろう。この場には俺たちしかいない。他ならぬ俺が咎めないのだから、お前はいつものようにするがいい」

「でも……」

 ソフィーはためらうように口ごもった。

 だが、基本的に素直で純真な彼女を言いくるめるのは簡単なことだ。

「お前と過ごすのは俺にとって息抜きになっているんだ。そんなにしゃちほこばって構えられたら、気疲れしてしまう」

 俺はあまり弁の立つ方ではないが、簡単な説得にソフィーはあっさりとほだされてくれる。

「エセルお兄さまがそう言うのなら」

 すんなりうなずいて、いつものように満面の笑みを彼女は浮かべた。

「私も、エセルお兄さまと過ごすのは楽しいから、そう言ってくれてうれしいな!」

 先ほどまでが嘘のような笑顔の彼女を見ると、こちらまでうれしくなってしまう。俺はそうかとうなずいて、もう一度ソフィーの頭を撫でてやった。




 そんなわけで妹分との憩いの時間を守ることに成功はしたが、このことは俺の心にわずかなしこりを残した。妹のようにソフィーを構う時間を大事に思っていたのだが、それが永遠に続くものではないと意識したのだ。

 姉の夫の従妹という関係は、限りなく他人に近い。たとえ自分が妹のように可愛がり、あちらが兄のように慕ってくれていたとしても、些細なきっかけで絆は断たれてしまうだろう。

 ルガッタ家出身のアデレイドでさえ、嫁いでしまえば実家に足を向けることが少なくなったのだ。ソフィーがいずれどの家に嫁ぐにしろ、実家でもないルガッタに今のように顔を出すことはなかろう。

 その頃であれば社交界に顔を出しているのであろうが――今のように気安く言葉を交わすことは叶うまい。

 ソフィーの隣に誰が立つにしろ、妻が王族と親しいと知ればその者が欲を出す可能性が高い。なればこそ、より公の場で親しくするわけにはいかない。

 夫が妻を出世の足がかりにするような者だと知れば、彼女は悲しむだろう。

 我らの関係はそういう欲得ずくで築いたものではないのだからなおさらに。

「何を言ってるんですか」

 一日の終わりに部屋でゆっくりしていたところに先触れもなしに訪れ悩みがあるなら聞きますよなどと言って無理やり人に話させたくせに、呆れたような顔で俺の言葉を聞いていたリックは最後に冷めた口振りで言い放った。

「あの子はバートと同い年でしょう? 彼女が結婚するとしたら、早くても五年ほどは後ですよ。その時僕らがいくつだと思ってるんです」

 俺が頭の中で計算しているうちに、リックは頭を左右に振る。

「心配せずとも、あの子が嫁ぐ前にエセルには妃がいるはずですし、そうそう妹分に構っている暇なんてないはずです。よその娘に目をかけていたら、ご自身の妻が黙ってないのじゃないですか?」

「妻、か――妻……なぁ」

「貴方は王太子なんですからね。早く身を固めてくれないと周りが困るんですよ」

 あまり現実的なこととは思えないのだが、リックの指摘は正しい。

 国を継ぐ者の務めとして、次代を設けることは重要だ。

 ただ、俺の場合は他ならぬ双子の弟であるリックがいる。そこまで必死にならずとも何とかなるのではないかという気がしている。

「エセル」

 なのだが、それを悟ったかのようにリックは目を細めた。

「今貴方、ろくなこと考えていないでしょう」

「そうでもないと思うが」

 リックは疑い深そうにこちらを見ている。

「まったく、思い詰めた顔をしてなにやら考えていると思ったら、妹分のこととは。珍しく懐いてもらったからって可愛がっているのは知っていましたけど」

 こちらが答えないと見て取ったか、嘆息混じりにリックは漏らし、やれやれと頭を振る。

「ずっと関わりを持ちたいのでしたら、バートと仲を取り持ってやってはどうです? 年も一緒ですし、家柄も問題ありません」

「バートと、だと?」

「弟の妻ならば、義理とはいえ妹ですよ」

 さらりと提案してきたリックを、俺は思わず睨みつけた。

「それはそうだが、バートでは頼りにならないだろう。あれはまだ幼い」

「まだ幼いのですから当然です。僕らだって、あの年齢ではあんなものでしたよ。ですから数年もすれば、当然バートも成長しますよ」

 しらけた目線をこちらに向けながら俺に告げるリックは冷静そのものだ。

 成長ねえと、俺は弟の姿を思い浮かべる。ヤツも昔に比べて丸みは減り確かに成長の兆しはあるが、バートはまだまだ無邪気に姉を慕うようなお子さまだ。

 同じように幼いソフィーを隣に並べても、頼りないばかりで不安を覚えるに違いない。

「もっと頼りがいのある大人の男がソフィーには見合うのではないだろうか」

 度が過ぎるほどではないが、ソフィーは少しばかりお転婆だ。気を使う相手がいる場では大人しくしていられるが、それではいきいきとした彼女の魅力をあまり感じることが出来まい。

「エセル」

 少々の失敗など笑って許せるような包容力のある者はどこかにいるだろうか――そんなことを考えていると、リックが鋭く俺の名を呼んだ。

「貴方、まさか……」

 すうっと細められた眼差しが、こちらを射抜く。そのくせ、声は恐れおののいているかのように震えて聞こえる。

「なんだ、その目は」

「あまり女性に興味がなさそうに見えていましたけど……」

 こっそり言ったようなつもりだろうが、リックの声はしっかり聞こえていた。

「突然何の話だ?」

 睨みつけるとリックはごくりと息をのんだ、

「いえ、双子の兄が幼女趣味なのではないかと気付いて、少々動揺しました」

「は?」

「バートより自分の方が彼女と似合いだと言っているように聞こえましたが?」

 よ、幼女趣味、だと……ッ?

 言うほど動揺しているようには見えない冷静そのもののリックにそんなことを言われて、俺の方が動揺してしまう。

 愕然と見つめる双子の片割れは、こちらの反応を観察している。

 こちらを見透かそうとでもするような視線に、本当に見透かされそうな気がしてしまう。

 目をそらした先には窓があるが、分厚いカーテンに遮られた先は夜空しかあるまい。その側のろうそくの火が生み出す影が俺の気持ちを代弁するように頼りなく揺れていた。

「な、何をバカなことを……」

「そうですか? 身内以外に初めて女性に興味を持ったと思っていたのですが」

「女性って――あの子は、まだ子どもだぞ? それに、妹のようなものだ」

「その子どもも、あと数年もすれば立派な女性ですよ。今でも大変愛らしいお嬢さんですし、成長すればますます磨きがかかるかもしれませんねえ。その上、王女の嫁いだ次期公爵の従妹となれば、惹かれる者は多くなるのではないでしょうか」

 そんな風に言われて、思わず想像してしまう。

「待てッ」

 バートの年頃で有力な家の者というと、と頼みもしないのにリックが指折り数えようとするのに思わず制止の声をかける。

「権力者に近づくためにソフィーを利用するような男に彼女を任せられるか?」

「選ぶのは赤の他人の貴方ではなく、彼女のお父上ですよ」

「それはそうだが」

「心配せずとも、そういう輩はレイノルドが露払うと思いますけれど」

「いや、タイニット伯もレイノルドもルガッタと距離をとっているじゃないか。露払う以前にルガッタに近づきたい人間がソフィーに目を付けるか?」

 ふと思い当たった事実にほっと息をついたところで、

「であれば、彼女の求婚者は真実あの娘に惹かれた者かもしれませんから、安心ですね」

 こちらをからかう気満々の笑みを浮かべながら、リックは平然と言ってのける。

「うちのバートはどうでしょうと今度レイノルドに打診しておきましょうか。幼いうちから親しくしておけば、結婚してもうまくやっていける気がしますし」

「なぜそんなに話を先に進めようとするんだ?」

 俺はぎりと奥歯をかみしめた。

 姉上至上主義のバートはいつも姉上に話しかけることに必死で、これまでソフィーと関わりと持ったことなんてそうはないはずだ。

 だが、リックが「姉上が可愛がっているソフィー嬢を妻にすれば、きっと喜びますよ」なんて耳元で囁けば、どうなるか。

 一度興味を持てば、バートは彼女に夢中になる――そんな気がした。

 そうなればどうなるのか、あまり想像したくない。

「ソフィーもバートも、まだそういう年ではないだろう!」

「物心つく前から婚約者がいることなんて、よくあることだと思いますけど。母上だって、幼い頃に婚約したのだとかおっしゃってたでしょう」

「それはそうだが」

「僕らがそれを免れていたのは単にどちらが国を継ぐかわからない双子にそれぞれ婚約者をあてがってしまえば、後々面倒くさいことになるとかそういう理由でしょう」

 理路整然と述べられたら、ぐうの音もでない。俺は恨みがましくリックを見るしかなかった。

「――王太子殿下にはできれば一刻も早く、有力な後ろ盾を持った妃を娶っていただきたかったんですけどねえ」

 わざとらしく丁寧な嫌みたらしい口調でリックはぼやいている。

「七つも下の小娘がいいとか、何考えてるんですか」

「俺は別に何も言ってないだろう」

 リックはしらけた様子で俺を一瞥し、顔を逸らすと大げさなため息を漏らす。

「自分では言ってないつもりなだけで、ソフィー嬢を他に渡す気はないと明確に意志表示していますよ。あーあ。少なくとも、数年は身を固めないとなると、まだまだ周りはうるさいでしょうねえ、兄上」

「どうしてそう決めてかかるんだ」

 普段は呼ばない呼び方をするリックは、言いたいことがたくさんありそうだが、それはこちらだって同じ話だ。

 勝手に人の気持ちを決めてかかった上で文句を付けられるなんて冗談じゃない。

「周囲の圧力に負けて適当な正妃を立てたあとで、成長したソフィー嬢を見て後悔しても遅いのですよ。エセルがうまく正室と側室の仲を取り持てるなんてとても思えませんからね。よほどのことがない限り、側室は持たない方がよいでしょう」

 母上のようにうまく側室とやっていける正妃なんてそうそういませんよ、などと続けるリックの言葉には、一応うなずけるものはあった。

 確かに、俺にはきっと多くの女を渡り歩けるような甲斐性はない。

 そうできる素質があるならば、今頃妃の一人や二人いてもおかしくないはずだ。我こそはと名乗りを上げて周りを取り巻くものは多いのだから――ただ、俺ではなくその背後の肩書きを見ているようにしか思えなくて、据え膳を頂くような気にはとてもなれなかったわけなのだが。

 王妃たる母上がうまくやっていてもなお苦労されている節のある父上を見ていれば、なおさらきちんとせねばと思うのだ。

「どうするにせよ、早めに心を決めることをおすすめしますよ」

「そうだな」

 王族男児であれば妃や子の一人や二人いてもおかしくない年齢になっていることは、一応理解している。いきなり親切ぶって話を締めにかかるリックに俺は一つうなずいた。

「お前、自分が早く結婚したいからそう言うんだろう」

 だけど、どうしても突っ込まずにはいられない。

「わかってるのなら、早く誰かと身を固めていただきたいものですよねええ。王太子殿下がどうにかならないと、微妙な立ち位置にいる双子の弟は身動き取りにくいんですけどー」

 長年想い人にのらりくらりと逃げられているリックの恨みがましそうな声に溜飲を下げて、俺は片割れを自室から追い出した。




 幼女趣味だなどと言われてはものすごく認めがたいものはあったが、最終的にリックの指摘が正しいと俺は結論づけざるを得なかった。

 俺はソフィーに邪な思いなどを抱いたことはなかったし、幼女趣味では断じてないのだと身分を隠して幾度か孤児院に慰問し様々な年齢の子どもを見て確認もしたのだ。

 下は赤子から、上は十四、五あたりの子どもたちだっただろうか。

 男女入り交じった子どもたちの大半は、貴族にしか見えない見慣れぬ俺を遠巻きにしていたので濃密に関わったとはとても言えない。それでも難しいことを知らぬ幼子たちは構わず突進してきた。

 試しに少しばかり遊んでやろうと思っても何をしてやってよいのかわからない。

 ソフィーと初めて出会った時も仕方なしに相手をしてやっただけで、別に好き好んで宥めてやったんじゃないのだよなと思い出したところで、俺は幼女趣味ではないのだと安心した。

 そういう輩は、きっとソフィーのように愛らしい娘に出会えば手を出したいと思うに違いない。そうでない俺は、普通なのだ。

 姉上が妹であったとすればきっとソフィーのようだっただろうというような、そんな気持ちで彼女を構いつけているのだと俺は自分に言い聞かせた。

 ――その次に彼女と会った時に、そうとは言えなくなったのだが。




 問題のその日、姉上のお茶会には主催の姉上の他に俺とソフィーしか参加者がいなかったのは、リックあたりの策略ではないかと俺は見ている。

 こぢんまりとした集まりでは、ソフィーはやはりいきいきとしていた。

 人の顔を見てはにこにこと笑う赤子を彼女は飽きもせず眺めながら、あれこれ話している。そんな彼女に、せっかくだから姉上が抱き上げてみてもいいと姉上は言った。

「もう首も据わっているから大丈夫よ」

「じゃあ、ちょっとだけいい? フィーアお姉さま」

「もちろん」

 ソフィーが恐る恐る手を差し出すと、姉上はにこりとする。

「片腕で頭を支えてあげて、そう。反対側でお尻を持ったら体に引き寄せて――うん。それで大丈夫」

「わあ、こんなに軽いんだ」

 体の小さい赤子を抱き上げると、体格差の分ソフィーはずいぶん大きく見えた。

 そして、慈愛の眼差しを甥っ子に注ぐ横顔は思いの外大人びていた。

「これでもずいぶん重くなったのよ」

「前に見た時より、大きくなってるもんね! ほっぺもふっくらしてるし、目元はお姉さまに似てるのかなあ。お口はアルト兄さまに似てると思うんだけど」

「うーん、どうかしら。自分ではよくわからなくって」

「どう思います?」

 ふっとソフィーが顔を上げてこちらを見て、はっと我に返る。

「いや……どうだろう。前より可愛くなっている気がするが」

 何でもないように口では答えながら、俺は動揺していた。

「うわあ、前が可愛くないような言い方をするなんて」

 頬を膨らませるソフィーはもう子どもにしか見えなかったが、先ほどは違って見えたのだ。

 なにやら心臓が跳ねているような気がして、気を落ち着けるためにカップを傾ける。それでも動揺がすぐさま収まりそうになかった。

「……だってそうだろう? 最初なんか、真っ赤な顔をしてしわくちゃだったんだぞ」

 混乱のあまり、優しい姉上はともかく初めての子が可愛くてならないらしい義兄に聞かれれば何を言われるかわからないことを俺は言ってしまう。

 なぜならばその時に、俺は自覚してしまったのだ。

 リックが指摘したように、きっと自分はソフィーを他の男に渡したくないと感じているのだと。

 姉上がよき伴侶を得て、授かった我が子を抱く姿は素直に祝福できた。だが、おそらくソフィーのそれは祝福できはしない。そう確信じみて思った。

 俺の知らぬどこかで、他の男の子を抱いて、今のような顔をしてほしくない。俺のすぐ側、目に見える場所でこそ、そうしていてほしい――そうであれば、何よりも俺自身が幸せに感じるだろう。

「前からちっちゃくて可愛かったのに、おかしなおじちゃまですねえ~」

 甥っ子を抱いたままのソフィーは俺の心中の変化を知るはずもなく、生意気なことを呟きながら同意を求めるように赤子に鼻をすり付けた。

 ご機嫌にきゃっきゃと笑っていたのに甥っ子はそこで突然泣き出して、途端に慌てるソフィーを俺は笑ってやった。

「その子は俺と同意見のようだぞ?」

「そんなことないよ!」

「おなかが空いたんじゃないかしら」

 俺にかみつくソフィーから慌てた様子もなく子どもを受け取った姉上は、赤子の口元で指先を振りながら言うと「少し席を外すわね」と授乳のために部屋を出ていく。

 愛情深い姉上は乳母の手をほとんど借りずに自ら我が子を育てているのだ。

「ほら、おなかが空いたからだって」

 扉の閉まる音を背に勝ち誇ったようにソフィーは胸を張る。

 自覚を得てもお子さまとしか思えない彼女にすぐさま邪な思いを抱くわけでもない自分に安堵した。

 やはり、俺はけして幼女趣味ではないのだ。

 今はまだ擬似兄妹のような関係であればいい。これまでのように、からかうと大げさに反応するソフィーの頭を撫でているだけで十分だ。

 だがいずれ彼女が成長した暁には、年嵩の兄貴分を選んでもらえるように策を練るべきだろう。

 時折共に過ごすだけで癒しになる彼女にずっと側にいて欲しいと思うならば、失敗は許されない。

 まずは自覚するきっかけを与えてきたリックを味方にするべきかと計算しながら、俺はとりあえずぶうぶう文句を言うソフィーを宥めにかかった。

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