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王太子殿下の妹分  作者: みあ
番外編
3/6

王太子殿下は自覚する 前編

 次の予定までの合間、気晴らしに外に出たときのことだった。

 ここで聞こえるとは予想もしていなかった子どもの泣く声が聞こえた。

「うわあん!」

 国一番の広さを誇る大教会は常ならば多数の人出があるが、今日に限っては例外だ。

 なぜならば、姉上の結婚式があるからだ。

 本人のご自覚は薄いが姉上は人気のある方だ。国王陛下が溺愛する唯一の王女であり、その美しい絵姿は城下にて以前から高い人気を誇っていると伝え聞いていた。

 長く病に伏せっていたが奇跡の回復を遂げた――そういう触れ込みの姉上は、今では以前に増して人気のある方なのだ。

 だからこそ、式に参列する人間は厳選に厳選を重ねたし、教会の周囲も厳重に警戒する手はずになっていた。

 それゆえに、ここで子どもの泣き声が聞こえるなどおかしい。俺は不審に思いながらも、声の主を捜すことにした。

 正装を汚さぬように気を付けながら茂みの間を通り抜け、木々の間を覗くとそこには桃色の固まりがあった。

「せっかく……だったのにッ」

 俺の接近に気付きもせずに肩を揺らすのは、ドレスを身に纏った年端もいかぬ少女だ。

「どうした?」

 ひっくひっくと泣いている少女に、俺は声をかけた。

 だが、泣いてしゃっくりをあげる少女は答える言葉を持たないらしい。怪我でもしたのかと少女を観察した俺は、泣いている原因に気づいた。

 少女は黒い髪をピンクのリボンで結び、同色のドレスを身に纏っている。

「ああ……ドレスをダメにしたのか」

 見れば、そのドレスのスカート部分が所々汚れ、裂けているようだとわかったのだ。

 少女は「うわあん」とわめいた。

 思った通り、ドレスがダメになったことでここまで泣いていたらしい。裂けた布地には土埃やら葉っぱやらがついている――どうしてドレス姿で茂みの奥までやってきたのか俺にはさっぱりわからないが、感動的な姉上の結婚式でも子どもはつまらなかったのかもしれない。

 そして、披露パーティまで時間があるとくれば、外で騒ぎたくなるのも道理と言えるか。

「そうか、そうか――うん、それは悲しいな」

 少女はしゃっくりをあげながら、「初めてのドレスが」だの「せっかく作ってくれたのに」だの「お姫さまみたいだったのに」だの嘆いている。

 それはお前が後先考えずに遊んだからじゃないかと指摘したくてたまらなかったが、それをして余計に泣かせるのは面倒に思えた。

 誰かがやってくれば後を任せられるのに、あいにくと誰もやってこない。

 仕方なしにとにかくうんうんうなずいてやりながら頭を撫でてやっていると、しばらくしてようやく涙が止まってきた。

 ハンカチで涙を拭ってやると、大きな青い瞳が見える。

「あ、あり、がとう、おにいさん」

「ああ」

 つっかえつっかえで礼を言われて我ながら素っ気ない返事を返してしまったと思ったが、少女はにっこりと微笑む。

 これも何かの縁だと代わりのドレスを用立ててやったのは少女の瞳の色が姉上のものにそっくりだから、なんとなく見捨てるのに忍びなかっただけのことだった。




 その後、再び出会うことがそうはないであろうと考えていた年下の少女に再会したのは、姉上が主催する茶会でのことだった。

 遠慮がちに「お茶会を主催する練習をしたいの」と文を下さった姉上の招きを我ら兄弟が断れるわけがない。

 長く離れて暮らしていた我ら兄弟は、とにかく姉上のことを慕っているのだ。

 夫を支えるために慣れぬ社交に努めようとする姉上の努力はいじましい。そのはじめに、慣れた身内を招くのはどうなのだろうとは思ったが、それで姉上が次への勇気を持てるのであれば協力せぬ訳にはいくまい。

 手みやげを携えて向かったのは、姉が新たに住まうことになった屋敷だ。

 我が国一と名高いルガッタ公爵家の屋敷とは同敷地ではありながら、その後ろに隠れるように建てられた別邸である。

 元は数代前の公爵が愛人を住まわせたのがはじまりだなどという曰くを聞いた時は気に入らなかったが、姉上を溺愛する夫が妻のために改装したという触れ込みであるからそこに不足があるわけがないはずだ。

 降嫁した王女の住まいとはとても見えないような簡素な外見と大きさは、きっと長く城を離れて育たれた姉上のお心が落ち着くものなのだろう。

 そう自分に言い聞かせながらたどり着いた茶会の会場には、姉上を含めてすでに先客がいた。

 姉の夫であるアルトベルンや彼の妹のアデレイドがいることは想定していたが、そこには彼の従兄弟たちもいた。

 いつ公爵の跡を継いでもおかしくないアルトベルンのかなり年の離れた従妹――それが、姉上の結婚式で俺が出会った少女なのだった。

 にこにこと我々を出迎えてくれる姉上は、以前に比べていきいきしているように見受けられる。

 そんな姉上からやや離れて座っている少女は、すこしばかり居心地が悪そうだった。もぞもぞしているのを隣に座る兄がたしなめている。

 姉上はそんな少女を微笑ましそうに見たあとで、俺ににこりと笑いかけてくださった。

「私たちの結婚式の時、貴方が泣いていたソフィーちゃんを慰めてくれたんですって?」

「え、あ……はあ」

 屈託なく自分に話しかけてくれる姉上が貴重で、俺は呆然とした。

「とってもうれしかったからお礼状を差し上げたいって彼女が言っていたんだけど、せっかくなら直接お話しした方が気持ちが伝わるんじゃないかと思って」

「そう、ですか」

 呆然としたまま、俺はちらりと少女を見た。

 どうすればいいかと夫に相談をしたら、内々で茶会を開けばよいのだと助言をもらったのだと姉上は続けている。

 名指しされた少女はなんというか、いたたまれないような顔をしていた。

 彼女が初めて作ってもらった大事なドレスを失態でダメにしてしまったことは、一応はなかったことになっているはずだ。面識のあった彼女の兄を巻き込んで代わりのドレスをあてがい、小理屈をこね回してそういうことにした。

 どのように少女が姉に俺への謝意を伝えたか不明だが、もしその場で泣いていた理由を伏せているならばその表情にも納得がいく。

 タイニット伯爵家の嫡子であるレイノルドが妹を促すが、彼女はただもじもじするだけで言葉がないようだ。

 戸惑ったような青い瞳があちこちをうろうろしている。

 思えば、出会った時に泣きやんだ後屈託なく微笑んでくれた少女は俺の素性を知って驚いて固まっていたなと思い出す。

 伯爵家の娘なのだからそこまで萎縮しなくてもよかろうと思うが、なんにせよ幼い少女なのだ。年上の王族を前にすれば緊張するのだろう。

 この場にいるのは俺だけではない。弟たちも一緒だからなおさらだ。

「ソフィー、エセルさまは見た目はこうですが、貴女を慰めてくださったくらいには優しい方ですよ」

 アルトベルンがフォローになっているのかいないのかわからないことを言うので、俺は彼を睨みつけた。そんなものなど気にしないのは当人だけで、伯爵家の兄妹はびくりとする。

「アルト……お前は俺に何か思うところでもあるのか?」

 ああ、姉上さえも心なしか身を引いていらっしゃる。そのことに少々苛ついたが、俺は気持ちを宥めながら努めて穏やかにアルトベルンに問うた。

「可愛い従妹を王太子殿下がお慰めくださったことを感謝していますよ」

 それが、溺愛する姉上以外は比較的どうでもいいものとしているアルトベルンの言葉とは一瞬信じられなかった。

 だが。

 「そうですよねえ」と同意を求められて姉上がそれにうなずいたのを見て悟るものはあった。

 ソフィーの話を聞いて喜んだ妻に追従しているのではないだろうかと。だけど、そんなに簡単に懐柔されるような男ではないから、俺があの時感じたように姉上によく似た瞳の色を持つ従妹を一応は本当に可愛く感じているという可能性もある。

 ともあれ、俺は自ら少女に近づいた。少し身を屈めて、以前したように頭をぽんと撫でてやる。

 真っ正面から瞳をのぞき込むと、少女の頬は赤く染まった。

「あ、あの、えっと……せ、先日は、ありがとうございましたっ」

 たどたどしく誰かに仕込まれたらしい言葉を口にする様が微笑ましい。

「別に大したことはしていない。あれから、問題はないか?」

「はい、あの、えっと」

 ソフィーは何かを伝えたそうだったが、横にいる兄が妹が失言するのではないかと神経をとがらせている様子だ。

 まごまごしている少女を見ていると、自然と口の端が上がる。何が言いたいのかと興味が沸いた俺は彼女をこの場から連れ出すことにした。

 レイノルドは妹が何か粗相するのではないかと反対したが、初対面で特大の粗相を目撃した俺からすれば何の問題もない。下の弟と同じ年の娘の言動にいちいち目くじらを立てるほど俺は狭量ではないつもりだった。

 なにせ、末弟のバートは時折癇に障る物言いをするのだ。

 レイノルドが助けを求めた従兄アルトベルンが俺の意見に賛同する姉上にあっさり迎合したのもあって、俺は弟たちの好奇心を背に受けながらソフィーを庭に連れだした。

 彼女が言いたかったのは、あの日のドレスはどうにもならないと思っていたのに修繕できたので、持って帰るように言ってくれてよかったというようなことだった。

 修繕の手はずは兄にこっそりと整えてもらったのだとか、元の生地と同じものがなくて少し形は違ってしまったのだとか、そういうようなことをつたない口調で伝えてくれた。

 遠回りで結論の見えない話を慣れない敬語で話そうとするから余計につたない話しぶりに、

「どうせこの場には俺たちしかいない。咎めたりしないから、話したいように話すがいい」

 俺は思わずそんなことを言ってしまった。

 その後、再び茶会の場に合流して時を過ごした俺ではあるが、まさか姉上がそれからも内々でほぼ同じ参加者の茶会を開くようになるとはその時は予想もしていなかった。




 ソフィー・タイニットは、黒髪に青い瞳の娘だ。

 父は公爵家出身ではあるが、彼女自身は伯爵家の身分。ルガッタ公爵家の次男であった彼女の父が、娘ばかりで後継者のいない伯爵家に婿入りしたのだ。

 父親同士がやや年の離れているルガッタ家の兄妹とタイニット家の兄妹は、やはり少しばかり年が離れている。だというのに仲良く交流しているのだから、両家の仲は良好なのだろう。

 ソフィーは屈託なく、従兄弟たちに妹のように構われていた。

 ルガッタ家とタイニット家、それから我ら王家の兄弟は、姉上を中心にして幾度も集った。

 はじめは覚束なかった主催の姉上は、身内ばかりの集まりとはいえ数をこなすうちに会を催すことに慣れたご様子だ。

 ルガッタ家の面々の助言を受けながら、少しずつ未来の公爵夫人としての人脈を築こうとされている。

 それはそれとして、息抜きになるからと時折いつもの会を開いていらっしゃった。皆、忙しい身でであるからして、全員が集まることこそまれではあったが、少なくとも三人はいつも集っているようである。

 そう俺に教えてくれたのは、主催の姉上ではなく毎度居合わせるソフィー嬢だった。

 幼い彼女は他には取り立てて用事もなく、慕う従兄の妻――つまりは姉上も、実の姉のように慕っているようで、毎度の茶会に喜んで参加しているようだ。

 女同士であるため気安いのか、姉上は彼女のことを実の弟以上に可愛がっているのではないかと思えることすらある。

 よく笑いよく喋る少女は愛らしく、俺でさえ妹のように思えるのだから、それも仕方ない話かもしれない。

 参加者の少ない時にはよく喋る少女は、人数が多い時には割合おとなしい。茶菓子を一つずつ食べながら、にこにこと会話に相づちを打っている。

 そうして、程良く腹が満たされた頃に、彼女は腹ごなしにと庭を散策するのが習慣だった。俺はその散策に毎度付き合っている。

 二度目の茶会でそうしたのは、最初に出会った時の失態が脳裏によぎったからだった。結婚式に浮かれてドレス姿で茂みに突撃した少女が、再び同じ失態を犯さないのか気にかかったのだ。

 以来、俺は彼女の散策に付き合ってきた。

 「お前は何をするかわからないからな」などと毎度約束事のように口にしながらも、ソフィーに付き合っている真の理由はそうではない。

 咎めたりしないから話したいように話すといい――その言葉を素直に受け入れて、姉上を「フィーアお姉さま」と呼ぶように俺でさえ「エセルお兄さま」などと呼んで屈託なく話してくれる少女と過ごすのが単純に楽しかったのだ。

本編扱いの前の話に比べて登場人物がやたら増えていて申し訳ないです。

詳細がわかるかどうかはわかりませんが、増えた人物の大半は「魔女の娘の秘密」にも出ておりますので、ご興味がありましたらぜひそちらをどうぞ。(本作ですでにネタばれしている上に読むのに時間がかかるだけで、情報量はそんなに増えない予感がとてもします……)

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