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王太子殿下の妹分  作者: みあ
本編
2/6

後編

 彼にエスコートなんて、これまでされたためしがない。

 並んで気ままに庭を歩くだけでも幸せだったのに、まさか腕を絡めて歩ける日が来るとは思わなかった。

 らしくなくめかし込んできたから、気を使ってくれたのかなあ。

 だけど、衆人環視のもとでこんなことされても素直にうれしいと感じることが残念ながら出来ない。

 扉を出たところで合流した護衛騎士が露払いはしていくけれど、行く先々ですれ違う人たちが王太子殿下の横にいる私を見て驚いている。

 見慣れない小娘に胡乱な眼差しを向ける人もいた。

 こんなに注目を浴びているのに横の人は平然としている。いちいち驚かれるのは、女嫌いだとまで噂されている彼が女性をエスコートすることが珍しいからではないだろうか。

 えっ。それって……社交デビューもしていない伯爵家の小娘が、恐れ多くも王太子殿下にエスコートしていただくとか、ものすごく問題があるのでは。

 近々やってくるデビューの日が改めて不安になってくる。

 いろんな方に「あれは先日王太子殿下にエスコートされていた娘」と指さされ、上位の方々に「伯爵家の分際で」と厭われる羽目になるのでは――うわあ、怖いなああ。

 カティアお姉さまに今日とは違う感じに装ってもらって、別人のふりをしたら大丈夫かしら。ついでに元は公爵家の義姉の近くにいれば、うかつに身分を理由に蔑まれることもないかなあ。

 なんてなことを考えながら、黙って歩き続ける。

 時々突き刺さる視線は煩わしいけれど、彼と並んで歩くのは嫌いじゃない。一言もしゃべらなくても苦痛じゃないのは、私が彼を大好きだからなんだろう。

 義姉が見繕ってくれた外出着はいつもよりぐっと大人っぽいし、彼が身につけるのもいつもよりずっと上等なきっと王族のための執務服で、どこかくすぐったいような違和感があるんだけども。

 城の正面のエントランスにはじまり、階段をいくつか昇ったり右に左に曲がりながら廊下を歩いたりを繰り返した先にあった王太子殿下の執務室に兄と二人で向かっていた時はものすごく時間がかかったと思ったけど、庭に出るまではその半分くらいの時間しか掛からなかった気がする。

 殿下の執務室は、エントランスより庭に近いらしい。

 建物を出るとさすがに人目はぐっと減ったので、ほっと息を吐く。

「少し行ったところに東屋がある。そこで話そうか」

「はい」

 だからといって、会話に気は抜けない。慎ましくうなずいた私は彼に従って歩いた。

 目隠しを兼ねているらしい背の高い木の門を通り抜けた先に、色とりどりの花を咲かせるバラ庭園があった。中央には彼の言ったとおりに東屋がある。

 護衛の騎士が辺り一帯の危険を確認しに行っている間に、私は彼に導かれてそこにたどり着いた。騎士たちはどうもそのまま周囲を警戒するようだった。

 東屋の屋根の下には、やや広めのテーブルが置いてある。周りを何脚かイスが取り巻いていた。

 こういう所でお茶会が出来たら優雅な気分なんだろうなあと思った。我が家にもバラはあるけれど、ここまでの広さと見栄えはない。

 絡めていた腕が解かれて残念に感じている間に、彼は大股にテーブルに半分隠れて見えていたベンチに近づいていった。

「こちらへどうぞ、ソフィー嬢」

 さっと惜しげもなく白いハンカチをその上に広げ、王太子殿下がらしくない言葉を口にした。

「ここに座っていいのですか?」

「もちろん」

 動揺する私を見て、王太子殿下は楽しそうだ。

 私は突然招かれたけど、彼は私を呼んだ人だ。あらかじめ私の反応を予想して、からかっているのかもしれない。

 私がえいっとハンカチの上に腰を下ろすと、彼もすっとその横に座った。

 そばで騎士が周囲を警戒していても、会話が聞こえない距離だ。だけど唇の動きで会話を読むような人もいるそうだし、気は抜けない。

「今日は、なぜ私をお招き下さったのでしょうか?」

「何故だと思う?」

「わからないからお聞きしたんです。兄はなにか推測できていたようですけれど」

「レイノルドならおおよそ理解しているに違いない」

 さもありなんとうなずく彼を私は思わず睨みあげた。

「でも私にはわかりません」

 ついついいつもの調子で唇をとがらせてしまうと、悪いと思ったのか彼はバツが悪そうな顔になる。

 それから、言いにくそうに口をもごもごさせるのは珍しい。

「もしかして」

 私ははっと天啓のようにひらめいた。

「先日、私が不安がっていたから抜き打ちでどれほど出来るか様子を見ようと思われたのですか?」

「……いや、そういうことではない。恐れることはないと言ったろう」

「そう、ですか?」

 優しい彼が気にかけてくれたと思ったんだけど、どうやら違うようだ。

「うむ。今もそつなく応答できている」

「殿下にそうおっしゃっていただけると、安心できるような気がします」

「本当は納得していないと言いたげだな」

「私などに注目する方がいるとは思えませんが、人のひしめく会場で何か粗相でもしでかすのではないかと心配です」

「たくさん人がいようが、する事は変わるまい。面と向かった相手とさえちゃんと相対していればなんとかなるものだ」

「そうだったらよいのですけど」

 励ますような言葉はうれしい。

 でも、私の不安を解消する為じゃないのなら、本当にどうして彼は私などを呼んだのだろう。

 首を傾げながらじいと見つめた彼は、私の疑問に気付いたのか一つうなずくような仕草の後きりりと顔を引き締める。

「うむ、その、なんだ――君に、大事な話がある」

「はあ、そうなのですか?」

「そうだ」

 大事な話とはなんだろうか?

 わざわざ王城に呼び出してまでされる話には全く心当たりがない。

 いつもほとんど私が他愛のない話をするばかりで、彼から積極的な話題が出ることなどそうそうなかった。

 妹分のくだらない話に目を細めて混ぜっ返すのが彼の常なのだ。

「いったい何のお話でしょう」

「それはだな」

 彼は真顔のまま私の手を取った。

「ソフィー・タイニット嬢――君に結婚を申し込みたい」

「……ええっ?」

 よけいな装飾のいっさいない言葉はいかにも彼らしいが。

 あり得ないことを聞いて、私は呆然とした。

「今なんとおっしゃいました?」

 手を握られたことに動揺して、壮大な空耳が聞こえたのかもしれないと私は彼に尋ね返した。

「君に結婚を申し込みたい、そう言った」

 打てば響くように応じてくれた彼は、あくまで真顔だった。

 私をからかうことはあっても、こんな悪質な冗談を言う人ではないと思う。だけど、聞き間違いではなかったらしい言葉はやはり信じられない。

 ああそうか、これは夢だ――王太子殿下がわざわざ伯爵家の娘を呼び出すところからして、現実ではあり得ないことじゃないか。女嫌いの彼が、いつもよりめかし込んだ妹分をエスコートしてくれることだって。

 きっと、胸をときめかせながら恋物語を読んでいるうちにうたた寝をしたのだろう。納得する思いだけど、それにしたってこれはない。

 夢なのだからもう少しくらい、夢のある求婚が受けてみたい。

 彼に弟殿下の甘さが足されればなあなんて思ったけど、きっとそうなれば彼らしさが失われてしまうのだろうな。夢なのに現実を思い知って、私は大それた野望にふたをした。

「俺の横に並び、これからを共に歩みたい。君が、うなずいてくれるとうれしい」

 現実ではお前としか呼んでくれないこの人が、君と呼んでくれるだけで充分じゃないか。

 私はにっこりと彼に向けて微笑んだ。

「私でよければ、喜んで」

「よかった」

 了承の意を返してみせると、彼は目元をゆるませる。握られていた手を引き寄せられて、一瞬の後に私の体は彼に抱きしめられていた。

 彼の体はがっしりとしていて、包み込まれると暖かかった。

「うわあ、まるで夢じゃないみたい」

 やけに現実味のある抱擁に思わず素の口調で呟くと、引き寄せられたときと同様に一瞬で彼の体が離れていった。

「ちょっと待て、ソフィー。夢じゃないぞ、これは。現実だからな」

 やけに慌てたように彼は言い募る。

 いやだなあ、王太子殿下が伯爵家の小娘に求婚する現実がある訳ないじゃない。

「せっかくなのでもうちょっと甘くぎゅーっとしてくれるとうれしいです」

「ちょ、お前っ………お前は」

 現実だなんて夢で言い聞かせられたら、目が覚めた後が怖い。夢なら夢らしく、甘い夢だけ見せてくれたらいいのに。

 むうっといつものように唇をとがらせると、一挙に不機嫌になった彼に頭をぺしんとはたかれる。

「立て」

 一度離れていた手が再び私の手首をつかみ、引っ張られるように立ち上がる。

「現実だと言っているのに、信じていないな君は。だがまあ、それはそれでいい」

 握られた手首にも彼の体温を感じて、付け加えて言うならば若干の痛みを感じる。

「あの、これは夢ですよね?」

 不安になってつい夢の住人に呼びかけるとか、末期だ。彼は問いかけには答えず、口の端を持ち上げるだけだった。

 手招きで呼び寄せた騎士に彼は国王陛下への謁見を申し込みに行かせ、私の手首を握っていた手を指を絡めるように結び直す。

「君は小心者だからな」

 いつの間にか上機嫌になった彼はぽつりと漏らして、恋人のように手をつないだまま元の道を戻った。

 すんなりと国王陛下や王妃殿下への謁見がかなってあっさり結婚を許されるとか、夢らしい怒濤の急展開だった。

 引き続いて「君の両親にもご挨拶を」と一緒に馬車に揺られたのが夢の最後。



 ――だと思っていたのに。

 翌日の私は、なぜか我が家の食堂で待ちかまえていた彼に、それが夢ではなく現実だと明確に知らされることとなるのだった。

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