ギルドは本来こうあるべきではないか? と言う考察
この小説はあくまでも私の考えであり、完璧な答えを導き出す物ではありません。あくまでも個人的な物なので、皆さんのご意見は聞き入れますが「絶対に違う!」と言う完全否定はお勧めしません。
この小説が皆さんの考えるきっかけとなれば、幸いです。
ギルド。
ファンタジーを扱った作品やVRMMO作品などで、特に多く登場するこの集団について、今回私なりに考察していきたいと思う。
ギルド。
その原点は中世から近世にかけての西欧にまで遡る。
元々は商工業者の間で結成された各種の職業別組合であり、封建制の象徴ともされている。
中世では徒弟制度なる厳格な身分制度によって、ギルドの頂点に立つ親方が部下である職人や徒弟達に対して指導、管理するのが主流であり、かなり閉鎖的で特権的な立場であったらしい。
世界で最初のロールプレイングゲームとされるアメリカのファンタジーテーブルトークRPG、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』にて、ギルドが登場しているが、作者はこれが今のファンタジー作品でのギルドの出発点だと思われる。
このRPGでは盗賊、いわゆるシーフ達は全員ギルドに所属する事が義務付けられ、その作品においてギルドはシーフの互助組合的な立場として明記されている。
それが後に、ファンタジーTRPGにおける冒険者の相互的扶助や情報収集を行う拠点として定義付けられる事になる。
しかし、昨今の『小説家になろう』での小説でのギルドの扱いはどうか?
多くの作品においてギルドとは主人公が入るだけのスパイス的な存在であり、時々出てきては主人公の異常性を高めるだけとしか思えない扱いが多い。
例えば、主人公がその世界で異常的なまでに強い存在と言う事を出すために、「わぁ! この魔力はあり得ない! あなた、いきなり飛び級でギルドの最高ランクの、Sランクですよ!」などと、他の真面目にこつこつやっている人達が聞いたら泣いてしまうような話をしたりとか。
ギルドでちょっと野蛮そうな冒険者達が女の子を襲っている時に颯爽と主人公が登場し、瞬く間にやっつけた後に「こ、こいつ! 強い! お、覚えてろよ!」と主人公のカッコ良さをあげるために利用される。
これは極端な例であるが、ファンタジー作品を読んでいる読者達や書いている作者達には覚えがある事と思う。
他にもギルドのランクでその人がどれくらい強いのかを分かりやすくしたりとか、何年経っても低ランクの主人公がどう言う人なのかを出したりとか、どの小説でもギルドは他を引き立てるための素材扱いされているのが今の現状である。
別に悪いとは言っていない。
読者に分かりやすく読んで貰うために、ギルドと言う要素を使うのは別に間違っている訳ではない。
しかし、自分が許せないのはギルドを、主人公の凄さを見せつけるための舞台、あるいは主人公のお金を出すための銀行扱いしている今の現状が許せないだけである。
ギルドとは断じて、そう言った物ではないはずだ!
今、読んでいる人はこう思っているのではないだろうか?
「じゃあ、どう言う感じでならば納得するのか?」
これから話すのはあくまでも自分なりの話であり、そう言う形で読んで欲しい。
ギルドを扱った小説として、私はこの間発売された「こちら討伐クエスト斡旋窓口」を高く評価している。
まだ未読の読者のために内容はボヤケながら言うと、ギルドの窓口係のノアがギルドで多くの人と交流し、最終的に時代の流れを担う存在となる話である。
読んでいない人は書店で購入、またはなろうで検索などして読んで欲しい。お勧めする。
この小説で一番良い所は、交流だ。
ギルドには冒険者など多くの存在が来るが、彼らの目的は様々だ。
冒険したいと言う者も居れば、強くなりたいと願う者も居り、また単純にお金を稼ぎたい者など様々だ。
そんな彼らの交流の要、それがギルドだ。
ギルドで意見交換をして、時には仲良くなったり、喧嘩をしたりするだろう。
この小説では、ギルドの窓口係のノアと冒険者達の交流が主となっているが、本来、ギルドとはこのように交流を行うための組織組合であるべきである。
昨今の小説では、そう言った交流を疎かにする部分が非常に多く、嘆かわしい限りだと思う。
昨今の小説での主人公の中には、過信して過ちを起こした後、「なんでこんな簡単な依頼で命を落とすんだ!」などとボヤいている奴らも居るが、それは当たり前である。
きちんと情報収集を行わず、自身の強さを過信して、それに仲間がついていけずに死んだだけ。
自業自得以外の何物でもない。
昔のドラクエとかだと、仲間を雇ったり集まったりする場所は酒場だった。
酒場では多くの者が居て、意見交換なり情報収集、自分達と気が合う仲間を探す場所であった。
本来、ギルドと言うのも、そうあるべきであるが、昨今の小説ではそう言う所が軽視されすぎていると思う。
ファンタジー作品などでギルドを出すのは結構だが、そう言ったコミュニケーションの場であると言う事を理解して使っていって欲しいと思う。