表裏の仮面
仁王立ちのそいつは殺気に満ち、血走った眼で俺を睨みつける。鬼の形相という言葉をよく耳にするが、形相というより鬼そのものだ。
「お前が犯した罪は、なにも、目に見えるモノだけではないんだ。よく思い出すのだ、お前はいい人を装ってはいたが、この場所のように心の中は真黒だろう?」
俺がいる場所、そこは雑木林、鬱蒼と生茂る木々の葉が日光を遮ぎり、昼間だというのに薄暗く、座り込んでいる俺から、青い筈の空も見えない。
確かに、俺は嫌な奴だ。我侭でプライドが高く、人の風下に立たされるのが許せない。暴力的で知慮深く、計算高い。少しでも「得」がなければ、他人を絶対に手助けしない。嘘つきで平然と人を騙し、裏切る。そしてなにより、人の不幸が大好きだった。
人の不幸は蜜の味・・・、まさに人の不幸は俺にとって、瑞々しい甘い果実。
今まで、色んな奴の相談を聞く度、沈痛な表情を浮かべ、親身になって聞く振りをしてはいたが、内心、ざまあみろとほくそ笑み聞いていた。
友人が事業に失敗した時も、幼馴染が借金で家が差し押さえられた時も、昔の恋人が離婚した時も、同僚が仕事で失敗した時も・・・、俺は心の中で笑っていたのさ。
まるで、瑞々しい甘い果実を味わうかのように、他人の不幸話を堪能し、優越感に酔いしれた。
でも、俺だけじゃない筈だ。
「可哀想」とか「頑張って」とか言う奴に限って、内心では「ざまあみろ」って思ってるだろ?
人間なんて所詮、そんなもんさ。
「なんで、俺だけ・・・他の奴だって同じじゃないか!頼む、助けてくれ」
「確かにそうだ。全ての人間には、善悪二面の顔が与えられているからな。要は表と裏だ。そして、そのどちらの面を多く使ったかで、死後の進路が決まるのだ」
「そ、そんな・・・、あまりにも惨めじゃないか」
そう言って視線をむけた木の枝に、首吊り自殺した自分がぶら下がっている。
「お前は会社の金を使い込んだ。それがバレて警察に追われ、逃げ切れないと思い、その道を選んだだけだろう?」
「それはそうだが・・・、なんとか助けてくれ、頼む」
「お前が生きていた時、他人を助けたのか?情けをかけたのか?他人にもっと善の顔を向けていれば、今頃、光からの使者が迎えに来ていただろう。だが、審判は下された。お前は闇へと連れていかなければならぬのだ、人間が地獄と呼んでいる場所へな」
「嫌だ、止めてくれ、頼む、頼む」
「無駄だ、もうお前は死んだのだ。生きていれば後の人生、善の顔を使う事で、進路も変える事が出来ようが、今となっては手遅れだ。さあ、ゆくぞ、苦しみしかない闇の世界へ」
俺は、闇からの使者に連れられて、人間が地獄と呼ぶ世界へ落とされた。
「苦しい・・、助けて・・・助けてくれ・・、苦しい、苦しい」
【END】