ありがちな話。ー彼女の場合ー
うわぁ… ありがち。
とっさに頭に出てきた言葉はこれだった。
目の前には仲良さげに腕を組む男女。
そしてここはマンションのエントランス。
目の前の男ーー秋人のマンション。
これはよくありがちな話。
遠距離で付き合ってた彼氏に内緒で訪ねて来た彼女。そしてそこでタイミング悪く他の女と腕を組む彼氏と遭遇。
…まさか自分がそんな体験するとは思ってもみなかったけど。
「み…みなこ…?どうして、ここに…?」
あ、気づいたんだ。横にいる女性が誰?って顔してる。何か予感がするのか、組んだ腕に力がこもったのが見えた。
「いや、たまたま近くに来たから。元気にしてるかな?って思って。タイミング悪かったね、ごめん。」
「え、いや、これは、その、違…「秋人さんのお友達ですか?」」
秋人、何も言葉に出来てないぞ…。
彼女の方が敵意は感じるが、いっそ清々しい物言いだよ。
「秋人の彼女さんですか?」
「そうです!…っ秋人さんとはもう半年程のお付き合いになります。」
「まぁ、そうなんですか?秋人ったら教えてくれてもいいのに照れちゃって…まぁこんな綺麗な人だったら独り占めしたくなる気持ちも分かるけど。(笑)
あ、すみません申し遅れて。私、秋人の友人で春日井みなこと申します。仕事でこちらの方に来たので久々にこっちにいる同郷の子達と集まって飲もうかと…1人者を集めようと思って来たんですけど、見当違いでしたね。本当に、お邪魔してしまってすみませんでした。」
喋りすぎたか?
いや、彼女の組んだ腕がさっきより緩んだ。
「い、いいえ、全然大丈夫ですよ。いつまでこちらに滞在されるんですか?」
どうするの?と彼の顔を見上げてる。
彼の答えを待つまでもない。
「あ、明日朝一で帰らなきゃいけないんです。出張の後の休日出勤なんて、ひどいと思いません?(笑) じゃあ、これで。失礼しますね。」
「え?でも…」
「実はタクシーを待たせてて、友人をこの先で拾うことになってるんです。そのままお店になだれ込もうかと思って。もう、少し待たせてしまっているので…私から言い出したのに、怒られちゃう。」
肩をすくませてにやっと笑うと、彼女も納得したのか、それなら、とクスクス笑ってる。本当に感じの良い、綺麗な人だな…。
「では私はこれで。お二人は末永〜くお幸せに!秋人!こんな感じの良い彼女さん、大事にしなきゃバチがあたるからね!じゃ、さよなら〜」
秋人は結局喋らないままだったな。でも、私の目の前で彼女の腕を解かなかった。何も言わなかった。言ってくれなかった。
私の顔を見ているようで、あれは驚きすぎて考えが追いついてない状態ってだけで顔の方向はこちらに向いてたってだけ。
その瞳には、私に対しての弁解も謝罪も、彼女を選んだって決意の気持ちも、どの気持ちも浮かんでなかった。
せめて、どの気持ちでもいいからはっきりさせる。そんな態度を取るくらいの誠意を持ってくれてたらよかったのに。
そんな程度だったのかな〜。私達の6年の付き合いは。
なんか、なんだろうな、なんなんだろうな…どうしたらいいんだろう。
どうしたら、いいの?
今になって涙が滲んでくる。
タクシーなんて呼んでない、こっちに知り合いなんて1人もいない
ここには秋人に会うためだけに来てたから。
今夜泊まるホテルだってとってない
秋人の家に泊まるつもりだった。
出張なわけ、ないじゃん
今日来るために残業続けて仕事片付けてきたんだから。金曜に来て、週末は2人でゆっくり過ごしたいなって思って…。
「私ってばかだなあ〜」
思わず、大きなため息と一緒に声が出た。
「私って、ほんと、ばか…。ほんと…ばか…」
本当はね、このあたりのデートスポット調べてた。秋人はそんなの調べるのはいつも照れてしまっていたから。人混みが苦手な秋人でも楽しめるような、2人で楽しめるデートをこっちでもしたいと思って…。
似合わないデート雑誌買って。
ここならどうかな?って付箋つけて。結局ね、私1人では決めれないから秋人と決めようと思って候補挙げただけ。付箋だらけになっちゃった雑誌を見て、秋人また呆れちゃうかな?って思ったり、最終的には外でなくていいから、2人でお家でゆっくりするのもいいな、なんて考えたりして。
「ほんと…わ…たし……っう、ううっっ
ふっぅうっっ…」
もう、抑えられなかった
「ゔっ、ぅゔーっふっう、う、ふぅぅーっ!」
涙が止められない、なんていつ以来だろう。
なんて頭のどこかで考えてる自分もいて…でもいいよね、ここには誰もいない。秋人も、彼女もいない。私、友人役上手く演じきったでしょう?完璧に笑ったでしょう?きっと秋人は彼女とこれからもちゃんと付き合っていける…あれだけがんばって笑ったんだから、
もう、泣いてもいいでしょう…?
あのね、腕組んでただけなら、彼女の口から半年の付き合いって聞いただけなら秋人を信じたかもしれない。
私が彼女なんですって名乗れたかもしれない。秋人に説明を求めたかもしれない。
でもね、なんで友人役になって2人の邪魔しなかったかというとね、見えちゃったの。エントランスに腕組んで入ってくる前に、秋人から彼女にキスしてる場面を。
社会人にもなって、たかがキスって思うかもしれない…けどね、でも、私が名乗りも上げず怒りもせず友人役になるのを決めたのは…
「みなこ、かわいい。顔真っ赤。」
「みなこ、こっち向いて…?」
「みなこ、みな…好きだよ」
彼からのキスは、私にとって本当に大切なものだったからなんだと思う。
照れ屋で口も上手くないのに、キスする時は恥ずかしがる私に、気持ちを伝えてくれた。言葉でも…甘い、唇からも…。
照れ屋の彼からのキスは、特別だった。
私を見て、エントランスで動けなくなってた彼だけど、彼と他の女性とのキスシーンを見て、先に身動きがとれなくなって、呼吸も止まったかと思ったのは、こちらだった。
本当は、彼の口からきちんと聞きたかった。何が聞きたいのか、どこから聞くべきなのかも今は分からないけれど。
でも、あまりにも辛すぎて、今は正直、冷静になれていない。6年っていう2人の時間は、長いような短いような…けれど身の回りのこと一つ一つに思い出を作るのには十分の長さだったみたいで、何をしても秋人との思い出があるの…!
これは、私の弱さ。けれどこの痛みと向き合うには、時間が欲しい。そしてこの痛みときちんと向き合えて落ち着いても、もう私が彼と連絡を取ることはないだろう。そして、彼の名を呼ぶことも…
だから、最後に、
「…なんで浮気なんてしたんだよ、ばかやろー。しかも半年も…。…本当に好きだよ、大、好きだったよ。少しの間でも、私を、好きでいて、くれて、あ、りがとう。ず…と…秋人の1番、でいれなくて、ごめんね、っいっぱい大切なことを知ったのありがとう、っ幸せだったよ、私。秋人も、っ幸せに、なってねっ…さよ、なら…。さよなら…秋人。」
1人呟くと、出てきたのは最終的に感謝の気持ちが多くて、頭はいっぱいいっぱいで、話した言葉も支離滅裂だったけれど、ふと、最後に感謝の気持ちを伝えられる。そんな付き合いが出来て幸せだったと思う、どこか冷静な自分がいた。
そして私は、そっと、自分の携帯から秋人のメールアドレスと電話番号を消去した。番号は覚えてしまっているけれど、もう掛けることはない。
さぁ、今夜のホテルを探して、明日朝一で帰ったら部屋の掃除をしよう。そして、新しい部屋を探して、新しい部屋で、新しい思い出を作っていくのだ。
これが、ありがちな話での、私の落としどころ。弱いからこそ、前を向いて生きるのだ。
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