ep 1
ep.1 start.
「私達は、所謂”まれびと”です」
そう告げた瞬間、カールさんの眉間に深いシワが刻まれた。
ちなみにヒカルさんは言葉の意味がわかっていないらしい。
確かにマイナーな用語だけど、それはそれで物悲しい。
まれびととは客人とか稀人と表記される。
日本の民俗学において用いられる言葉で、その本質は『よその世界からの来訪者』といえる。
人に限らず物がその対象となることもあるが、基本的には日常を破壊する存在である。
日本においてはよく歓待の対象となり、『ハレ』と呼ばれる、祭りを代表とする非日常をもたらす存在であった。
むろん、村八分のような差別の対象となる場合があったことも事実であろう。
また、『ハレ』と対になる『ケ』は、日常であり日頃の生活を表す。
いずれにしても日本人らしい価値観だ。
そもそも”Marebito”って単語が通じるとは思わなかった。
あ、忘れてるかもしれないけど、今英語で喋ってるんでそこんところよろしく。
言語関係の疑問点は後で纏めることにしよう。
「まれびと、か・・・・
へぇ、てっきりお伽話の、空想の存在だと思ってたんだけど、実在したのか・・・。
じゃあ君たちもなにかすごい力を持っているのかな?」
なるほどお伽話ね、これも後でチェックしよう。
「いえ、セイントさんだけですよ。私達2人は一般人です。
強いて言うなら私は怪我人で彼女は救命士、いわゆる衛生兵見習いのようなものです。」
私の返しに納得できなかったのか、しばらく私を睨み続けたけど、ふっとシワを緩めて
「・・・なるほどね、いや、全部を理解できたわけじゃないけど、要するに君たちは偶然この世界に迷い込んだわけだ。
だからここで生活するために必要な一般常識を得ようとしていた、と。」
そして再び眉間を険しくしてこう言った。
「”まれびと”であることは黙っていたほうがいいね。
彼のように教会に連れて行かれてしまうかもしれない。
目立つ振る舞いは避けたほうが懸命だろう。
ああ、この街では日本語も標準語として利用されているからその点は安心していいよ。
ただし、ここより南では英語しか通じない地域もあるので十分に注意すること。
いいね?」
この忠告は黙って受け入れておこう。
こちらとしても、状況のわからないままに他人の手で物事が進められるのは御免被りたいと思うし。
そもそも歓待されるなんて性に合わない。鳥肌が立つ。
それにしても教会の話題から他所の地域の言語にも言及する辺り、軍と教会は仲が良くないのであろうか。
彼らの関係についても追い追い調べることにしよう。
実はカールがただの世話好きなおっさんという可能性もあるけど。
「ご忠告痛み入ります。
差し当たっては療養に専念し、然るべき時が来ればこの地から移動することも視野に入れて行動するつもりです」
実際のところ、今はろくに体を動かせないもんなぁ。
いや、動かそうと思えば動くのか。
レスポンス悪い上にものすごく痛いけど、動くことは動く。
恐竜との追いかけっこは勘弁してほしいと思うが。
はよ治れー。
その後も多少の情報を交換し、いくつか興味深い話も聞くことができた。
そろそろ昼ということで私達は牢屋から解放され、カールさんに別れを告げて街の喧騒へと飛び込んだ。
この街の名はC2都市と言い、モンスターとの生存競争の最前線のひとつらしい。
この世界全体のこととかもっと詳しいことも聞いたけど、それはまた後で。
ep.1 end.