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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏、夕暮れで待ち伏せ。

作者: 藤田無徒

暑かったので、納涼話を書こうと思いました。


納涼というと、怖い話が王道なのでしょうが、なんだか、ちょっと暖かい話になってしまいました。


あれ、納涼はいずこへ?

日傘の下から、透きぬける青空を仰ぐと、陽射しはほんの少しだけ傾いてくれたらしくて、わたしはほう、と、安堵のため息をこぼした。暑いのは嫌いではないのだけど、日光に焼かれるのは、さすがに躊躇われる。生まれつき色は白いほうなので、ちょっとした外出でも気を使わないと、すぐに真っ黒になってしまうのだ。わたしは、首筋にうっすらにじんだ汗をハンカチで拭い、日傘の影の中で、藍色のシャツの袖を、ちょっとだけまくる。ふと、木の葉の香りを乗せた風が肌を撫でて、爽やかな心地を運んでくれた。

今、わたしがいるのは、街外れの寂れたバス停。そこから歩いて十五分ほどのところに、わたしたちが通う学校がある。

その校舎は、古ぼけた外観からは想像もつかないほどに奇麗な内装をしていて、どこか現実味に欠けている。もう高校生の最後の夏を迎え、次の春からは通うこともなくなるというのに、未だにわたしは、そこを学び舎として見ることが出来ずにいた。もし、この話を『彼女』にしたら、どんな反応をするだろう? きっといつもどおり、皮肉屋らしい独特の微笑みを浮かべてから、からかうような言葉の一つや二つ、さらりと述べてみせるのだろうな。それも、わたしには思いもよらない表現と、難しい言葉を使い、その上で、伝わりづらい意思をしっかりと込めて。

――っと。いけない、いけない。

どうしても、『彼女』のことを想うと、気持ちが明後日へと走ってしまう。わたしは、身をぎゅっと締めて、この身の内に押し込んだ禁忌の感情が、ほんの少しでも溢れないように気を払う。

別に、なんてこともない話なのだけど。

わたしは『彼女』――日巡陽乃子が好きで。

ホントに、好きで、好きで。同性なのに、こころが焦がれちゃいそうなくらいで。

それで、たまたま夏期講習補欠組となった陽乃子を、暇なわたしが、ちょっと待ち伏せしてやろう――なんて、悪戯を思いついちゃったのです。……こら、そこ、ストーカーっぽいとか言わない。

あ、名誉のために言っておくと、陽乃子という娘は、凄まじく頭が良い。ただしかし、それは国語と数学にのみ発揮される才覚で、それ以外は壊滅的なのである。そんなこんなで、どの教科も満遍なく普通の点数を取れるわたしは補習を逃れ、その他で赤点を取ってしまった陽乃子は、補習となってしまったわけなのです。それにしても、高校生にもなって零点を獲るのって、結構な偉業だと思うのですけど……(社会理科英語、さあどれでしょう?)。

「興味がある分野を伸ばすにあたって、他の教科を学ぶ意味があるかい? いや、答えはもちろん『YES』で間違いないのだけど。しかしそれでも、ぼく程の才能を社会の檻に繋いでみたところで、どうなんだ? ぼくだって理科社会英語、人並みには勉強しているし、一般レベルくらいの知識ならあるじゃないか。……ああいや、あの教科のことは忘れてくれ、用紙を凝視するんじゃない、先輩。流石にゼロ、って言うのは、ぼくでも危機感を覚えるから……ああもう、分かったよ。素直に補習、受けます。受けますとも。……ああ、やだやだ。この世のテスト問題、全部三角関数になればいいのに……」

アイスコーヒーの氷をがりがりと噛みながら、ぶつくさ言って、校舎に消えていった彼女。わたしを惑わす彼女。



バス停のベンチで、山月記を読みきった頃。陽は大きく南に傾いていて、わたしは傘を静かに畳んだ。ふわふわしたまどろみが、身体を包んでいる。視線の先で、山間に消えていく太陽。淡い紫の中に、確かな赤色を取り巻いていて、わたしは、その色彩の幻想的なきらめきから、とろんとした目を離せなくなっていた――っと、いたっ。

「――なーにを惚けているんだ、北見原先輩」

わたしの頭を丸めた問題用紙で叩いたのは、わたしが待ち焦がれた後輩――日巡、陽乃子。

「――お疲れ様。首尾は上々?」

「おいおい、上々なものか。全部が全部、馬鹿げた文字列の羅列だ。ああもう、数学と国語がそれぞれ450点満点だったら、ぼくは常に学年でトップなのに」

「意味のない妄想は控えましょうね」

むくれる陽乃子の頭を撫でてあげながら、陽乃子はわたしの隣に腰掛けた。バスが来るのはまだ二十分も先だ。わたしは、自分より背の低い陽乃子を肩に寄りかからせて、いつもよりゆったりした口調で、陽乃子に話しかける。

「陽乃子は頭がいいのだから、拗ねたり、むくれたりしちゃダメよ。平坦なものさしなんて、簡単にへし折れる日が、ちゃんと来るわ。今は我慢のときなの。大丈夫、貴女の才能を知っている人は、ちゃんとここにいるから」

「……ほんとに? ぼく、ばかじゃない?」

「ええ。ホントのお馬鹿さんが、ユークリッドがどうとか、パスカルの三角形とか、モンティ・ホール問題を、懇切丁寧に、いろんな人に解説したりはしないわよ」

この、若き才媛はひどく情緒不安定だ。ずっと高次にいすぎたせいで、褒められるのにとことん弱い。逆もまた然りで、それが何であれ、評価が低くなると、途端に気弱になってしまう。言葉通り、『じげんがちがう』生き方をしているのだ。

「……あれ? そういえば、北見原先輩は何でこんな場所にいるんだ? 補習科目なんてひとつもないだろう?」

「はい。……えーっと。待ち伏せ、しちゃった」

扇子を取り出して、自身と陽乃子をかわるがわる扇いだ。

「こんなに暑いのに?」

「わたし、暑さには強いのよ?」

「全身、黒に近い服装で言われても……熱中症に気をつけろとしかいえないぞ?」

「まあ、失礼ね、陽乃子。このシャツは藍色で、下は群青のスカート。黒の手袋に真っ白の傘。ああ、避暑、ばっちり」

「いや、全体的に熱を集める色彩は何とかしたほうがいいんじゃないかな!?」

このちっちゃい才女は、色彩に関しても一家言あるらしい。ますますもって可愛らしい。



二人寄り添って、のんびりと次のバスを待つ。陽は水平線に、半分ほど身を隠していた。

薄く触れ合う体温が混じって、どこか官能的だ。わたしがいけない感慨を抱いているだけなのだろうなと思ったのだけど、陽乃子も何も言わないから、わたしはじっと、肩先の体温を感じている。

「あの、ねえ……?」

「どうしたの?」

不意打ちの真剣な声に、わたしは柄にもなく、真面目な声で応じる。

「ひとつだけ、ほんとのこと、言ってもいいかなあ?」

「うん。何でも言っていいわよ?」

わたしの即答に、泣き笑いのような顔を浮かべて、陽乃子は告げた。

「……あのね、実はね。待ち合わせを望んでいたのはね、ぼくも同じなんだ。ただ、アマネ先輩に迎えに来てもらいたい、なんて――その、言えなくってさ」

もじもじとボーイッシュな前髪をいじって、陽乃子は俯く。面白いくらい、視線があっちこっちを泳ぎ回っていた。

「その、毎日、アマネ先輩の姿を探していたら……気づいたら、いっつも終電になっちゃって、いたんだ――いたんです、よね。……あはは」

――胸が、とくんと鳴る。

わたしは、ときめくこころにまかせて、彼女を抱き締めていた。

「……えっ、ちょっと、せっ、先輩っ!? ここ、公共の場所、バス停、ですよっ……ふぁっ、ちょ、せんぱい!?」

「こんな時間にここを利用する生徒はいないわ。まあ、見られていたらそれはそのときで」

「せ~ん~ぱ~い~!!」



――待ち伏せ。ただ、一方的にでも、『逢いたい気持ち』。


お互いに、騙して騙され合っての。無邪気にじゃれあう、のどかな夏の恋は、まだまだ続くのです。


                (わたし・北見原天子の日記より)。

読んでいただきまして、ありがとうございます。仲の良い女の子は微笑ましいと思います。


次は秋めいたものを書いてみる予定です。

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