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海に約束  作者: 大崎楓
9/12

九話


毎日夢を見た。

珠稀が笑ってくれる夢を。

隣で手を繋いでくれる夢。

頭を撫でてくれる夢。

ぎゅってしてくれる夢。


「・・・・・・ダメだ」

今日も珠稀の夢を見て、私は目を覚まして呟く。

頬には涙の後がある。

「全然ダメじゃん・・・!」

苦笑して起き上がる。

自分で離したのに、こんなにも心は珠稀を望んでしまっている。

(でもそれも、いつかなくなっちゃうのかな)

好きでもない相手と結婚して、私という人間の中から珠稀は消えてしまうのか。

そう思うと寂しくなった。

あの砂浜にはもう行っていない。

行ったら泣いてしまう気がするし、あの場所にはきっと毎日珠稀がいる。

何となくそんな気がした。



「お嬢様、藤塚家のご長男様がいらっしゃったようですよ」

身支度を済ませた私のところに真希が来た。

今日は、婚約者と会う日。

私は髪を結い上げ、豪華な着物に身を包んでいた。

「うん、今行く」

笑って立ち上がった私に、真希が念を押すように言った。

「ほんとに、いいのですか?」

「いいの」

終わった物語にいつまでも捕らわれているわけには、いかない。



「辻宮春華です」

和室に座って向かい合う。

私がぺこりと頭を下げて挨拶すると、相手も挨拶。

藤塚悠弥ふじつかゆうやです」

その人は、私と同じ年だと言った。

幼さが残る外見に少し驚く。

「写真より可愛いですね」彼はそう言うとにっと笑った。

その笑顔は何だか、少し珠稀を思い出させた。

(何言ってるのー!)

慌てて頭を振ってその考えを追い出す。

どうやら彼はそれを、私が可愛いという言葉に否定したのだと思ったらしい。

「ほんとですよ?」

真面目な顔がかえって幼さを際立たせている気がする。

(この人が、私の婚約者ー)

「ありがとうございます」

私はとりあえずそう言ってぺこりと頭を下げた。

「では、しばらく二人でお話なさっていてください」

そう言って真希が部屋を出た瞬間ー。


「あー疲れたぁぁぁ!」

目の前の少年の態度が急変した。

「え・・・?あの、藤塚さ」

「あー、悠弥でいいよ!俺苗字嫌い!」

悠弥くんは、着ていた服のネクタイを緩めてシャツのボタンを開ける。

そうしてから、にっと笑ってみせた。

「驚いた?俺の素、こっちだから」

わはは、と笑う顔はやっぱり幼い。

そんな顔を見ていると、何だか羨ましくなった。

「いいな・・・」

ぽつりと呟くと、彼はきょとんとした顔をする。

「名家にいるのに、『自分』でいられていいな・・・」

私はそのまま俯いてしまう。

その頭上に、悠弥くんの声が降って来る。

「春華さんのそれも、『自分』じゃないの?」

「え・・・?」

顔を上げると、彼はにぃっと笑った。

「どんなとこにいても、『自分』は自分でしか作れないんだよ?だから自信持って『これが自分です!』って言えばいいじゃん」

その笑顔は眩しすぎて、私のような後ろ向きな人間には直視出来ない。

「まぁ、いちのがそう言ってくれたから俺の人格はこうなったんだけどさ」

最後に彼はそう付け足した。

「いちの・・・?」

変な単語だったから聞き返す。

「俺の親友だよ。昔ひねくれてた俺を助けてくれたんだ!」

そうやって嬉しそうに笑った。

でもさっとその笑顔を引っ込めて彼は続ける。

「まぁいちの、今ちょっとしんどい状況なんだよね・・・。俺が助けてあげたいけど無理だし・・・俺って酷いやつだね?」

そう言って自嘲気味に笑ってみせる。

「・・・・一ノ瀬じゃない?」

私が呟くと、彼は驚いたように目を見開く。

「え、春華ちゃん・・・いちの知ってるの?」

どうやら当たりみたいだ。

「この間、その家見たの。人は知らないけど」

俯いたままで、言う。

「・・・そっかー。うん、その人だよ!」

彼はにっと笑ってみせて、それからすっと真面目な表情を作る。

コロコロと表情が変わる人だ。

「いちのは強い人だけど、あのまんまじゃ壊れちゃう。俺はその前にいちのを助けたい。ていうか助ける!」

その声には切実な願いが込められていて。

隠されて、逃げてきた自分とは大違いだった。

そこまで考えた時、部屋に真希が入ってくる。

「ではそろそろこちらの書類にサインをー」

その紙にサインすると、正式に婚約したことになるらしかった。

「俺、婚約しないよ。春華ちゃんとはお友達ってことで!」

彼が急に立ち上がってそう宣言したから、周りにいた両家の親が青ざめる。

「ちょ、何言って・・・!」

「俺は、婚約の前に友達救うから!忙しいの!以上っ」

彼は一方的にそう告げると、颯爽と和室から出て行く。

私は、騒然とする出入り口と彼が去っていった方を見る。

(ーすごい)

素直にそう思った。


「-嬉しそうですね?」

夜、机に頬杖をつく私にそう笑いかけてくる真希。

「べっつにー?」

ぷいっとそっぽを向く。

視界には月が見える。

今までと同じようにキラキラ輝く月。

「でも月は珠稀かな」私はそっと呟く。

優しい光でそっと私を照らしてくれるのが珠稀。

強い光で闇なんか消してしまうのが悠弥くん。

「彼ね、一ノ瀬の家の子と親友なんだって。救いたいって言ってた・・・」

ぼんやりと呟くと、真希は静かな声で言う。

「簡単には行かないでしょうね」

何だかその言葉は、私をイライラさせた。

「何をヒトゴトみたいに!!真希が助けてよ!!」

立ち上がり、スカートを握りしめる。

それに真希は、冷めた目で答えた。

「ヒトゴトですので」

その冷えた声は恐ろしく、私の心を突き刺す。

「あなたやゆうや様がどうこう出来ることではありません。彼が自分で何とかするしかないのです」

「…………もういい」

俯いて、低い声で呟く。

涙が出そうになる。

「見殺しになんか出来ないじゃない!!真希の人で無し!」

力の限り叫ぶと、真希が冷たい目のまま立ち上がる。

そのままこちらに歩み寄って来て、私は恐ろしくて一歩ずつ下がる。

「人で無し…ですって?」

体が、壁に当たる。

冷や汗が全身を流れる。

次の瞬間、

「人で無しはどっちですか!!」

真希の叫び声と、壁に手をたたき付ける派手な音が重なる。

「え…?」

「珠稀様があんなに傷付いているのに、気付かないフリをしたのは誰なんです!?」

そう言われた瞬間、私は耳を疑った。

「え…な、に…?」

呆けた顔で呟くと、真希がはっとした表情をする。そうして作り笑いを浮かべ言うのだ。

「いえ、何でも…気にしないでください」

まただ。

真希はまた、私に隠そうとしている。

それはきっと私が苦しまないように。

だけどもう、私はそれに甘えない。

きっと真希を見据え、私ははっきり言う。

「ねぇ、教えて?珠稀は何を抱えてるの?」

あとは目だけで訴える。

私はもう逃げない。

真希はしばらく視線を合わせた後、ふうっと息をつく。

「彼は、父親に虐待を受けているそうです

どこかで分かっていた、単刀直入なその言葉。

分かっていたのに、心は動揺する。

「「毎日毎日父親に怯え、彼の心と身体はボロボロです」

真希の声が震えている。

「助けてあげることは出来ない。彼は頑なに助けを求めませんから。唯一彼の心を支えていたのは、悠弥さまと、あなたなんですよ?」

そこまで言って、じっと見つめられる。

「あなたに会いに来ないのは、体中の傷を隠すことが出来なかったから。あなたとの関係を終わりにしたのは、あなたを煩わせたくないから」

「…………!!」

今まで珠稀は、どれほど辛い思いをしたのだろうか。そしてこれからは?

「真希、私…!!」ぐっと拳を握りしめる。

愚かな自分を呪った。

そんな私に真希は、笑って手を振った。

一人の人間に。

「行ってこい、春華!!!」

私は夜の町に走り出す。

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