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海に約束  作者: 大崎楓
6/12

六話


耳にシャワーの音が響く。

髪を濡らし、体を伝って下に落ちていく。

(どうしようーどうしよう)

ざーっという音を聞きながら、頬は高潮する。

気付いてしまった自分の気持ち。

気付いてしまったら止めることは出来なくて。

(明日からまた夜しか会えない)

そう思うと、胸が苦しかった。

どうして私が『辻宮春華』なのか。

自分を呪わずにはいられない。

(私もー普通の家の子がよかったな)

そうすれば、いつだって珠稀に会えるのに。



「お風呂長かったですねー」

部屋に戻ると真希が入り口の所に立っていた。

「考え事してたの」

ふいっと横を通り過ぎ、ベッドに勢いをつけて座る。

ばふっという音がして体が跳ねる。

その後に真希は何てことなさそうに呟く。

「珠稀様のことですかー?」

「んなっ・・・ちが・・・っ!!!」

不意打ちの言葉に面食らったせいで声が裏返る。

真希がそれを見逃してくれるはずもなく。

「お嬢様は誤魔化すのが下手ですねぇー」

にんまりと笑ってみせてから私の髪を拭きにかかる。

柔らかいタオルで頭を包まれながら空を見上げる。

今日も月は夜空に輝く。

「一つ、いい事を教えて差し上げましょうか?」

「え?」

タオルを頭にかぶったままで返事する。

すると真希はにっと笑ってこんなことを言った。

「明日、奥様は所用で朝から家におりません」

その言葉の意味を理解して、私は真希の方を振り返る。

「じゃ、じゃあ・・・!!!」

真希は人差し指を口元に当てて微笑む。

「えぇー明日は昼間も彼に会いにいけますよ」



(でもそういえば、今日ってー)

太陽の光が世界を熱する中、私はいつもの砂浜に向かいながら思う。

今日は火曜日、普通の17歳は学校に行っている時間だ。

珠稀が17歳かどうかはわからないけれど。

そんな不安を抱えつつ曲がり角を曲がると、珠稀はいない。

(やっぱり学校だよねー)

少し残念に思いつつ、せっかくなので石階段に座ることにする。

昼間の海は、太陽の光で夜より輝いている。

風は全く吹いていなくて、木陰に座っているだけでも汗ばんでくる。

(しばらくこうしてようかな)

私はただじっと海を眺めていることにした。



「-さん」

声が聞こえる。

目の前が真っ暗だ。

(あれ、私ー?)

よく分からない頭に、声が降って来る。

それはとても慌てた少年の声だ。

「春華さん!?」

それが珠稀の声だと頭で理解した瞬間、私の意識は一気に覚醒する。

「あ、起きたー」

はっと目を開けた私を見て安堵の表情を浮かべる珠稀。

「熱中症にでもなったのかと思って焦ったじゃん!」

そんなことを言いながら隣に座る珠稀。

寝てしまう前までは風がなかったのに、今は少し吹く風に乗って何かの匂いがする。

強い潮の匂いに紛れた微かな何か。

それが何なのかを考える前に、思考に珠稀の声が割ってはいる。

「どうしたの?やっぱ熱中症?」

本気で心配そうな顔で覗き込んでくれるから慌てて笑って手を振る。

「ううん、大丈夫!ところで珠稀ー今日は何曜日か知ってる?」

「んー、水曜日・・・だった気がする」

あごに人差し指を当て、空を仰いで言った。

「火曜日だよ!」

「あれ?そうだっけ」

私の顔を見てあはは、と笑ってる。

「学校は?サボり?」

我ながら直球すぎる問いを投げかけると、声が止んだ。

笑顔のまま数秒固まって、それから困ったような表情を浮かべる。

「行ってないんだ」

目を逸らしながらそう言った。

そんな彼を見て、思う。

きっと今、その目は冷たく暗い色に染まってる。

「俺、今ニート」

こっちを見ておどけたことを言って笑って見せるけど。

その笑顔は、私の目には空虚にしか映らない。

「・・・春華さん?」

不思議そうなその顔が、もう見ていられなくて。

気を抜くと泣いてしまいそうで、ぎゅっと目をつぶって俯く。

「バレバレだよ・・・」

搾り出すような声は、どうしようもなく震えてる。

「平気なふりしたって分かるよ?」

珠稀が息を呑む気配がする。

私は顔を上げることが出来なくて。

珠稀は昨日、知られたくない事があるって言った。

それはきっと深い深い闇なんだ。

平気なふりなんか出来ないくらい、底が見えないくらい深い闇。

「傷ついてる珠稀を見るのは、嫌だな・・・」

そう呟くと、数秒後に体を抱きしめられる感触がした。

驚いて目を開けると、私の体はもう珠稀の腕の中にあって。

(ああー、お酒の臭いだ)

潮に紛れていた臭いが、珠稀の服から強く臭う。

「珠稀・・・・?」

顔を見上げようとしても、強く抱きしめられていて身動きが出来ない。

そうしていると、私の耳には笑い声が響く。

「やっぱり春華さん、いい匂いだなー」

おどけた口調のそんな言葉に、私はやっぱり誤魔化されてしまう。

「そういう珠稀は潮とお酒のにおいがする!」

腕がゆるんだので向けだして顔を見ると、ちょっと呆気に取られたみたいな顔をする珠稀と目が合う。

「嘘っ・・・そんな臭う?」

そういってすんすんと髪や服の臭いを嗅いで顔をしかめている。

そんな姿はやっぱり見ていて面白い。

さっきまでの感情なんかどこかに忘れてしまう。

「飲酒したの?」

あはは、と笑って問うと慌てた声。

「違う!これはその、父親がすごい酒飲むからじゃないかな・・・!」

その顔は、目はいつも通り。

ふいに辺りに響いた携帯のバイブに、私は一瞬冷や汗をかく。

母様が家に帰って来て私がいないのがばれたのかと思ったから。

でも、ポケットから携帯を取り出したのは珠稀だったからほっと安心する。

珠稀は少し携帯を見た後、申し訳なさそうに私に向き直る。

「ごめん、俺もう帰らなきゃ。用事出来た」

その寂しげな笑みを私はちょっと深読みしてしまう。

自分と別れるからだっからいいな、とか。

「それと・・・ちょっと数日会えなくなるかも」

自惚れている最中にぽつりと呟かれた言葉はあまりにも不意打ちで。

「そっか・・・」

私が寂しい笑みを浮かべると、途端に珠稀は意地の悪い笑みに切り替える。

「ごめんね?次会ったらまたぎゅってしてあげるから!」

そんなことを言うと、私が何か言うのも待たずに走り出す。

「じゃーねっ」

「あ・・・・」

珠稀は茶色い髪をなびかせてあっという間に見えなくなった。

ぽつんと砂浜に残された私の胸には新たに疑問が浮かぶだけ。

(秘密ばっかりな気がするなー)


知られたくない事。

珠稀のそれを、私はやっぱり知りたいと思う。

隠すのは、全然優しさじゃないと思う。

この時は、そう思った。



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