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海に約束  作者: 大崎楓
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五話


「来ないじゃない・・・!!!」

月の光を睨みつける。

いつもの、母様の入浴時間。

この家で唯一気を抜ける時間帯。

『じゃあ、あと4日は俺が毎日ここに来るよ』

珠稀の声が、笑った顔が思い浮かぶ。

「嘘つき!嘘つき嘘つき嘘つきーっ!!!!!」

枕を、ウサギの人形を、手当たり次第に物を投げつつあらん限りの声で叫ぶ。

髪を振り乱し物を投げつける様に、人が見たらドン引きするだろうと思う。

「・・・・ばか・・・」

ひとしきり暴れると、今度は空しくなってきた。

力が抜け、床に座り込むと涙が落ちた。

「何で?私のこと嫌いになったの・・・?」

ぼろぼろと零れてくる涙に、顔を覆う。


しばらくそうしていると、真希が買い物から帰って来たのかドアが開く。

「お嬢様ー?」

真希は物が散乱した部屋に座り込み涙を流す私を見て、驚いた声を上げる。

「-彼なら、来られないそうです」

私の心情を察したのか、ウサギの人形を拾い上げながら真希が言う。

「会ったの!?来れないって何で!?」

ばっと顔を上げ真希に詰め寄ると、困ったような笑顔で諭すように言う。

「ええ、海岸で会いました。『しばらく行けない、ごめん』と伝言されました」

「何で・・・・っ?意味わかんない!」

滲む視界で真希を睨む。

そんなことしたって意味はないのに、そうせずにはいられない。

「彼は、お嬢様のことが大好きなんですよ」

ウサギの手を私の頬にぐりぐり押し付けながらそんな事を言う。

「大好きだからこそ会えないのです」

ウサギの白い手と同じくらいの柔らかな笑みに、言葉に惑う。

「やっぱり意味わかんないよ?」

「彼の住む世界も、簡単ではないということです」

笑みをこちらに向けた後、散乱した物を片付け始める。

「さ、これ片付けちゃいますね。奥様に見つかったら外出禁止期限延長されちゃいますよ?」

私に背を向けながら放たれた言葉は笑い混じりで。

「延長なんかじゃなくて無期限にされる!」

その顔に暗い影が落ちていることになど気付けるはずもなかった。


***


「行って来ます」

外出禁止が解けて、私は自由の身になった。

思えば、禁止令が出ようが出まいがあまり変わらないんだけれど。

でも数日分先回りして課題や習い事をしたので、今日は晴れて自由の身。

お日様の眩しい時間にもこうして堂々と外出できる。


私が向かったのは、いつもの砂浜。

今日は平日なので普通の学生ならば学校にいる時間帯だけれど、私は石階段に彼の姿を見つけた。

4日ぶりに見る背中に、声をかけるのをためらう。

(何て言ったらいいんだろう)

そう思って立ち止まっていると、ふいに彼がこちらを振り返った。

「っ!」

急な視線から逃げるように顔を背けてしまう。

「やっぱり春華さんだ」

風に乗ってそんな嬉しそうな声が聞こえたら、もうそんな意地も飛んで行ってしまうんだけれど。

「やっぱり?」

「匂いがした、春華さんの」

私の疑問に、悪戯っぽい笑みを浮かべる珠稀。

「へ、変質者!」

私の叫びに、珠稀はやっぱり笑う。

石階段から立ち上がって私のところまで来ると、おどけて見せる。

「ぎゅってされた時、偶然嗅いだだけだって!」

その笑顔に何だか腹が立って、私はちょっと不機嫌になる。

「何で来なかったの?何してたの?」

むっとした顔を見ると、彼は少し真面目な顔になった。

「ごめん、ちょっと言えないかな」

「言えない様なこと?真希には言えるのに?」

私の勘は当たったようで、珠稀は困った笑みを浮かべて尋ねてきた。

「・・・真希さん、何か喋った?」

「意味わかんない事!大好きだから会えないとか何なの?ていうか珠稀、真希にはだ、大好きとか言うんだ!?」

最後の一言は勢いだった。また後悔の海に溺れそうになった時、珍しく焦った様な珠稀の声がした。

「な・・・!?」

見ると、白い顔が真っ赤になっているんだから笑いそうになる。

「俺言ってない!そんな・・・だ、だいすき、とか・・・!」

後半は俯きながら聞こえないような小声で言っていた。

「あはははは!顔赤いよ?」

「・・・!!」

珠稀は両手で顔を隠して何か言っている。

風に流される髪の隙間から覗く耳もまた真っ赤なんだけれど。

「うぅ・・・もう消えたい・・・なんだこれ・・・?」

そのままくるりと背を向けてしまう珠稀。



石階段に座って海を眺めてどれくらい経っただろう。

「・・・ごめんね」

ふいに、突然聞こえたのはそんな言葉。

「俺、春華さんのこと傷つける。このままじゃ、もっと」

「えー?」

背を向けたままの珠稀は何を思っているんだろう?

混乱した頭に、警報が鳴り響く。

「俺は、春華さんに言えない事が、知られたくない事があるんだ」

これ以上何か言うのを許してはいけないんだ。

「それを知られてしまうのが怖い。それを知ったら優しい春華さんがどうなっちゃうかわかんないから」

頭が痛い、目が眩む、体が震える。

「だからさ、」

その先は、聞きたくない!

「止めて!!」

気がつくと、私は珠稀の声を遮って叫んでいた。

「嫌だよ・・・。独りにしないでよ・・・」

言葉が勝手に溢れてくる。

「独りになろうとしないでよ・・・」

きっと彼は、とても重い何かを抱えてるんだろうってことは何となく分かる。

「珠稀は、一人じゃないんだよ?少しは私を信じて欲しいな・・・」

ぎゅっと手を握り締めて俯く。

数秒の沈黙の後、珠稀は小さく息を吐いた。

「ごめん・・・ごめんね春華さん」

その後に来たのは、ふわりとした感触と匂い。

そこに私は、ゆっくりと顔を埋めた。

「ありがと」

耳元で聞こえた呟きは、私の心に染み込んだ。

(そっかー私)

離したくない。

珠稀のことが。

ーだいすき、だった。


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