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海に約束  作者: 大崎楓
4/12

四話


「お帰りなさいお嬢様ー」

背中に真希の声がかかる。

だけど私は無視して自室に入って乱暴にドアを閉める。

それでもすぐにドアを開けて入ってきた真希に、私は感情をぶつけた。

「どうして!?母様は何で・・・っ」

それ以上は何が言いたいのか自分でも分からなくて、ただ下を向く。

母様は帰って来た私に『一週間外出禁止』を言い渡した。

真希だって沢山叱られたらしかった。

「仕方ないですよ・・・古い家ってそんなものですから」

真希は哀しげな目を私に向けた。

「こんな所いたくない・・・。ねぇ真希、私をどこかに連れてってよ」

いつもは悪戯っぽい笑みを浮かべてくれるのに、今日は悲しげに首を振るだけだった。

「あぁもうっ!これじゃ珠稀に会えないー」

私は髪をぐしゃぐしゃかき混ぜる。

長い髪が乱れ、絡まり合う。

そうしていると涙が滲んでくる。

「お嬢様はなぜそんなに彼に会いたいのですか?」

振り乱した髪で隠れた私に、声は優しく響く。

私は自然に口を開いた。

「・・・珠稀といるとね、気持ちが軽くなるの。私でいていいって思えるの」

綺麗な目で私を見て笑ってくれる。

私を『道具』や『辻宮家』として見ないで、一人の人間として見てくれる。

「もっとずっと一緒にいたいのに・・・」

呟いてため息を漏らす。

窓の外では少し欠けた月が輝いている。

今日もあの海を照らしているんだろう。

珠稀は今日もあの砂浜にいるのだろうか。

ここからでは見えない、あの海を思い浮かべながら眠った。




こんこん、と音がする。

でも3日間頑なに閉じ続けていた目は、すぐには開きそうにない。

真希が心配そうに声をかけてくるけれど、私は3日間一度も目を開かなかった。

次に目を開くのは一週間後にしようと決めた。

もう一度、窓を叩く音がする。

「真希ー確認して」

目は開かずに言うと、真希が小さく『はい』といって窓際に歩み寄る気配。

その少し後に、驚きの声がする。

「え・・・?」

真希が窓を開ける気配の後、部屋に夏の温い風が入り込んでくる。

潮の匂いのするー

(潮の匂い?ここじゃしないと思うけれど・・・)

目を閉じたまま不思議に思っていると、私を呼ぶ声がした。

「-春華さん」

その声はとても懐かしく、ずっと聞きたかったものだった。

「・・・!?」

あまりの驚きに声も出ない。

その代わり、頑なに閉じていた目が瞬時に開いた。

3日ぶりにこの目に映った景色は、開いた窓に手を付いた珠稀だった。

「何で?え?嘘でしょ?」

目に映るものを現実だと理解することが出来ない。

あまりのことに頭が混乱してきた。

そんな私を見て、珠稀は可笑しそうに笑う。

「嘘じゃないよ?」

その笑顔は何だかものすごく久しぶりな気がして、涙が出てきた。

「3日も来ないからどうしたのかと思ってー。辻宮さんでよかった、大きな家だからすぐ見つかったから」

にっと笑う月に照らされた顔はとても眩しくて。

「すごいね、すごいよ珠稀!」

つられて私も笑顔になれる。

部屋の窓越しにこうして珠稀と話をしてるなんて、夢みたいだった。

「でしょ?」

珠稀は得意げな笑みを浮かべてみせた。

「-会いたかった!」

その笑みが眩しくて、懐かしくて、私は窓に駆け寄ってそのまま抱きついた。

珠稀は驚いた顔をして、それから私の大好きな笑みを浮かべる。

「ぎゅってしたじゃん、また」

そのまま珠稀も私の背中に手を回してきた。

「う、あ・・・!」

ばっと離れようとしたけど、珠稀は回した腕に力を込めて放してくれない。

「いいよ、もっとぎゅってして。もう痛くないし」

そうやって笑う珠稀の顔が、すごく近い。

どうしようもなく顔が赤くなるのを止められない。

それを悟られたくなくて、というか珠稀を直視なんか出来なくて顔を下に向けると、

「あのー、お取り込み中すみませんが・・・」

真希のそんな遠慮がちな言葉。

私は真希もいたということをやっと思い出した。

「窓越しでは何なので、中に入ったらどうでしょう?奥様は入浴中ですのでご安心を」

俯いていて分からないが、真希はきっと悪戯な笑みを浮かべているだろう。

「じゃあ、お邪魔します」

珠稀はそう言うと私を離して窓枠を乗り越えてきた。



「-春華さんも大変だね・・・」

二人でベッドの縁に座って、私はまた珠稀に感情を吐き出した。

真希は母様が入浴を終えるのを報告してくれるために廊下。

「じゃあ、あと4日は俺が毎日ここに来るよ」

にこっと笑ってそんなことを言ってくれた。

「でも・・・母様にばれたら大変だよ!珠稀にだって何するか分からないよ・・・」

その言葉はとても嬉しいのに、素直に頷けない自分が嫌だ。

俯いてしまった私の頭を、珠稀は優しく撫でてくれる。

「お母さんなんて怖くないよ。それより俺、春華さんに会えない方が嫌だ」

「え・・・」

顔を上げると、すぐ近くに珠稀の顔があった。

茶色の髪から潮の匂いが微かにする。

「だから元気出して?春華さんは笑ったほうが可愛いよ」

ふわっと笑みを浮かべるのを見ると、私も笑わずにはいられない。

いつだって珠稀が私に笑顔をくれた。

「私も、珠稀の笑った顔好きだよ!」

言ってしまってから赤面しても、もう遅い。

珠稀は一瞬目を見開いたあと、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

「好きーなんだ?俺のこと?」

にやっと笑った意地悪な顔から必死に目を逸らす。

「そ、そんなんじゃない!いや嫌いでもないけど・・・!」

焦る私を見て、珠稀は可笑しそうに笑う。

「あははは、春華さんやっぱり面白いな!」

帰るまで、珠稀は楽しそうに笑い続けていた。



「お嬢様は、珠稀様のことが大切なんですねー」

珠稀が来た時と同じように窓から帰るのを通りまで送った真希は、意味深な言葉を呟いた。

「いい人ですね、彼は」

「うん、すごくいい人だよ」

ベッドに寝転がって呟く。

「だからこそ、母様に見つかるのは怖いなー」

天井にある、無駄に輝く照明を見つめる。

母様は私と珠稀の関係を知ったら何をするか分からない。

でも、穏やかに事が進まないのは確定事項だろう。

それならいっそ、見つかる前に終わりにした方がー?

そんなことを考えていると、

「いけませんよ」

真希の顔が視界に入った。

「わ、近いー!」

私が驚くのも無視して真希は続ける。

「お嬢様は、珠稀様に会ってから変わりました」

「へ・・?」

急に真面目な顔でそんなことを言われて驚く。

「お嬢様には珠稀様が必要なのでしょう。それと」

ドアに向かって歩きながら、真希は不思議な事を言った。

「珠稀様にも、お嬢様は必要なのでしょうね」

「・・・?」

疑問を口にしようとしたけれど、言葉を迷っている内に真希はドアを開けて部屋を去ってしまう。

「おやすみなさい、よい夢を」

そんな言葉を残して、ドアは静かに閉まる。

部屋に残された私はとても眠れなかった。

頭の中を疑問がいくつも廻る。

(珠稀と真希、何か話したのかな)

何を言ったのか。

そういえば初めて会った時、彼はなぜ海の中にいたのだろう。

時折見せる冷たい目。

細い腕に見つけた無数のアザ。

考えても、答えは出ない。


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