十二話
家に帰ると、真希がびしょ濡れの私を見て慌てて駆け寄ってくる。
「お嬢様!?今まで一体どちらに・・・・」
そんな真希の横を通り抜けながら、私は言う。
「私、決めたから」
「え?」
驚いた顔の真希に構わず、私は正面玄関に向かいながら言う。
「私、もう逃げない」
逃げ回るのはもうやめたのだ。
対峙しなければならないことだってある。
それを教えてくれた人を想いながら、私はあの人と戦おうと決めた。
真っ直ぐに前を見て、無駄に広い玄関を開け放つ。
そこには、予想どうり母様が恐ろしい顔で立っていて。
濡れた私を見て、冷ややかに声を発する。
「どこに行っていたの、春華」
私は母様の目を真っ直ぐ見つめて、言う。
「海です」
それを聞いた瞬間、母様の目がきっと釣り上がる。
「外出の許可を出した覚えはないわ」
「許可がなくたって出たければ出ます」
いつもと違う返答が返ってきたせいか、母様は一瞬怯んだ。
「・・・海に行っても彼はいないでしょう?」
「ええ、いませんね。でも私逃がしません」
にっと笑みを作って行ってやる。
「私、好きな人をあっさり諦められるほどいい子じゃありません。母様だってそうやって父様と結婚なさったのでしょう?」
「っ、な、私は関係ないでしょう!」
耳障りな甲高い声で取り乱し始める母様は、今日はちっとも怖くなんてなかった。
「珠稀を離すわけにはいかないんです。私にとってとてもとても大切だから」
ーだから。
「母様が許してくれなくたって、私は行きます。追い出されたって構いません」
逃げ出したあの人を、私はこれから捕まえに行くのだ。
私の強い瞳に、母様はすっかり勢いをなくしてしまったようだ。
何も言わずに唇を噛む母に、私は最後にこう言う。
「だけど母様、覚えていてください。私は母様の事も、嫌いではありませんよ?」
そしてそのまま、家を飛び出した。
扉の横に立っていた真希は、確かに笑っていたと思う。
夜の道を走って走って、あの家を目指す。
いつか見た、大量のゴミに埋もれた家。
早く、行かなくちゃ。
捕まえに、行かなくちゃ。
乱れた息を整えながら、それを見る。
あの時とあまり変わらない、酒のビンやカップ麺が無造作に置かれた家。
『一ノ瀬』の表札。
明かりのついた家をじっと見ていると、中から鈍い音と何かが割れる音が聞こえる。
「っ、珠稀!」
まだ少し乱れている息も構わずに、扉に駆け寄る。
鍵は、かかっている。
私はドアをどんどん叩いて、声を張り上げる。
「珠稀、いるんでしょ!?」
がんがんドアを叩き続けると、中から男の低い声が聞こえる。
「何だ?お前。うるせえぞ」
冷たい、母様よりも覚めたその声に一瞬体が硬直しかけるが、ふるふると首を振って追い払う。
「辻宮です。辻宮春華!ドア開けてください!」
再びがん、と叩くも反応はない。
数秒間じっとしてると、かちゃりと鍵が開く音。
すかさずドアを開け放つ。
「あっ・・・おい!」
男を無視してそのまま玄関に上がり込む。
「ちょ、おい待て!」
男の静止は無視して、扉が開きっぱなしの奥の部屋に侵入する。
そこには。
床に体を投げ出して、肩で息をする珠稀。
白い手足にはいくつもいくつも傷があって、髪は濡れ、あたりに瓶の破片が散らばっていて。
「・・・・珠稀」
小さく呼びかけると、彼はゆっくりと顔をあげて驚いた顔をする。
「春華、さん・・・何でここに?」
「捕まえにきたの」
ふふ、と笑って言う。
「母様の言いなり、たしかにそうだった。だから私、言いなりはやめることにしたの」
呆けた顔の珠稀に私は手を伸ばす。
「だから、捕まえに来た」
「・・・・春華さん・・・」
珠稀はゆっくりと、手をとってくれる。
「ありがと」
私はそういってその手をぐっと引いて立ち上がるのを手伝う。
「そういうわけで、お子さんは私がもらっていきます」
満面の笑みでそう告げると、私は珠稀の手を引いてそのまま玄関に向かう。
「そんな事許すと思ってるのか?」
男が怒りに満ちた顔で立ちふさがる。
「あなたの許可などいりません」
「なっ・・・!?」
男が怯んだ一瞬をついて、私と珠稀はそのまま駆け出す。
「おい!!」
男の叫ぶ声がどんどん遠ざかっていった。
たどり着いたのは、あの海だった。
珠稀と出会った、色々な事を話した海。
私たちはいつもの場所に座って、しばらく無言で海を見つめていた。
沈黙を破ったのは、私。
「ありがと」
「え?」
珠稀は驚いたような声を上げる。
「私を家まで運んでくれたでしょう?」
「・・・ああ、そうだね」
珠稀は思い出したように苦笑する。
「パーカーのポケットの紙、読んだよ」
「・・・読んだのに、来ちゃうの?」
今度は声を出して笑った。
「だって納得できない!あんなのずるい!」
叫んで詰め寄って、じっと目を見る。
「それに、頼まれたから」
「頼まれた?」
「そう、悠弥くんに頼まれた」
彼の名前に、珠稀は驚いた顔をする。
「悠弥知ってるの?」
それに私は、ちょっと得意顔をつくる。
「私ね、悠弥くんと婚約するところだったんだよー」
「え・・・!?」
珠稀が更に驚いた顔をするから、ますます笑ってしまう。
「あははは、珠稀ってやっぱり可愛い!」
「な、可愛くないっ」
そうして月を見上げて、二人で笑い合う。
ふうっとため息を吐いてから、珠稀が月を見上げて言う。
「何か、春華さんとこうやって笑うの久しぶりだな・・・」
「・・・そうだね」
私も同じ月を見ながら呟く。
なんだか最近は、すれ違ってばかりだった。
「ねぇ、珠稀」
月に照らされた横顔に声をかければ、ふっと笑顔を向けてくれる。
「ん?」
そっと手を重ねると、珠稀は照れたように目を逸らす。
「付いて来てくれて、ありがと」
赤い顔で言うと、珠稀も赤い顔で返してくれる。
「・・・捕まえに来てくれてありがと」
月に照らされたその顔は、キラキラと輝いていた。
「これじゃ珠稀がお姫様だね」
いつかの『シンデレラ』の話を思い出しながら、意地悪っぽく笑う。
「はは、春華さん王子様みたいでかっこよかったもんね」
更に意地悪い笑みで返されて、私は閉口するしかない。
「はは、春華さんの負け!」
そう言って楽しそうに笑う珠稀を見るのは久しぶりで、思わず笑みが漏れる。
俯いた私の顔は多分見えてない。
私は不敵な笑みを作って、宣言した。
「私、珠稀が好き!」
瞬間、珠稀の笑い声が止んで、「え、あ、え・・・?」という意味を成さない呟きが聞こえる。
ぱっと彼を見ると、月に照らされた真っ赤な顔があって。
「あは、私の勝ちー!」
私は拳を突き上げて海に叫ぶ。
「珠稀が、大好き!!」
立ち上がって、息を切らせて叫ぶ。
「だいすきーっ!」
一息吐いて乱れた息を整えていると、珠稀が立ち上がって慌てたように言う。
「春華さんストップ、もう分かったって!」
私の横に来た珠稀は、大きく深呼吸した後で私の方を向く。
真っ直ぐな目が私を見る。
珠稀はふっと笑って言った。
「俺も好き。大好きー春華」
一瞬目を見開いて、私の顔はあっという間に熱くなる。
珠稀は、きゅっと私の手を握る。
「真っ赤だよ?」
「・・・ずるい!珠稀ずるい!!」
見ないように、下を向いて精一杯の声で言う。
「ごめん。今までいっぱい、ごめん」
顔を上げると、今度は真面目な顔がそこにあって。
「俺もう、離さないから。だから春華も、俺を離さないでくれる?」
今にも泣きそうなその顔を見て、私も泣きそうに笑う。
「・・・当たり前でしょ?」
「・・・そっか」
ほっと安堵したように息をつくと、二人は口づけを交わす。
キラキラと海が輝いて、月が私たちを照らす。
「・・・約束だよ?」
手は離さないままで私が問うと、珠稀はぎゅっと手に力を込めて頷いてくれる。
「うん、約束」
海に、約束。
end.
終わりました!
約一年かかってしまいました・・・。
最後まで読んでくださった方、感想などくださった方ありがとうございます!




