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海に約束  作者: 大崎楓
11/12

十一話

雨の音がする。

ざーざーと降る雨の中、誰かの、覚えのあるような息遣いがすぐ近くに聞こえる。

(あったかい・・・)

嗅いだことのある匂いに顔を埋める。

細い体を、そっと抱きしめる。

何かを言おうとしたところで、意識が遠のいていく。



「・・・さい」

何だろう?

誰かの叫ぶ声が聞こえる。

ごめんなさい もうしないから ごめんなさい

誰かの背中が見える。

傷だらけの白い手足が痛々しいー


「春華!」

「うっ!?」

唐突に聞こえた怒鳴り声にはっとして目を開けると、母様の恐ろしい顔が目に飛び込んできた。

「あなた一体どういうつもり?夜中に外へ出て、雨に濡れて風邪引くなんて信じられないわ・・・」

母様が呆れた顔でため息をつく。

私はようやく全身のだるさに気づく。

「何で私、自分の部屋にいるの・・・?」

疑問が口をついて出た。

雨の中立ち尽くしている自分しか覚えていなかった。

「・・・少年が、あなたを背負って来てくれたのですよ」

しぶしぶというように母様が言う。

「酒臭い少年・・・春華が汚れるじゃないの・・・」

母様が訳のわからないことを言う。

「いいですね、治るまで大人しくしているのですよ」

そう言って部屋を出て行く母様。

微かに体に残る、懐かしい感触に涙が溢れる。

(珠稀・・・ごめんね)

今すぐに、この部屋を飛び出して行きたいのに、体は言うことを聞かなくて。

「会いたい」

窓の外を見つめてみる。

あの坂の向こうから、珠稀が笑って出てきてくれる気がした。

ため息をついて部屋の壁に目をやって、見開く。

ハンガーにかかっているのは、濡れたパーカー。

私のじゃない、でも見覚えのある。

「珠稀・・・!」

叫んで、ベッドを飛び出してびしょ濡れのパーカーに飛びつく。

ふわりと潮の匂いがする。

それをかき消してしまいそうなくらいお酒の臭いもするけれれど、でも。

「珠稀・・・」

ぎゅっと抱きしめて、ポケットの辺りの違和感に気づく。

「何か入ってる・・・?」

急いで手を入れると、中から紙切れが出てきた。

小さな文字で、

『ごめん、ありがと。 サヨナラ』

なんて書かれていて。

「・・・・・っ」

涙が溢れて止まらなかった。

「ずるいよ・・・・こんなのずるいよ・・・」

もう珠稀には会えない。

最後まで私を助けてくれて、こんなものだけ残していなくなってしまうなんて。

「ばかぁ・・・・!!!」

放った声は、雨音に消えていく。



「ん・・・・」

目が覚める。

冷たい床の上で、パーカーを握り締めたまま。

怠くてぼんやりする視界に入るのは、斜めになった自分の部屋。

「・・・っと・・・あれ?」

ベッドに戻ろうとして、起き上がろうとしたのに体に力が入らない。

「はは・・・困っちゃうな・・・」

涙が出てきた。

冷たい床に、放置されて。

これが、珠稀の住む世界なのだろうか。

「私、どうしたらいいの・・・?」

ぽつりと呟くと、部屋の扉がそっと開く。

首だけ動かして見ると、驚いた顔の真希の姿が。

「お嬢様!?なぜそんなところに・・・?」

真希は駆け寄ってきて、私を助け起こしてくれる。

「・・・また、助けられちゃった・・・」

小さな声で呟くと、真希がまっすぐこっちを見る。

「私じゃ、珠稀を助けられない・・・」

「ばかですね」

真希はそう言って、私の額に濡れたタオルを載せる。

「わっ」

「あの人は、ほんとにバカです」

そう言って深く、深くため息を吐く真希。

「助けても素直に言えないなんて、ね」

そうして悲しそうな笑みを浮かべた。

「何の話?」

「なんでも。お嬢様はさっさと風邪直してくださいね」

真希は部屋を去っていった。



一週間、やっとのことで私の体調は復活した。

いつかのように珠稀が窓から顔を出すこともなくて。

母様は相変わらずで、私が外に出るのは許さなくて。

いつかのように綺麗な満月を見上げながら、私は思う。

(もうーいいかな)

私のベッドに頭を預けて寝息を立てる真希を起こさないように、そっと部屋を出た。



「月・・・」

すっかり冷たくなった潮風に吹かれて空を見上げる。

でも今日は、今までみたいな幸せな気持ちにはなれなくて。

(もういいや)

母様は私に冷たくて。

大好きな人を裏切って。

私は一体何なのだろう?

そう思ったら、もう足は無意識に動き始める。

「冷たい」

波が私の足をさらう。

どんどん、奥へと足を向ける。

(連れてってー遠くに・・・)

目を閉じて、歩く。


膝くらいまで水が浸かった頃。

背後でバシャバシャと水音がする。

(あぁ、誰だろう)

追いつかれたくはないので、少し足を早める。

夜の冷たい海が、波が、砂が私の足を絡め取る。

「あ・・・っ?」

瞬間、平衡感覚を失う体。

体が傾き、青い空が、見える。

大きな綺麗な満月を見て、そして目を閉じる。

(あぁ、あの時もこんな、綺麗な満月だったなー)

涙が伝うのを感じる。

体が完全に水に沈んでしまうその瞬間、何かが私の腕を掴んだ。

そして強い力で、そのまま私の体を引き上げる。

「・・・・っ、ゆうやくん・・・?」

目を開くと、肩で息をするびしょ濡れの少年と目があった。

彼は泣きそうな顔で、大きな満月に照らされて言った。

「・・・風邪引くよ?」

いつかの自分みたいなセリフを、言った。

「もう引いた」

髪から水を滴らせて、私は笑う。

「もういいの。私もういいの。もう疲れたの」

彼はまだ握っている手に、ぎゅっと力を込めた。

「ダメだよ。春華さんを必要としてる人がいるから、まだダメだよ」

私はその言葉を、ふっと笑って拒絶する。

「陳腐な言葉。そんなんじゃ壊れちゃった心は動かないよ?」

そうしてその手を振りほどく。

「珠稀の言うとおりなの。私誰かに守られてばっかなの。そこに甘えてるだけなの」

ボロボロと涙をこぼしながら、それでも私は笑う。

「私はー」

「春華さん!」

なお言い募ってやろうとしたら、悠弥くんの強い声に遮られた。

そうして彼は、波に髪が浸かるのも構わずばっと頭を下げた。

「な・・・っ?」

「いちののこと、助けてください」

絞り出すような声で、彼は続ける。

「もう春華さんにしか助けられない。お願い、いちののこと助けて!!!」

「・・・・無理だよ」

私は、困惑した笑みで断る。

「私には、無理だよそんなの・・・」

「・・・んでだよ・・・・」

悠弥くんは、ばっと顔を上げて私の肩を掴む。

「知ってるんだろ!?いちのが、珠稀がどんな目に遭ってるか知ってるんだろ!?いちのこのまんまじゃいなくなっちゃうよ・・・・ねぇ、お願いだからさ・・・・」

肩に置かれた手が、小さく震えている。

俯いた顔から、雫が落ちる。

「・・・・え、ちょっと何言って・・・・?珠稀?」

「春華さんの大好きな珠稀はね、俺の親友のいちのなんだよ」

私は目を見開く。

「一ノ瀬珠稀っていう人が、春華さんの助けを待ってる」

一ノ瀬。

あの、いつか見た暗い、恐ろしい家を思い出す。

「あの人を、助けてあげてください」

悠弥くんは、もう一度深く、深く頭をさげた。


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