十話
PC手に入れたので再開。
夜の町を走った。
ひたすらにあの海を目指して走った。
(珠稀・・・・!)
だけれど、
「い…ない…?」
2週間ぶりに見るあの海には、潮風に揺れる茶色い髪は見えない。
「嘘、何で・・・!?」
動揺する私の髪を、潮風がさらっていく。
「たまたま今日は来てない?」
呟いてからすぐ首を振る。
家からの逃げ道なのだ、来ているはず。
「じゃあ今日は何で…?」
じっと、寄せては返す波を見詰める。
そうしていると何故か不安になる。
ここに来るのを止めてしまったのでは?
来れなくなってしまった?
彼はあの、波の向こうへ消えてしまったのでは?
そう思うと不安でたまらなくて、海に向かって叫ぶ。
「珠稀ーっ!!!!」
潮風が吹いて、私の声を海の向こうへと連れて行く。
しゃがみこんで泣いてしまいたくなるのを堪えて海を見つめていると、
「…春華、さん?」
後ろから、声が聞こえた。
風に乗って鼻を突くのは、酒の臭い。
ばっと振り返ると、茶色い髪が揺れていて。
「珠稀…」
私が浮かべそうになった笑顔は、次の瞬間泣きそうな顔になる。
珠稀は疲れた笑みで立っていた。
風に吹かれて消えてしまいそうな雰囲気。
体中があざだらけで…。
「…ごめんねっ…」
涙を流して、駆け寄った。
そのままぎゅっと抱きしめる。
「いっ…」
顔を歪めて呻くから、慌てて力を緩める。
胸に顔を埋めると、安心感が一杯に広がる。
だけれど、強い酒の臭いに泣きそうになる。
「ごめんね珠稀…ごめんねっ…」
ただひたすら泣いて、謝った。
「春華さん…?」
珠稀は戸惑ったようにただされるがままになっている。
「・・・何?もう会わないんじゃなかっ」
「どうして助けてって言わないの!?」
私は、無理やり笑みを浮かべる珠稀の震える声を制して叫ぶ。
「何でこんなボロボロになってまで、一人で抱えてるの?一人で苦しんで・・・っ」
「何の、話?」
珠稀は、やっぱり知らぬふりをする。
「真希から聞いたの」
私が言うと、珠稀が凍り付く。
「私に会えなくなるくらいひどいことされてるって、言ってた」
泣きそうなのを堪えて、珠稀の凍り付いた目を見つめる。
珠稀は俯いて、その髪で顔を隠してしまう。
そして、ぽつりと呟いた。
「あーあ、ばれちゃったの?」
それからふっと空を見上げる。
空には灰色の雲が広がっていた。
「かっこわるいから、黙っててって言ったのになぁ」
そうやって溜息交じりにいう彼は、強くなった潮風に吹かれて消えてしまいそうだ。
「何で?どうしてそんなことされるの?」
「・・・・・仕方ないんじゃないかな」
曇天はついに雨を降らせ始める。
一瞬でどしゃ降りになって、私と珠稀を濡らしていく。
「俺は、あの人にとって許せない存在だから」
髪からの滴が頬を伝って落ちる。
それは涙のようにも見えて。
「生きてちゃいけないんだ、俺。あの時死んでるのは、俺じゃなきゃいけなかった」
淡々と、空を見上げたままで言う。
「・・・にそれ」
「え・・・?」
私の呟きに、珠稀がやっと私のほうを見る。
私は雨に負けない大声で、叫ぶ。
「許せないとか生きてちゃいけないとか!!!!意味わかんない!そんな、父親の言いなりみたいな・・・・」
俯いて唇を噛む私に、珠稀の震える声が突き刺さる。
「・・・言いなり、ね。いいじゃん、言いなりで」
「良くないよ!」
自虐的な笑みに、思わず叫んで返す。
「自分だって言いなりじゃないか」
彼は、今日の海みたいに冷え切った声で言う。
「春華さんだってお母さんの言いなりでしょ?お母さんの言うままに婚約しちゃったんでしょ?」
冷たい、冷たい声で私を刺す。
「違う・・・それは!」
「仕方ないんだって?それは違うよ」
いつもと違う、刺のある声が風に紛れて聞こえる。
「怖いんでしょ?母親に逆らうのが怖いから言いなりなんでしょ?春華さんに俺を責める権利なんてないよ」
どんどん空気が冷たくなっていく気がした。
何だか震えている声をもう聞いていられなくて、でも止められなくて。
私たちは、どんどん転がり落ちていく。
「権利?そんなもの必要なの?それに私、婚約はやめたの」
珠稀の目が一瞬見開いて、また歪んだ笑みを浮かべる。
「ふーん・・・。相手に断らせて、怖い母親丸め込んでもらって、お手伝いさんに背中押されてこうやって出てきたんでしょ?」
「な・・・っ」
「結局春華さんは何もしてないよね?色んな人に手助けしてもらって、それに乗っかってるだけじゃないか」
ぷつん、と。
頭の中の何かが切れた音がした。
「なんなのそれ!?手助けしてもらっちゃ悪いの?私だって・・・!?」
私の声は、物凄い力で服を掴んで引き寄せられたことにより止まる。
珠稀の俯いた顔が、髪が触れそうな位置にある。
「・・・え」
「珠稀・・・?」
次の瞬間、ばっと雨粒を散らしながら顔を上げた珠稀が、叫ぶ。
「うるせぇ!!そうやって誰かに守られて、何も言わなくても助けてもらってるやつに俺の何が分かるんだよ!?ただ守られて生きてるだけのお前が偉そうにいうんじゃねぇ!!!」
初めて聞いたような、感情のままの叫び声は。
『助けて』と泣き叫んでいるように聞こえた。
肩で息をする珠稀はそのまま俯いてしまう。
「・・・・ごめん、なさい」
私は、それだけ言うのが精いっぱいだった。
目から、涙なのか雨なのか分からない雫が流れる。
そこではっとしたのか、珠稀がぱっと服から手を放す。
「・・・ごめん、忘れて」
そういって、背を向ける。
その背中に・・・私は声をかけることが出来なかった。
私は拒絶されたくなくて、逃げた。
また、彼を見捨ててしまった。




