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海に約束  作者: 大崎楓
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一話


海沿いの道をゆっくり歩いていると、心が少し軽くなる気がする。

今日は綺麗な満月だ。

夜空にキラキラと月が輝いているのを見ると、ふと思った。

(もっと海を近くで見たいな)

ちょうど砂浜に続く道が近くにあったのもあり、私は夜の、誰もいない砂浜に足を向けた。


砂が混じった階段を降りると、満月に照らされた海が見える。

サンダルが砂に埋まってとても歩きにくいのも無視して、波打ち際まで行くと目を閉じて、静かな波の音に全身を委ねる。

(海の一部になったみたいだな)

いっそそうなってしまえばいいとも思う。

大好きな海になれたら、どれだけ幸せだろう。

人間なんて汚い感情の集まりなんかの一部は嫌だった。

特に母様は嫌いだ。

自分の利益のためなら何だってする。

私を道具みたいに扱って、冷めた目であんなこと言い放ってみせる。

『本当に役に立たない子ね』

そこまで考えて、首を大きく横に振る。

(そんなこと言っても仕方ないんだけれど)

ため息を吐いてようやく目を開くと、目の前の光景が変わっていた。

月がさっきより少し高い所にあって。

そこから少し視線を下げると、海に膝まで浸かる後ろ姿があった。

(何・・・?)

月の光に照らされて、茶髪をなびかせてゆっくり沖へと歩いていく後姿は寂しげで、何だか見とれてしまった。

数秒間、息をするのも忘れて見入り、はっと気付く。

目の前のあの人は、きっと遠い所に行こうとしている。

あまりにも突然すぎて頭で理解するのに時間がかかった。

(見てる場合じゃないじゃん!)

そう思った瞬間、サンダルを脱ぐのも忘れて海に走り出す。

ばしゃばしゃと音を立てて、走りにくい水の中を転びそうになりながら駆ける。

少年はこっちに気付いているのかいないのか、その歩みは止まらない。

「ねぇ!」

足が水にすくわれて、全然追いつきそうにないから声をかけてみた。

そんなことで止まるわけないと思っていたけど、少年は歩みを止めてこちらを振り返った。

その冷たい氷のような目に、私の体はびくりと震える。

少年はそれを見て、冷たい声で一言呟いた。

「・・・何」

何て言ったらいいのか、必死で頭をフル回転させる。

まさかここでストレートに『死ぬのは待った』とか言うわけにはいかない。

だけど冷たい声に、氷のような視線に頭が上手く働かない。

「・・・・・」

そうこうしている内に少年がくるりと背を向け歩き出してしまったので、私は焦って脳を通さずに口を動かしてしまった。

「か、風邪引くよ・・・っ?」

私のかけた意味不明な言葉に、少年の足が再び止まる。

その肩は、小刻みに震えていた。

(あれ、怒ったのかな・・?)

冷や汗を流しながら見つめていると、少年は空を見て笑い出した。

あははは、とひとしきり笑うとそのまま小さくため息を吐いた。

それからくるりとこっちを向いて、可笑しそうに言った。

「なにそれっ?普通ここでそんなこと言う?」

その笑顔からはさっきの冷たいものが嘘のように消え去っていて、私は思わずどきりとする。

そんなのを悟られまいと、ついそっぽを向いて怒ったように言う。

「い、いいじゃん!そっちこそ何笑ってんの!」

「だって面白すぎるよ・・・!」

そう言った彼の目には涙すら浮かんでいた。

彼は涙を拭うと、まだ笑いながら私に手を差し出してくれた。

「上がろうか?ほんとに風邪引いちゃう」

私は素直に「うん」と頷いて、彼の手を取った。

その手はすっかり冷えていたけれど、とても力強かった。



「ごめん、濡れちゃったね・・・平気?」

ゆっくり歩いて砂浜にたどり着くと、彼は手を放して私の顔を見つめる。

その真っ直ぐな瞳に気圧されて、私は慌てて俯く。

「うん、全然」

風になびく長い髪を手で押さえつけながら笑いかけると、彼も笑いかえしてくれた。

(本当に全然違うな)

水の中で見た冷たい目と今の屈託のない笑顔は、どうしても結びつかなかった。

その笑顔を、何となくもう少し見ていたいと思った。

それなのに、このタイミングでポケットの携帯電話が震えだす。

(誰・・・?)

ディスプレイに表示された文字は『母様』。

それを見た途端自分の顔が不快に歪むのを感じて、携帯電話をスカートのポケットに突っ込む。

「・・・出なくていいの?」

「いいの!母様なんて知らないの」

不思議そうにかけられた言葉にも八つ当たり気味に答えてしまう。

(だからダメなんだ・・・私は)

自己嫌悪感に苛まれ、唇を引き結んで下を向く。

びしょびしょになったサンダルを見て、ため息を吐きたい気分だった。

(これじゃ母様に怒られるなぁ)

気分がどんどん下を向いていく。

涙が滲みそうになるのをぐっと堪えていると、ふいに頭に手のひらが乗った。

控えめな、だけど確かな優しさの感触に私はまた泣きそうになる。

「ありがと。引き止めてくれて」

「え・・・」

その言葉に弾かれたように顔を上げると、彼は何か強い意志を秘めた目で遠くを見ていた。

「・・・・・な」

独り言のように呟かれた言葉は、潮風の中に消えて私の耳には届かない。

「何?」

そう聞き返してみたけど、彼はもう何も言わなかった。


そのまま二人で海を見つめてどれくらい経ったんだろうか。

「また会えるかな?」

気がつくと、私の口からも言葉が漏れていた。

その突拍子もない言葉に彼は一瞬目を見開いて、ふっと笑ってくれた。

「また明日の夜、ここで待ってる」

満月の光に照らされて、他愛もない口約束をした。

「うん、待ってて。絶対来るから」


階段を登ったところで、私たちは手を振って反対方向に歩き出す。

互いの姿が見えなくなるまで後ろ向きに歩いて、手を振り続けた。

「楽しかったな」

前に向き直り家に戻る途中、口をついて出た言葉に笑みが漏れる。

明日も会える。

確証はないけれど、彼ならきっと待っていてくれると思った。

そう思うだけで、足取りは軽くなる。

母様に怒られることなんかどうでもよくなるくらいに、私は浮かれていた。


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