称賛
歌い終える瞬間の名残惜しさは、他人にうまく伝えることができない。
それまで捕まえていた何かを失うようであり、逆に歌うことで空っぽになっていた体になにかが戻って来るようでもある。
だからメイリーは最後の音を大事にする。歌の最後は最高の一音で締め括るべきだとと思うからだ。
メイリー自身最後の音の余韻に浸る。空気を揺らすその音の行方を追うように視線を上げて、ゆっくりと下ろす。
気がつけば酒場は静まり返っていた。先程まではかなり騒がしかったはずだが。
怪訝に思うメイリーの前で、不意にパンッと音がなる。音は始めは一つだったが、やがて重なりあって響いた。
それが拍手だとメイリーはようやく気がついた。
自分に向けられたものなのだと。
上がりだした称賛の声に困惑するメイリーに、セルディはひとごとのように笑った。
「さすがだね。場の空気を持っていかれた。歌士の歌を聴くのは初めてだけど、悪くない」
かちんときたメイリーは、セルディを睨んだ。
「あなたが歌えって言ったのよ。
「もちろん。期待以上だったから、誉めたつもりだったけど」
全くもって、誉めたようには聞こえない。
歌士としての矜持を傷つけられて、メイリー黙りこむ。
歌うのではなかったと後悔しはじめた彼女の肩を誰かが叩いた。親しみをこめるような軽いものだ。
「よかったぜ。なんて歌なんだ?」
「綺麗な声ね! びっくりしちゃった。他にも歌ってくれる?」
「今度はあれを歌ってくれよ。ほら、戦士の……」
わっと人々に詰め寄られ、メイリーは目を白黒させる。
少し離れたところでのんびりと杯を傾けたセルディは笑った。
「それはメイリーの歌に対する評価だよ。応えてやれば? 悪くないだろ」
そもそも、とメイリーはうろんな眼差しでセルディを見る。
何故この男は彼女をこの場で歌わせたのだろう。
考える前に次から次へと話しかけられ、もみくちゃにされる。
人々の期待の目に負けたメイリーは、最終的に誰でも知っているような大衆的な歌を何曲も歌うことになる。
最後は疲れて部屋のベッドに倒れこみ、夢すら見なかった。
結局その夜はセルディの思惑などわからずじまいだった。