表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

酒の肴

 今夜のメイリーは早々にベッドに潜り込んだ。

 価格重視で選んだ部屋の、あまり上等ではない布団だが、それでも幾晩ぶりかのベッドである。

 野宿は苦にならない方だが、少しでも柔らかい寝床の方がいいに決まっている。


 転がって目を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは仲間の顔だ。

 どこか人を食ったような表情で肩を竦める彼女の王。

 それを呆れ顔で眺める騎士たち。

 彼らは無事だ。町で収集したその情報は、メイリーを少しだけ安堵させる。

 ふと、血飛沫が上がる光景が思い浮かんだ。

 別れ際の乱戦。飛び交うのは怒号と撃ち込まれる矢。

 視界を埋めるのは、暗雲と閃く魔法の光。

 メイリーはこみ上げそうになったものを飲み込んだ。

 今は合流することだけを考えていたい。


 眠気が飛んでしまったので、メイリーはベッドからもぞもぞと起き上がる。

 酒でもあおれば眠れるだろうか。

 服を変え、食堂のある一階に下りる。

 居酒屋を兼ねている食堂にはまだたくさんの人がいた。中の一人がメイリーに目を止める。


「いいところに来た」


 にこりともニヤリともつかない顔で笑う彼は、ひょこひょことメイリーを手招いた。

 その手にあるものを見てメイリーは呆れた。香りはいいが度数の高い酒の瓶だ。しかもほとんど残っていない。

 無視するのも感じが悪かろうと、メイリーは彼……セルディの側まで歩いていく。

 近づくと仄かに酒精が漂う。呑んでいることは間違いがないようだ。

 しかしよくまあ顔色ひとつ変えずに呑むものだ。


「歌ってよ、メイリー」

「……はあ?」


 突然の台詞にメイリーは怪訝な顔をする。

 冗談かと思ったのだが、セルディは真顔だった。

 平然と繰り返す。


「歌ってよメイリー。いいじゃん、酒の肴に」

「……あなたねえ」


 今は制服を着ていないとはいえ、メイリーは歌士だ。

 ただ歌うためだけに鍛えた声も体も人とは比ぶべくもないと自負している。歌士としての誇りもある。

 それを、今ここで披露しろと言うのか。


「歌ってくれないなら強権発動するけど」


 強権? と首を傾げるメイリーに、セルディは顔を寄せた。ぎょっとしたメイリーはのけぞって身を引く。

 透き通るような赤色の瞳が間近でにっこりと微笑んだ。


「助けてあげたの、誰だっけ?」

「卑怯だわ!」


 抗議の声をあげれば、セルディは元いた席に腰を落ち着けた。

 手に握っていた酒瓶をあおる。

 ぺろりと口許を舐める仕草が艶かしい。


「だから最初は“お願い”したでしょ。拒否したのは君だ」

「だからって!」

「どうする? 俺の魔術を持ってすれば君の足止めなんて楽勝だけど」

「前に理不尽を迫る趣味などないと言ったわ」

「こんなの理不尽な内に入らないよ」


 どうする? と問いかけるセルディは、ふとなにかに気がついたような顔をする。


「まさか自信ないとか?」


 それを聞いてメイリーはカチンとした。

 歌士としての誇りが傷つけられて疼く。

 いいではないか。こんなやつ、腰を抜かしてしまえばいい。

 セルディを睨んだメイリーは、集中して目を閉じた。

 口を開き、1音溢れたらあとはあっという間だった。

 思う様、音を追いかける。紡ぐ音に歌詞はない。

 ただ思いだけを練り込んで、高みへと登り詰める。

 込めたのは、ただひたすらな思いだ。

 歌士が本気で歌えば、人に与える影響も大きい。

 メイリーはセルディに向けてのみ、ぶつけるように奏でた。

 彼女は気がつかなかった。

 いつの間にか食堂が静まり返っていたことも、全く応えた様子もないセルディが一言「やっぱりね」と呟いたことも。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ