04
オッサン生活13日目。
「初めまして。『いつでもどこでもだれにでも! ニコニコ笑顔で商売ガスターシャ商社』のサルディスです。今後とも御贔屓に!」
出会い頭100%の笑顔と100%の営業力で名乗ってきたこの人は、生粋の商売人なんだなと思わずにはいられない。
「こんにちは、カリイさん。いつも御贔屓ありがとうございます。いやー、今日はまたたくさんご購入いただいて、ありがとうございます」
「相変わらずの仕事の速さですね。その商魂たくましいところだけは、ぼくは一目置いてますよ」
「いやいや、そんな。カリイさんのようなお客様がいらっしゃるから、ウチがこうして成り立っているわけですよ」
二人はニコニコ笑顔でなにやらやりとりしているんだけど、なんか……怖い。なんでだろ、表面上は笑顔でお互い信頼してるぜ! てな感じなんだけど、お腹の中では違うことを考えているような、そんな気になってしまう。
………私の気のせいであってほしい、切実に。
「ところで、今回いつも注文されないようなものもたくさん購入していただいたようですが、その理由は……彼、ですか?」
ちらりとサルディスさんが私の方を見た。まあ、カリイさんと懇意にしているなら、そこに見なれぬ私がいれば誰だと気になるのは仕方がないでしょうね。私だって好奇心の塊でサルディスさんを見ているし。
「そう。しばらくぼくの下僕のタナカ」
「へぇ、変わったお名前ですね!」
「あ、それは―「タナカはちょっと辺境で生まれ育っているから。だからこの森が『人なきの森』ということを知らないで迷い込んでしまったんだよ」
私が名前を言おうとしたら横からかぶせるようにカリイが話を続けた。私の方を一切見ずに、いつの間にか作られている私の身の上を話している。
………ああ、そういえば名字って確かこの世界では特権階級やなんか特別な人にしかないって言っていたような。
そのことを思い出し、ナルホド、と頷いた。危ない危ない、田中晶ですなんて名乗ったら、それこそ人目を引きすぎる。サルディスさんが悪い人とは思えないけど、余計な火種はつけない方がいいってことね、了解しました!
と、心の中で敬礼している間にあれよあれよと話は進み、どうやら私は「辺境で生まれ育ち、何も知らずのこの森に迷い込んで凍死寸前のところでカリイに拾われ、恩義を感じた私がそのままカリイの下僕になった」という話になっている。ををい、なんだその捏造。だけどそれを否定すると即座にぽーいっとこの家から追い出されるから何も言わない。
はい、私は貴方様の下僕でございます。
「なるほど。いやいや、カリイさんの懐の広さにただただ感激するばかりですね! 私めには全く真似のできないことですよ」
「まあね。それで、今回頼んだものはそれで全部?」
「いえ、ご購入いただいたのはこちらの分で…。残りはいかがでしょうか、という商品でして」
「相変わらず抜け目ないと言うか…。タナカ、あの中で何か欲しいものないか、見てきて下さい」
「あ、うん」
急に話を振られて慌てて意識をオンに戻す。
まず、カリイが頼んだ分を見分する。…うん、これだけあれば数カ月は大丈夫でしょ。あまり日持ちしないものは量は少なめ。日持ちするものはたっぷりある。あと、名前が分からない食材もあるけど…まあ、この辺は後でカリイに聞けばいっか。
それから、サルディスさんが持ってきた品物を見る。そこには食材から日用雑貨まで幅広くそろっていた。下手をすれば、カリイが頼んだ分よりも多いんじゃない、これ。このあたり、商魂たくましいという言葉が彼にぴったり合うなと思った。
「えー、これは何の野菜ですか?」
「お、さすがタナカさん、お目が高い! これはピコロと言って、この時期では滅多に手に入らない幻の食材なんですよ。栄養価がすごく高く、味はそうですね…米のような甘みがあります」
「お米? お米も取り扱っていますか?」
「はい、我がガスターシャ商社で取り扱っていない者は人間の誕生と寿命ぐらいで、それ以外のものなら何でも扱っていますよ!」
なんだか怖い単語が出たなそれ。だがあえてそのあたりはスルーしておこう。確実にスルースキルだけは磨かれていると思うな、うん。
「えっと、お米、今ありますか?」
「はい、こちらに長米から短米まで、そろってますよ」
指さされた方に行って覗きこめば、確かにそこにはお米があった! うわ、懐かしい! 長米ってのはタイ米みたいなものかな、短米はジャポニカ米かな。どっちにしろお米があるというのはありがたい!
「それじゃこっちの短米をいただきます」
「はい、毎度ありがとうございます!」
「それと、お味噌ってあります?」
「ありますよー。赤味噌白味噌あわせ味噌、生憎今日は6種類ぐらいしか持ってきていないのですが…」
「少し味見してみても?」
「どーぞどーぞ!」
壺の中に入っている味噌を少しだけ掬って味見をする。な、懐かしい…! まさかこの世界に来て和風を味わえるなんて思っていなかった。諦めかけていた味を堪能で来て、涙が出てきそうだ。
「このお味噌と、このお味噌、両方ください」
「毎度です!」
よし、この二つがあれば和風味が作れる。贅沢を言えば醤油も欲しいところだけど、どうやらそれはないようだ。惜しい、お味噌があるなら醤油もありそうなものなのに…。魚油はあるようだけど、あまり好みではないし。
……こうなれば、作るか、醤油を。だが、作り方が分からない…。
「ああ、それと服を何着かいただけませんか?」
「へえ、カリイさんが新しい服を御所望で?」
「いや、ぼくのじゃないよ。タナカの服が欲しいんだ」
「ははぁ、なるほど。確かにカリイさんの服を彼は着れませんしね」
ケラケラ明るく笑いながら衣類が入っている袋を取り出す。
「それじゃこの中に入っている服は、全部サービスで差し上げますよ」
「えっマジで!?」
「ええ、いつもカリイさんにはお世話になっていますし。タナカさんに恩を売っておくのも重要な戦略ですよ」
あっけらかんと言ったよこの人。でもそう言っておくことが重要なのかもしれないね。何と言ってもカリイは守銭奴だし、そのカリイと商売できるというのは、それだけサルディスさんにとって必要なことなんでしょ。それならこの服ぐらいは安いもんだってことか。
「じゃ、全部で…これぐらいで」
ぱっと私の世界で言うそろばんみたいなものを弾いて、そこにある数をカリイは眉ひとつ動かさずに見る。
「…これだね。これ以上は、譲れないよ」
「あいたたた…。カリイさんてば相変わらずキビシイ方ですね。せめてこれぐらいは…」
「もう一度言うよ? これ以上は譲れない」
「あーもー降参ですよ! 毎度あり~」
さすが師匠、値切りのプロだ。金に関しては容赦ねぇ!!
カリイが示された金額をサルディスさんに渡した。それと一緒に小さな布袋も渡した。
「これ、昨日までにできた分。宜しくお願いしますね」
「あ、これはこれは! いつもありがとうございます!!」
「いえ、貴方のところが一番しっかりしていますしね。ぼくも助かっています」
「いやいや、これもそれも全てカリイさんのお陰ですよ! 今後ともご贔屓に!」
ほくほく顔で布袋をしまいこめばさっさと残りの商品を片付ける。
そして来た時と同様素晴らしい笑顔を浮かべて、サルディスさんは去っていった。
「カリイ。最後に渡したの、何?」
「あれはぼくが作った薬ですよ。この森でしか取れない薬草を調合したもので、他ではなかなか作られないものなので、希少価値があるんです」
「なるほど。そうやってカリイとサルディスさんは成り立ってるんだね」
「ええ。大抵はサルディスンあの勢いで彼のいい値で商売できますからね。だから高く売れるんです。まあ、ぼくには効かないですが」
にっこりとほほ笑むカリイを頼もしいと思うべきなんでしょうね、これ。
「それじゃ私、食材を片付けますね」
「宜しくお願いします。ああ、それと服も貴方の部屋にしまいなさい。ずっとその格好じゃイヤでしょう」
「ああ、それもありがとうございます。二着を着まわしというのはなかなか大変だったので、本当に助かりました」
素直に礼を言う。カリイと私の身長差は歴然で、サルディスさんの言う通り彼の服は着られない。唯一残っていた「以前この家で助けた男」の服を着ているのだが、それも二着しかなく、ずっとそれを着まわしていたのだ。節約を旨とするため別にたくさん服が必要というわけではないけど、それでもそろそろ限界に近付いてきている服を見るたびにため息が出ていた。
だから、今回新しい服が増えたことは本当に嬉しい。そのことをカリイが気付いていてくれていて気にかけてくれていたことが、嬉しい。
さすが御主人様! と思わず言いたいほどだ。
「まあ、これで外に出られるようになりましたね。これからは外でも重労働してもらえますし…」
「へ?」
「今までの服は全て室内用で屋外には適していませんでしたしね。ぼくはあまり寒い外には出たくないので、やはりここは下僕であるタナカが外の仕事をするべきでしょう。ああ、本当に良かった。防寒着ができて」
にーっこり。微笑むカリイを直視できない。
この人の親切心には常に裏があることを忘れてはいけない。
新たに増えた己の仕事内容にかるく眩暈がした。
行商人をあまり生かしきれなかった…。
(20111127)