03
オッサン生活12日目。
こぽこぽこぽ、と午後の紅茶を淹れる。格式高い香りが鼻腔をくすぐり、口に含む前からその味を期待する。
紅茶を注いだカップをカリイの前にそっと置く。すると、カリイは読んでいた本にしおりを挟み、そこでしばしティータイムへと興ずるのだ。
私は紅茶を満足げに飲む彼の姿をじっと見つめる。
相変わらずの、さらさら金髪。日本にいたころは本物の金髪をこんな間近で見たことはない。まゆ毛も、その長いまつげも金髪だから、染めているのではなく地毛だということは一目瞭然。
そして、大きくて透き通ったグリーンの瞳。青い目ならテレビの向こうを通じて見たことがあるが、緑の目はない。勿論、あちらの世界にもこのような瞳はいるようだが、如何せんその数は少ないようだ。おまけに、彼の瞳は深い森のような色合い。水色にちょっと緑が混じっているよ! というものではなく、正真正銘の緑。翠。宝石と比べてもなんら遜色はないだろう、このような見事な宝石は見たことはないが。
そしてそれらのパーツ一つ一つが「ここにしかない!」と思われる見事な黄金比で飾られているのだ。眉の位置、目の位置、鼻の位置…。それら一つ一つがお互いを助長し合っている。
正直、これほどまで完璧な美形は今まで拝んだことはない。
毎日見ても飽きないし、慣れない。おまけに声は鈴を振ったかのような澄んだものだ。声まで可愛いなんてズルすぎる…!
「……そんなまじまじ見られると、お金もらいますよ?」
「ひぃ!? ちょ、見るぐらいタダじゃん! 減るもんじゃないし」
「確かに減りませんが、精神的苦痛による損害賠償請求をしたいなと思います」
「ちょ、そんな本格的な単語言わないでくれる!?」
怖い怖い。
この見た目に騙されちゃいけない。この子、こんな見た目でもお腹真っ黒なんだ。特にお金に対して汚い……すごい執着があるんだった。気をつけないと、私の借金は知らない間に水増しされていく気がする…。
動揺を隠すために紅茶を一口飲んだ。その味に心がじんわりと暖かくなる。
「ところで、そろそろ小麦がなくなりそうなんだけど、どこかに保存してあるの?」
「保存? そういったものはしてないですね。今ここに出ているもので全部です」
「ええっ!? そ、それじゃそれ以降もうパンやクッキー作れないよ!?」
心底悲鳴をあげた。小麦は袋にあと少ししか残っていない。明日のパンぐらいは作れるだろうが、それ以降の分はない。どうがんばっても、ない。いくらやりくり上手な私でも、元手がなければ工夫することすらできない。
明日からの絶望的な食事風景を想像して、がくっと肩を落とした。
「……それは困りましたね」
「困るも何も! 絶体絶命のピンチだよ! ……まあ、豆類と芋類はあるから、食事ができないってワケじゃないけど…」
「ふむ、それなら明日、サルディスに来てもらいましょう」
「……さるでぃす?」
「サルディス。行商人です。一応、この家の食料は彼から購入しています」
「ええ、行商人!? ちょ、誰もこの森にやってこないんじゃ…」
「サルディスは間違いなく『物珍しい』人間に部類するでしょうね」
おいおい、この世で一番物珍しい人間がそんな笑顔で言うことじゃないでしょ。
とか思っていると、まるで心の中を読んだかのようなタイミングでにこりと微笑まれ、慌てて紅茶を飲んだ。
すみません、私は下僕です。ご主人様のことをそんな風に考えるなんて畏れ多いことでしたね、申し訳ないです!
心の中で何度も何度も土下座する。それぐらい、簡単にできるようになってしまったこの身体(心)が憎い…。
とりあえず、食糧面における危機的状況からは逃れそうだ。
それに私は少しわくわくしていた。
この世界に来てカリイ以外の人と会うのは初めてだからだ。
「ねっねっ、そのサルディスってどんな人なの?」
「………会えば分かりますよ」
尋ねても微笑むばかり。んー、ケチ。いや、なんでもないです。あんまりしつこく尋ねて情報料請求されたらたまらないので、ある程度の所で引いておく。これ、この家で暮らすために必要な処世術ね、対カリイ用だけど。
そして、紅茶を飲み終え「ちょっと連絡してきますね」とカリイが席を立つ。一体どうやって連絡をとるのか興味はあるが、その前に私はここの後片付けをしなければならないという使命がある。
………なんやかんや、しっかりと下僕精神が根付いているような気がする…。
そんな考えが頭をよぎったがふるりと頭を回し、後片付けに専念した。
とりあえず、明日サルディスさんに会うのが楽しみです。
ようやく登場人物が増えそうです。
(20111127)