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 オッサン生活四十一日目の午後。



「随分と威勢のいいお嬢さんだな」

 私の第一声を聞いてにっこり笑いながら、その人は言った。

 対する私はというと、未だぽかんと呆けたような表情で、彼の言った言葉を頭の中で反芻していた。

 そして、カリイはというと――。


「まあ、躾のなっていない娘なので」

 ニコニコと、私にとって失礼な発言をかましていた。いや、確かに開口一番叫ぶだなんて躾がなってないと言われても仕方がないけど、人間、予想していないことを突如言われたら叫んでしまっても仕方がないと思うんだけど!? と反論したいが、如何せんそこまで冷静な状態ではない。


「まあ、元気がいいというのはいいことじゃないか。特にお前は感情を露わにしないわけだし、釣り合いがとれて丁度いいんじゃねぇか」

 あっはっはと豪快に笑って、私たちに席に着くよう示した。カリイはそれに従い、私も何だか覚束ない足取りで何とか席に着いた。


「それで、今回のお話は?」

 早速口を開くカリイ。私はとりあえず開いた口を閉ざして、彼の隣で大人しく座っていることにする。その間に目の前の人物を観察した。

 年齢は三十代半ばぐらいだろうか。精悍な顔つきにがっしりした肩幅。何かスポーツをやっていると言わんばかりの風貌だ。笑顔が似合う、気持ちのいいオジサマと言ったところだろうか。裏などない、太陽みたいな感じの人だ。まあ、十人いたら九人から好感をもたれるような人物だと言えるだろう。

 そんな不躾な私の視線に気づきつつも気にしないところがまた懐が大きい。逆に隣に座っているカリイに机の下で思い切り足を蹴られたけど。


「用件は既に書面で知らせた通りだ。今回はその詳しい内容を詰めていこうということで、俺が来たわけだ」

「そうです。それならぼくの言葉は一つですね。『まだそのつもりはないので、この話はなかったことに』です」

「そう言うと思っていた。ほら、これを読むんだ」

 苦笑しつつその人は手紙らしきものをカリイに差し出す。カリイはそれを黙って受け取り、裏返したところで途端に不機嫌な表情になった。

「……イヤなものですね」

「そういうなって。お前にとっては嫌なものかもしれないが、とても名誉あるものなんだぜ」

「そういう人がいるから、イヤなんですよ」

 大きなため息をついて覚悟をしたかのようにカリイは封を切った。そして中に入っていた手紙に書かれている内容を、心底嫌そうな表情で読んでいく。私の方からは書面の内容は全く見えないのだけど、カリイの表情から彼にとって嬉しくないことばかりが書かれているのかなと他人事のように思っていた。


 そして、ふとあの男の人がこちらをニコニコしながら見ていることに気づく。

「紹介が遅れましたね。俺はタイタン・ドローズ。カリイの…まあ、後見人というか保護者代わりというか、そんな感じです」

 反射的にこちらも名乗ろうと思ったが、カリイによって勝手に口を開いていはいけないという命令が下されている。先ほどそれを破ったばかりの私が、ここで再び同じことをしてしまえば、カリイの機嫌を損ねることは容易い。しかも、今現在進行形でカリイの機嫌は絶不調だ。ちらり、と伺うようにカリイを見る。

 それを察したのか、カリイは手紙から視線を外さずに口を開いた。

「彼女はターニャ。今はぼくが面倒を見てあげている女性です」

 言われた名前は私のものではなかったが、私の身の上を説明する気はないといわんばかりの様子だ。確かに、『ここではない世界からやってきました!』なんて言いたくない。言われたら絶対頭の緩い子だと思われてしまう。だから彼の言い分には素直に賛成した。

「しかし、あのカリイと一緒に暮らせるなんて、ターニャ殿はよほど懐が広いと見える」

 その言葉にも全力で頷きたい。頷かなかったのは一重に下僕根性のたまものだろう。この人―タイタンさんも、カリイの保護者代わりということなら、カリイの性格をよく知っているのだろう。それならば、一緒に住んでいる際の彼の横暴についてよく理解しているはずだ。私の中で一方的な仲間意識が芽生えた。


「それで、いつ式を挙げるつもりで?」

 ぺろり、とまたもや爆弾発言が出てきた。

 一体いつの間に私とカリイは婚約者という関係になっているのだろう。私と彼は一般的には依頼人とそれを引き受けた者、それをカリイ風に言いかえるならば主人と下僕なのだが、まかり間違ってもそんな甘い関係にはならない。

 そもそも、カリイの正確な年齢は知らないが、私にはこんな子どもを男として好きになるような性癖は持っていない! それだけは声を上げて断言することができる。

「そのあたりはまたおいおい。それで、この手紙の内容ですが」

 憤然としている私の心情を知ってか知らぬか、さらりとその話題を終わらせて、手紙の内容へと移す。

「わかりました、とお伝えください」

「本当か?」

「ええ。……このあたりで一度行っておかないと、これ以上五月蝿くされても困りますからね」

「そうか。俺としてはそれが嬉しいんだが……。お前が素直に頷くなんて気持ち悪いな」

「行くのをやめましょうか?」

「それは困るな。俺としては断られたらその場で力づくでいいから連れてこいと言われているし」

「それならその余計なことを言わずに、素直にぼくの言葉を有難がればいいのですよ」

「はいはい。カリイの寛大な心に感謝しますっと」

 タイタンさんはやれやれといった風に、それでもカリイが了承したことにほっとしたように頬を緩めた。


「では、これで用件は終わりですね」

「おいおい、そんな急いで帰らないといけない用事なんてないだろ?」

「大口の依頼が入っているので。それに、彼女にこのあたりを案内してあげたいので」

「……へぇ、それなら仕方がないな。それじゃカリイにターニャ殿。また後日お会いしましょう」

「失礼しますね」

 カリイはそれだけ言うとさっさと歩いていく。私は慌てて立ち上がり、タイタンさんにぺこりと一礼をしてカリイの後を追っていった。



「ねぇ、教えてくれないと思うけど、一体今の、なんだったの?」

「ぼくはそういう聡い貴女が素晴らしいと思いますよ」

「……つまり教える気はないってことですか…」

「さ、それでは帰りますか」

「えっ!? このあたりを案内してくれるんじゃ…」

「ぼくがそんな人間に見えますか? あんなの口実に決まってるじゃないですか」

「デスヨネー」

 一瞬でも期待した私が馬鹿だった。そうだ、カリイはこういうヤツだ。平然と人を出汁に使って自分のよいように事を進める。そしてそれに対して文句を言えないのが私の立場なのだ。

「あ~あ…、折角の町だったのに…」

「今度はこれよりも、もっと活気あるところに連れて行ってあげますよ」

「ホント!?」

「ええ、…………活気がありますよ」

 なんだかすごく意味深な言葉に私は口の端が引きつった。

「えーっと、やっぱり私家で大人しくしていようかと…」

「嬉しいですねぇ。タナカがそれほど喜んでくれるなんて。ああ、ぼくってなんて下僕思いのよい主人なんでしょう」

 こいつ聞く耳一切もたねぇ! というか絶対わざとな様子に私は何か言おうと思ったが、その前にくるりと向けられた笑顔に固まった。

「そう言えば先ほど、ぼくの命令を無視して口を開きましたね。……さぁて、そのお仕置きは一体何にしましょうか」

「あ、あれは仕方がないっていうか…」

「楽しみですねぇ。早く家に帰りましょう」


 終わった、私の人生終わった……。


 家に帰るまでの道のりがいやに早く感じたのは、私の気のせいではないだろう。








「任務完了っと」

 さらさらと、紙に文字を書き記していく。丁度その時、先ほど頼んだ紅茶が運ばれてきた。それを笑顔で受け取って一口飲む。


「さて、高名なる賢者様は一体どのように出てくるのだろうな」


 先ほど『太陽の様な人物』と評された者とは全く違う、昏い笑みを浮かべて、タイタンは来る日のことを愉しげに想像していた。

着地点が見えない…。

(20120604)

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