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オッサン生活四十一日目。
「ふわぁ…」
昨日カリイから正体不明の激マズ液体を飲まされて一晩経った。味は最悪だったが、目覚めは何故かすっきりしている。もしかしたらあれは何か強力な疲労回復薬だったのだろうか、今までにないぐらい爽やかな目覚めだ。
「今ならレポート一つぐらい、軽くできそうな気がする」
ま、実際にはやらないと思うけどね。多分この爽快な気分のまま二度寝すると思うね。
だけど、ここは二度寝が許される空間ではない。早く起きて朝食を作らないとあのご主人様のご機嫌が悪くなる。
「あ、れ……」
ベッドから出した足が、何だか見なれない大きさになっている。いや、見なれないというよりかはどちらかといえば見なれた――見なれれていた大きさだ。それはオッサンの私じゃなくて、「女子大生田中晶」の大きさで…。
「あれ、あれ……?」
ぺたぺたと全身を触ってみる。
違う!!
違うよ!!
慌てて私は鏡のところに駆け寄る。よく磨かれた銅を鏡の代わりに使っているんだけど、そこの映っているのは、オッサンじゃなくて
「私、だ……」
思わず頬をつねる。痛い。痛いので夢じゃない。
「か、カリイーーーー!!」
部屋を飛び出し、その勢いのままカリイの寝室へ向かう。カリイの朝は普段そこで寝ているか、私が入ってはいけない部屋にこもっているか、そのどちらかだ。後者だと私は部屋に入れない(下僕根性が染みついてしまっているのでね!)が、幸いカリイは寝室にいた。
寝起きが最悪なカリイだが、幸いもうすでに起きていて身支度を整えた後のようだ。乱入してきた私を見るなり満足げな笑みを浮かべた。
「どうやら成功のようですね」
「せ、成功って!? てか、これ、カリイがやったの!?」
「まあ落ち着いて。とりあえずぼくはお腹が空いてますので、朝食の準備をしてください」
「そんなことしている暇は…「朝食の準備をしてください」
そして一分後には台所に立っている下僕です。
仕方がないでしょ! この家ではカリイが圧倒的な王であって、私はしがない下僕でしかないんだから!
急いでいるからといって手を抜くわけにはいかない。カリイは私がくるまで碌に食事を摂っていなかったのに、私が料理を作るようになってからは食事を楽しむことを覚えたようだ。だから朝からそれなりの量を食べる。食べすぎじゃないかと思うぐらい食べる時もあるが、まあ子どもだし成長期なのかもしれないし(まだ早いかもしれないけど)何より一切贅肉に変換されていないようなので、ほっておくことにしている。
今日は昨日焼いたパンの残りと昨日の夜のスープの残り、それに現代でいうスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、プラス紅茶ゼリーだ。最近ゼリーに嵌っている御主人様。毎日違う種類のゼリーを御所望されるので、レパートリーは増えるがそろそろ尽きかけてきているのが悩みどころだ。
「そろそろ話してもいいでしょ」
食後の紅茶を満足げに飲みながら食休みをしているカリイにぐぐいっと詰め寄る。
カリイは手にしていたカップをそっと机に戻し、そして軽く手を組んだ。
「聞きたいことは?」
「なんで私が元の姿に戻っているのか」
「簡単です。戻る薬を飲ませたからですよ」
「ええっ!? そんなの飲んだ覚えは……」
そこまで言ってはたと気付く。
昨日のあの謎の液体。
もしかして、あれがその薬なんじゃ…。
カリイをみると軽く頷いている。どうやらこの予想は当たっているようだ。
「なんで…。だってカリイ、元の姿に戻すのに金200いるって…」
「ああ、今回は元に戻る術をかけたわけじゃないですから」
「へ?」
「昨日貴女に飲ませたものは、今試験中の解除薬なんです。いわゆる術をかけられた人物を元に戻すための薬ですね。その薬が昨日できたので、タナカに試しに飲んでもらったわけですよ」
「えーっと、簡単にまとめると、人体実験?」
「薬学の進歩には犠牲はつきものですよ」
いけしゃあしゃあととんでもないことを言ってるんですけどこの子!?
言葉を飾ることもなく、危険性が分からない物体をその危険性を話すことなく強制的に飲ませるだなんて悪辣すぎる…!
いや、効果を言われて実験段階ですが…と言われても、多分下僕という悲しいジョブのために飲んでいる可能性の方が大きいけどね。
だけど、知らされて飲むのと知らされずに飲むのとでは大きな差があるよね、これ!!
「カリイって……。分かってたけど、性格悪いよね」
「よいとは一度も言われたことないですね」
「その年ですでのその存在…。将来が恐ろしいです」
がっくし机に突っ伏す。もうツッコムのも疲れた。
とりあえず、その試薬の効果が私に表れたということは、試薬は成功なんじゃないだろうか。それは本当によかった。ただ、これからどんな副作用が出るかどうか、それは未知の領域だけど。
「ところでタナカ。気分が悪かったり痛いところがあったりしないですか?」
「……個人的には衝撃の事実にどん底気分ですが、寝起きはとても爽やかでした。具合が悪いところもないですし、今なら何でもできそうな感じがします。身が軽くなったって感じかな…」
「なるほどなるほど」
私からの返答を手元にあったメモにさらさらと移していく。こうしてみると、確かに私が飲んだ薬は試薬なんだなということをまざまざと見せつけられる感じだ。
「でも、今まで作ろうと全く思ってなかったのに、なんでいきなり…」
「別にタナカの為じゃないですよ。依頼を受けたので」
「依頼?」
「ええ。呪いを解く薬を作ってほしいという依頼です」
「の、のろいをとくくすり…」
ファンタジー出た。呪いと言えば教会にいってお金払って…なRPG脳な私は、呪いを解く薬だなんて想像つかなかった。
「てか、いつの間にそんな仕事、受けてるんですか」
「基本はサルディスから受けますよ。彼はぼくと下界との窓口ですから」
「なーるほど」
確かにサルディスさんの役目はそんな感じだ。日常必需品を売りに来るだけでなく、カリイが作った薬を扱うとも聞くし、そんな彼がカリイ宛の仕事をもってくることもさもありなんだね。
「てかカリイって薬作るのが仕事なの?」
「そうですね。一応それで生計を立てていますが」
「カリイみたいな子が働いているって…。この世界じゃ当たり前、なのかな」
「…まあ、そうですね。職種は違うと思いますが、この年齢なら商家の下働きにでる子も多いですね。農家ならばもういっぱしの労働力ですし」
「学校って制度は?」
「ありますが、それは高等教育を授けるところですので、一般的ではないですね」
「うーん、とことん日本とは違うシステムだなぁ…」
はぁとため息をつく。こうして元の世界との違いをまざまざと見せつけられると、なんだか気分が沈む。
別にこの世界が悪いというわけではないが、やはり二十年間生まれ育ってきた世界での価値観との違いを感じると、なんとなくもやもやするものだ。
「それじゃあタナカ。早速着替えて出かけましょうか」
「へ、出かける? あの湖に行くの?」
「いいえ。町に行きます」
「町!?」
カリイの口から出たこの世界では馴染みのない単語に、思わず口が開いたままになってしまった。
良薬口に苦し、ですね。
(20120317)