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オッサン生活四十日目。
「タナカ、ちょっとこちらに来て下さい」
御主人様がこちらに向かって手招きをしている。しかも、いい笑顔がオプションでついている。
それを見た瞬間、私の身体は正直に回れ右をした。しかし、それを許さないのが御主人様であって。
「タナカ、ちょっとこちらに来て下さい」
一言一句、違わず再び同じことを口にする。今度の笑顔は、先ほどよりもいい笑顔だ。
あ、確実に死亡フラグ建てちゃった?
まだまだ命は惜しいので、飛んでいくという言葉がぴったりな勢いでカリイの方へ行った。
「はぁ、何かご用で」
「うん、ちょっとこれ飲んでみて」
そう言って差し出されたのは、薄い黄色の液体。日本で言うなら、某メーカーの炭酸飲料みたいな見た目だ。だけど、この世界にそれはないだろう。
差し出されたコップを受け取り、不審げに匂いを嗅ぐ。甘い、花の様な香りがした。
「あれ、変な匂いがしない」
「いくらぼくでも、飲めない物を渡さないですよ」
「いやいや、カリイがそれ言っても説得力な…すみませんそうでした、私が軽率でした」
危ない危ない。素直な気持ちを伝えたらダメだよね。うん、私だって学習する生き物なんだよ。
「……先に聞くけど、毒じゃないよね?」
「さっき言いましたよね。いくらぼくでも、飲めない物を渡さないって」
「あと、これ飲んだらお腹壊すとか身体が痺れるとか…」
「そんな物、タナカに飲ませてぼくに一体どんな利益があるんですか」
(いや、カリイなら「面白そう」の考えでしそうなんだけど)
「タナカ、心の声は顔に出さない方がこの世を生きていくうえで賢いですよ」
はっ、どうやら表情に出ていたようだ。馬鹿正直なこの顔がにくい…!
「とりあえず、何も考えずにこれを飲みなさい。いいですね」
「………はい」
なんだかお医者さんに薬を飲まされる小さな子みたいな扱いだな、おい。
手の中にある、黄色い液体。
とりあえず、カリイの言を信じるのなら、飲めない物ではないようだ。だけど、味や効能については全く触れられていない。
それがやたらと恐怖感を煽る。
ちらり、とカリイの表情を見る。そこにはもう、飲むしかないだろうというオーラ満載だ。
意を決して、それを一口飲む。
「っ……………」
ま………まずい……!
なんとも言えない味が口内を襲う。さらりとした見た目に反してどろりとした味。芳しい香りに反して、苦々しい味。何でこんな色からこんな味になるんだ!? と叫びたいがその叫ぶ気力さえ失われる味だ。
「どうです、なかなかの味でしょう」
「……………」
飲ませた張本人は苦しんでいる私を見てどことなく嬉しそうだ。やっぱり、私の苦しんでいる姿を見るためだけに飲ませたんじゃね!? という疑惑が湧いて出てくる。
「まずい」
「でしょうね。ぼくは飲みたくありません」
「……」
「何で飲ませたという目ですね。それはタナカの事を思ってですよ」
「……」
「悪意は全くないですよ。このぼくが、タダで、タナカのために、してあげたことです。感謝してほしいぐらいですね」
「……」
恨みがましい目はそのままで会話を続ける。本来はその内容について教えてほしいんだけど、どうやらカリイはそれについて語る気はないようだ。答えをはぐらかす様なおおざっぱな内容しか喋らない。
「あとはたくさん水分を摂って、早めに寝た方がいいですよ」
「……ぉえい」
あ、はいって言おうと思ったんですが、あまりのまずさに変な返事になっちゃった。
だけどとりあえず、この不快感から逃れるために水を飲む必要があるので、のろのろとした動作で水瓶に向かった。
「さて。これで一体どうなるかな」
すっと傍に寄ってきたゴンの毛並みをさらりと一撫でし、楽しげに笑った。その真意は、まだ誰も知らない。
あと少しで一章も終わりますね。
予想以上に長くなってしまいました…。
(20120218)