08
オッサン生活三十日目。
「ひと月、か…」
気がつけば、この世界に来てひと月経っていた。
最初は全く意味を汲みこめなかったけれど、ひと月も経つと人間って慣れるもので。今では時折カリイに「ふてぶてしいですね」と言われるほどになっていた。いや、そこはふてぶてしいじゃなくて心許したんじゃないかって言ってほしいところだよ全く。
とにかく。下僕(もう自らそう言うことも慣れてしまったよ…)生活もそしてオッサン生活も板についてきた。まだ私のもとの姿に戻ることもできなければ、もとの世界に戻る方法も分かってない。
でも、とりあえず飢えて困ったり寒さに凍えたりすることがないだけ、私は幸せだ。
「なぁんて思ってたのにぃ~……!!」
絶賛寒さに凍え中です。絶賛空腹中です。
さかのぼること三時間前。どこか渋い表情でカリイが私に言ってきた。
「すみませんが、今から森に行ってこれと同じものを採ってきてくれませんか?」
「森に?」
「ええ」
「一人で?」
「ええ」
珍しい。なるべく一人で家から離れるな(薪割りは別だけど)と常日頃言っているカリイがそんなことを言うなんて。しかもそんな渋い顔をしているってことは、ホントはそう言いたくないってことなんだろうと思う。
だけど、実際には渋い顔をしながら私に一つの草を渡した。それはよもぎによく似た植物で、おそらく何かの薬草なんだろう。全くその知識がない私には単なる草としか見えないけど。カリイが無駄な物を採ってこいとは言わない。何かに必要なものなんだろうと思った。
「分かったよ。でも、大体どのあたりにあるの?」
「前、湖に行きましたよね。その近くに生えています」
「ええ~…、あの湖、にぃ~…?」
「嫌ですか?」
あれ、なんかここで「嫌って言ってもいいよ」みたいな雰囲気が出てるんですけど。でもそう思われるとそう言いたくなくなる天邪鬼な私。それに、普段行ってはダメと言われている外に行けるのも、なんだか楽しい。
「分かりました。どのくらい摘んできたらいいの?」
「……そう、ですね。それじゃこれに一杯摘んできてください」
手渡されたのは私の(今の私の、ね)両手より一回りばかり大きなざる。これ一杯というのはなかなか大変そうだなと思いつつも、二つ返事で引き受けた。
そして、現在に至る。
「もうやだ何で? 何で湖にたどり着かないのー!?」
確か湖までの道は一本道のハズだった。家を出て南の方向に向かってずーっと歩いていけば、徐々に木々が途切れてぽかりと湖のある空間になるはずなのに。どこも曲がるところはないし、間違えるはずはない。
唯一、間違えたかなという心配は、この積もった雪なんだけど…。
「うーわー、こんなところで遭難とか…。泣ける…」
情けない言葉に肩が落ちる。大体雪が積もっているこの状況で草を摘めってのが間違った話なんだよ。見つけるために雪をどけなきゃいけないし。どけてから目的のものを探さなきゃいけないし。よくよく考えたらすごいメンドーだよ! 重労働だよ!!
がさり――
ふと、耳慣れない音が聞こえた。それは雪の落ちる音ではなく、草が揺れる音。でも、あたりを見渡しても雪ばかりで草なんてものはない。
そしてまた、一つ音が鳴る。その方向を見上げた――木の上だ。
「えっ……」
うそ…、いやいやいや、これは私の見間違いでしょ。うん、きっとそう。だって私、本物の狼なんて見たことないよ。あれはきっと大きいシベリアンハスキーだよ。うん、実は生でシベリアンハスキーも見たことないけどね! でもきっとそう。この世界にシベリアンハスキーが存在するかどうか分かんないけど、私がシベリアンハスキーだと言えばあれはシベリアンハスキーなんだよー!!
そんな現実逃避を唱えているとシベリアンハスキー(仮)が木の上から落ちてきた――否、私めがけて跳躍した!
とっさのことで悲鳴なんてあげることはできなかった。かろうじて両腕を顔の前にばっと被せるだけだった。
ああ、私ここで終わりなのかな…。
ちらりとそんな考えが脳裏をかすめた――
中途半端に続きます。
(20111229)