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第58話 役割を分ける朝  

 その朝、サラは板の前に立つ四人へ、仕事を分けて言った。寝台判断は自分。入口の第一声と帳面はユナ。待機椅子と白湯の初動はミア。フィオナは最後の見立てと香草包み。昨日まで曖昧に重なっていた手順を、今朝は言葉で切り分ける。


「嫌でも分けるよ」


 サラの声は短い。だが、そこに迷いはなかった。目の下の薄い隈はまだ消えていない。むしろ濃くなっている。だからこそ、これ以上背負わないために分けるのだとフィオナは分かった。


 ユナは帳面を抱え直し、栗色の三つ編みを背中へ払った。


「最初の一言で、相手を怯えさせないようにするのが私の役目ってことですね」


「そう」


 フィオナは頷く。


「答えさせる順を間違えると、息が浅い人ほど取り繕います」


 ミアは白湯の椀を並べながら、少しだけ胸を張った。救われた側だった彼女が、今は待機の初動を任される。それは小さいようで大きな変化だった。


「私は、座らせるまでですね」


「座らせて、手が冷えすぎていないかも見る」


 サラが補う。


「フィオナが来る前に、明らかに危ない人は分かるようになって」


 厳しい言い方だが、期待でもあった。ミアは唇を結び、それから頷いた。


 役割分担でいちばん難しかったのは、フィオナ自身だった。今まで見えたものを、いったん他人へ任せなければならない。自分で最初から最後まで確かめた方が早い夜もある。だが、それを続ければ次の波で詰む。


 ルド婆さんは香草棚の前で鼻を鳴らした。


「全部自分で見たい人間は、だいたい先に寝込むよ」


 返す言葉がなかった。フィオナは自分の疲れに鈍い。そこを見抜かれている。


 夕方の試し運用では、さっそく役割が効いた。ユナが入口で相手の声の詰まり方を見て、ミアがすぐ椅子へ導き、サラが寝台の空きを切る。そのあとでフィオナが足首と呼吸を見れば、前よりずっと余計なやり直しが少ない。


 もちろん気持ちはざらついた。入口で誰かの肩が落ちるたび、自分が先に見ていれば違ったのではないかと思う。けれど、見立てが遅れて全員を待たせる方がもっと悪い。


「分けた方が、怖いですね」


 運用が一段落したあと、フィオナは思わず漏らした。


 サラは帳面を閉じる手を止めない。


「怖いよ。間違えた時、ひとりのせいにできなくなるからね」


 その言い方がよかった。責任を薄めるために分けるのではない。同じ責任を、宿の形に広げるために分けるのだ。


 レナはその様子を隅から見ていた。神殿では、役割は多くても、崩れを見る手は共有されていなかったのだろう。褐色がかった髪の隙間から覗く横顔に、羨ましさと痛みが同時に浮いていた。


 役割を分ける朝は、少しだけ宿を冷たく見せる。だがその冷たさがなければ、やさしさは長く残らない。フィオナはようやく、第二部で守るべきものが「誰かを助けたい気持ち」だけではなく、「助けが回り続ける形」そのものなのだと理解し始めた。


 片付けのあと、帳場の床へ落ちた白い粉を拭きながら、フィオナは妙な静けさを覚えた。自分が入口へ走らなかった分だけ足は軽いのに、胸の中では別の疲れが居座っている。見ていない場面を仲間に預ける重さだ。それでも、サラの肩が前より落ちていないのを見れば、分けた意味は確かにあった。


 役割が切られると、宿の誰が欠ければどこが止まるかも見えやすくなる。優しさだけで埋めていた頃より厳しいが、その厳しさがあるから次の夜に備えられる。朝霧亭はようやく、気持ちだけで回る場所から、形で支える場所へ半歩進んだのだった。

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