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第55話 先に帰す湯気

 泊めることが救いなら、帰すことは失敗に見えやすい。だからこそ、帰す前の湯気を雑にしてはいけなかった。


 その夜、裏口には椅子が埋まり、寝台も埋まった。サラは早い段階で決めた。これ以上は中へ入れない。そう決めなければ、今いる者まで朝にもたなくなる。


 帰すことになったのは、昨日の荷役の少年と、街道見回りの中年男だった。どちらも今夜すぐ倒れる息ではない。だが楽でもない。だから一番きつい。助けられないわけではないのに、泊めるほどではないと切られる位置にいるからだ。


 フィオナは台所で白湯へほんの少しだけ香草を落とした。眠らせるほどではなく、帰り道の肩を落とせる程度の匂いだ。ルド婆さんは包みを二つ、ユナは固めのパンを半分に切って布へ包む。ミアは裏口の足元へ小さな灯りを一つ増やした。


「送り出す支度の方が、受け入れる時より慌ただしいですね」


 ミアが苦く笑う。淡い茶色の後れ毛が頬へ張りついていた。


「受け入れる時は中で見られるからね」


 サラが答える。


「帰す時は、戸を閉めたあとを見られない」


 それがすべてだった。戸の外へ出たあとの足取りは、宿の目から外れる。だから戸を閉める直前までに、どれだけ持たせるかが大事になる。


 少年は香草包みを受け取る時、前より素直に頭を下げた。


「次はもっと早く来ます」


「来る前に倒れないでください」


 フィオナが言うと、少年は少しだけ笑った。その笑いが出るなら今夜は帰せる、と分かる。見回りの男の方は無言だったが、白湯の椀を空ける速さが最初より遅くなった。焦りが少し落ちた証拠だ。


 反対に、神殿帰りのレナは中の短い寝台へ通した。彼女は帰せる顔をしていなかった。褐色がかった髪の根元まで汗が戻り、手の震えが止まっていなかったからだ。


 こうして比べると、線引きは残酷なほどはっきりする。同じように疲れて見えても、今夜外へ出してよい人と、出せない人がいる。問題は、その見極めを宿の側が毎回引き受けることだ。


 ユナは戸口で帰る二人を見送りながら、小さく言った。


「助けた感じがしないね」


 フィオナも同じだった。白湯を渡し、包みを持たせ、足元の灯りまで付けた。それでも「泊められなかった」という芯が残る。第一部で味わった小さな達成感とは違う。何かを削ったまま次の朝へ回す感覚だ。


 それでも、帰る二人の背中は前夜よりましだった。まっすぐではないが、膝から崩れる歩き方でもない。朝霧亭が今夜できたのは、その程度だ。だが、その程度を軽く見てしまえば、きっと次は何も渡せなくなる。


 戸を閉めたあと、湯気だけがしばらく裏口に残っていた。泊めるための湯気ではなく、帰すための湯気。第二部はきっと、こういう種類の温かさを何度も書くことになるのだと、フィオナは白く薄れる空気を見ながら思った。


 見送りのあと、ユナは使い終えた椀を洗いながら何度も同じ場所をこすっていた。落としたいのは湯の跡ではなく、帰すしかなかった夜の引っかかりなのだろうと分かる。ミアも戸口の灯りを外したあと、しばらく黙ったままだった。助けられなかったのではない、助け方を変えただけだと頭では分かっていても、寝台へ通せなかった事実は体に残る。朝霧亭がこれから背負うのは、そういう後味ごと含めた仕事なのだ。


 フィオナは空になった香草包みの布を畳み直しながら、帰した相手の背中を反芻した。倒れなさそうだった。歩けていた。少なくとも今夜の道で膝をつく顔ではなかった。それでも、次の晩にまたここへ来るかもしれないし、来られないまま別の場所で崩れるかもしれない。その不確かさを抱えたまま戸を閉めることが、第二部の苦さなのだと、ようやく言葉になった。

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