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第112話 守る線と渡す線

 帳場の板には二列の文が並んでいた。白布再開条件、待ち札の上限、丸印別帳面、前座湯、石段の角の天候条件。こちらは宿の中で守るための文だ。もう一方には、外へ渡すのは入口まで、ずれた時の訂正口上、迷ったら直行。外で持てる線だけが短く残されている。


 フィオナはその二列を見比べた。前は、全部を一枚の板へ書いているだけだった。今は、どこまで宿の中へ置いておくか、どこまでなら外でも持てるかが少し見える。分かれて見えるだけで、胸の中の重さも前より置きやすかった。


 夜、裏口の木に触れた指先は冷たかったが、胸の内は妙に静かだった。増やしすぎず、抱え込ませすぎず、それでも残す。朝霧亭が覚えてきたのは、たぶんそういう地味で面倒なやり方なのだろう。


 ユナは板を見ながら、白布の話を「残す方」、口伝えの話を「渡す方」と呼び分けた。たったそれだけで、会話の迷いが少し減る。ミアも、椅子へ通す相手を見ながら頷いた。守る線と渡す線が混ざると、結局はどちらも重くなる。そのことを、皆もう体で知っている。


 板に並ぶ文は見ようによってはひどく地味だった。白布再開条件、待ち札の上限、前座湯、丸印別帳面、石段の角、訂正口上。どれも一つだけ見れば小さい。だが、宿の中へ残す物と外へ渡す物を分けて並べると、この宿がどこで踏みとどまってきたのかがはっきりする。


 夜の終わり、裏口の木に触れた指先はまだ冷えていた。けれど、板の前へ立った時の息は前より浅くならない。増やさない判断も、教えない線も、全部ここへ戻って並ぶ。フィオナは肩の力を少し抜いた。また別の圧が来る夜はあるだろう。それでも、この二列が見えているうちは、朝霧亭は前より崩れにくい。

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